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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

二分の一の幸せ

作者: 誘蛾灯之
掲載日:2026/01/28

 茹だるような夏の夜。

 クーラーの効いた部屋を抜け出して、海音(カイト)(タケル)の家のベランダに座っていた。

 真ん丸に膨らんだ月が、湿った空気の中でぼんやり光っている。

 夏休みもあと数日。たまった宿題を助けてもらおうと押しかけたはいいが、頭が熱くなって集中が切れた。

 だからこうして、月を見ながらぼーっとしている。


 ガラリと引き戸が開く。

 武が、冷たい缶ジュースでも持ってきたのかと思いきや、手に持っていたのは雪見だいふくだった。

 最後のひとつ。


「熱、引いたか?」

「んーにゃ、まだだめ」

「ったく。ほれ」


 武はそう言って、雪見だいふくを海音の頬に押し付ける。

 冷たい感触にびっくりして受け取ると、武は平然と続ける。


「昨日買ってたやつ。半分やるよ」

「え!? いいの!? これ最後のひとつじゃん! 二分の一だよ!?」

「当たり前だろ」


 武は呆れたように笑う。

 昔からこうだ。

 自分が損をしても、海音に分け与える。

 お菓子も、ジュースも、時間も、場所も。


 海音はひとつ手に取り、もっちりした皮を一口かじる。

 冷たくて甘くて、火照った頭が少しずつ冷えていく。


「……なぁ、海音」

「ん?」

「あと半年で、終わりだな」


 飲み込んだアイスが、喉の奥で固まる。

 何が終わりか、わかっている。


「うん。進路、別々だもんな」

「……てっきり、お前もこっちの高校の推薦来ると思ってた」

「うん。でも……やっぱ、な」


 家庭の事情でさ、とは口には出せなかった。だって、この事は武も知ってる。俺自身ではどうにもならない事だった。


 沈黙が落ちる。

 二人は並んで月を見上げたまま、言葉を探す。


「不思議だよな。お前が隣からいなくなるなんて」

「だな」

「いつかは、って思ってたけど……実際にこうなると、実感わかねぇ」


 また、沈黙。

 でも今度は、嫌な沈黙じゃなかった。


「「ずっと一緒にいた」から」


 声が重なって、二人同時に笑った。

 笑いながら、胸の奥がちくりと痛む。

 もうこんな風に笑い合えないかもしれない。


「……!」


 突然、武の手が海音の手に重なる。

 武は月を見たまま、掠れた声で言う。


「これから言うのは、独り言だから。返さなくていい」


 少し間を置いて、武が息を吐く。


「海音と離れるのが、辛い」

「……」

「こうやって笑い合えなくなるのも、しんどい。駄目だってわかってるけど……悲しい」

「……」


 武の耳が、真っ赤になっている。

 そして、消え入りそうな声で。


「……好きだ」


 海音の心臓が跳ねる。


「え……いま、すきって……」

「ごめん。冗──」

「俺も! 俺も好き!! 武が好きだ!!」


 武がようやくこっちを向く。

 目が潤んでいて、頬が赤くて、震えている。

 海音は武の手を両手で包み込み、目をまっすぐ見つめた。


「俺は、武が好きだ」

「……でも、俺の好きは、多分海音のと違う。俺のは……エッチなこととか、したいとか、そういうのだし。気持ち悪くてごめ──」

「俺もだよ!! 俺だって、今すぐキスとかしたいし!! なんなら……お前で抜いたこと、あるし」

「ハァ!?」


 武が目を丸くする。

 海音は勢いのままに続ける。


「だから! 一緒!! 俺もなの!!」

「……ふ、ふへ」


 武が、呆れたように笑う。

 鼻を啜りながら、涙をこぼしながら。


「なんだよ……こんなところまで一緒かよ。もっと早く言ってりゃよかったな」

「なんで? 今わかったんだからいいじゃん。まだ半年もあるし……そのうち、一緒に住めばいいだろ?」

「お前のそういうとこ、前向きで……大好きだよ」

「へへ。俺も」


 残り半分の雪見だいふくを、二人で交互に頬張る。

 冷たい甘さが、胸の奥まで染みていく。

 月は静かに見下ろしていた。

 あと半年。

 でも、その半年が、

 今までで一番幸せな時間になるかもしれない。



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