二分の一の幸せ
茹だるような夏の夜。
クーラーの効いた部屋を抜け出して、海音は武の家のベランダに座っていた。
真ん丸に膨らんだ月が、湿った空気の中でぼんやり光っている。
夏休みもあと数日。たまった宿題を助けてもらおうと押しかけたはいいが、頭が熱くなって集中が切れた。
だからこうして、月を見ながらぼーっとしている。
ガラリと引き戸が開く。
武が、冷たい缶ジュースでも持ってきたのかと思いきや、手に持っていたのは雪見だいふくだった。
最後のひとつ。
「熱、引いたか?」
「んーにゃ、まだだめ」
「ったく。ほれ」
武はそう言って、雪見だいふくを海音の頬に押し付ける。
冷たい感触にびっくりして受け取ると、武は平然と続ける。
「昨日買ってたやつ。半分やるよ」
「え!? いいの!? これ最後のひとつじゃん! 二分の一だよ!?」
「当たり前だろ」
武は呆れたように笑う。
昔からこうだ。
自分が損をしても、海音に分け与える。
お菓子も、ジュースも、時間も、場所も。
海音はひとつ手に取り、もっちりした皮を一口かじる。
冷たくて甘くて、火照った頭が少しずつ冷えていく。
「……なぁ、海音」
「ん?」
「あと半年で、終わりだな」
飲み込んだアイスが、喉の奥で固まる。
何が終わりか、わかっている。
「うん。進路、別々だもんな」
「……てっきり、お前もこっちの高校の推薦来ると思ってた」
「うん。でも……やっぱ、な」
家庭の事情でさ、とは口には出せなかった。だって、この事は武も知ってる。俺自身ではどうにもならない事だった。
沈黙が落ちる。
二人は並んで月を見上げたまま、言葉を探す。
「不思議だよな。お前が隣からいなくなるなんて」
「だな」
「いつかは、って思ってたけど……実際にこうなると、実感わかねぇ」
また、沈黙。
でも今度は、嫌な沈黙じゃなかった。
「「ずっと一緒にいた」から」
声が重なって、二人同時に笑った。
笑いながら、胸の奥がちくりと痛む。
もうこんな風に笑い合えないかもしれない。
「……!」
突然、武の手が海音の手に重なる。
武は月を見たまま、掠れた声で言う。
「これから言うのは、独り言だから。返さなくていい」
少し間を置いて、武が息を吐く。
「海音と離れるのが、辛い」
「……」
「こうやって笑い合えなくなるのも、しんどい。駄目だってわかってるけど……悲しい」
「……」
武の耳が、真っ赤になっている。
そして、消え入りそうな声で。
「……好きだ」
海音の心臓が跳ねる。
「え……いま、すきって……」
「ごめん。冗──」
「俺も! 俺も好き!! 武が好きだ!!」
武がようやくこっちを向く。
目が潤んでいて、頬が赤くて、震えている。
海音は武の手を両手で包み込み、目をまっすぐ見つめた。
「俺は、武が好きだ」
「……でも、俺の好きは、多分海音のと違う。俺のは……エッチなこととか、したいとか、そういうのだし。気持ち悪くてごめ──」
「俺もだよ!! 俺だって、今すぐキスとかしたいし!! なんなら……お前で抜いたこと、あるし」
「ハァ!?」
武が目を丸くする。
海音は勢いのままに続ける。
「だから! 一緒!! 俺もなの!!」
「……ふ、ふへ」
武が、呆れたように笑う。
鼻を啜りながら、涙をこぼしながら。
「なんだよ……こんなところまで一緒かよ。もっと早く言ってりゃよかったな」
「なんで? 今わかったんだからいいじゃん。まだ半年もあるし……そのうち、一緒に住めばいいだろ?」
「お前のそういうとこ、前向きで……大好きだよ」
「へへ。俺も」
残り半分の雪見だいふくを、二人で交互に頬張る。
冷たい甘さが、胸の奥まで染みていく。
月は静かに見下ろしていた。
あと半年。
でも、その半年が、
今までで一番幸せな時間になるかもしれない。




