最終話
戦の終結、
そして、
アウレリア王国と魔王領の同盟締結から、
数日が過ぎた。
王都ルクシオンは、
ようやく、日常を取り戻しつつあった。
◇
その日、
王宮より、静かな布告がなされた。
大仰な式典はない。
凱旋の喧騒もない。
集められたのは、
重臣と諸侯、
そして、必要最小限の立会人のみ。
国王が、簡潔に告げる。
「――すでに周知の通り、
アウレリア王国は、
魔王領と相互不可侵・防衛同盟を締結した」
一拍。
「本日は、
それとは別に、
私事として、
一つの報せを伝える」
その言葉に、
場の空気が、わずかに変わる。
「第三王女エリシアと、
魔王ヴァルディスは、
婚約の運びとなった」
ざわめきは、起きなかった。
すでに、
多くの者が、
薄々、察していたからだ。
◇
エリシアは、
一歩前へ出て、
静かに頭を下げる。
「この婚約は、
戦の結果として与えられたものではありません」
落ち着いた声。
「同盟とは切り離された、
私個人の意思によるものです」
ヴァルディスも、
短く、しかし明確に続けた。
「我が名において誓おう」
「この婚約は、
取引でも、
義務でもない」
「エリシアを、
一人の伴侶として迎える」
◇
誰も、異を唱えなかった。
それは、
戦を終わらせ、
国を守り抜いた者たちが、
選び取った未来だったからだ。
拍手は、
控えめだった。
だが――
その静けさこそが、
この婚約が、
国に受け入れられた証だった。
こうして、
アウレリア王国の歴史に、
新たな一行が、
そっと、書き加えられた。
――
それは、
戦の続きではなく、
平和の始まりとして。
◇
ヴァルスの屋敷。
私たちは、これからのことについて、円卓を囲んで話していた。
「……商人ヴァルスの正体も、
すっかり世間に知られてしまいましたね」
私がそう言うと、
ヴァルディスは苦笑する。
「ここに住んでいたのが、
魔王とその幹部、
そして王女だったとなればな。
驚かれない方が無理だろう」
「ランドロスも、ディートリヒも、
私の扱いに相当困っていたぞ。
引き続き“ヴァルス”で頼むと言っておいたが……」
少し間を置いて、
「最近は、
“ヴァルス陛下”と呼ばれている。
どうにも、ちぐはぐでな」
そう言って、
おかしそうに笑った。
その間も――
ヴァルディスは、
私の手を握ったままだ。
公に婚約したのだから、
問題ないだろう、とは言うけれど。
(……やっぱり、少し、恥ずかしい)
◇
話題は、屋敷の今後に移る。
「正体を明かした今、
この屋敷も、役目は終えた」
ヴァルディスは静かに言った。
「私は、ヴァルスとして商いは続けるが、
拠点は魔王城に戻るつもりだ」
「もちろん――」
私は、即答する。
「私も、ついていきます」
それを聞いていた父――
アウレリア国王が、
さも当然のように口を挟んだ。
「では、
魔王城と、
我が寝室に、
転移魔法陣の設置を頼む」
……どうやら、
頻繁に遊びに来るつもりらしい。
◇
「おれは、魔王についていく」
グラドが、短く言う。
その隣で、
カエデが少し緊張した様子で立ち上がった。
「わたしは、
今後もアウレリア医療院で、看護に携わるつもりです。
剣術以外にも、人を守る道があることを知りました。
父も、その選択を許してくれました」
それから、
少しだけ声を落とす。
「でも……
みなさんと、
ここで暮らせなくなるのは、
ちょっと、さみしいです」
「いつでも会える」
グラドが即答する。
「また、
一緒に剣を振ろう」
「……はい!
先生!」
カエデの目が、
うるりと潤んだ。
◇
そのときだった。
勇者クラウスが、
おもむろに立ち上がる。
「俺は――
旅に出るつもりだ」
意外なほど、
まっすぐな声だった。
「まだ、
見ていない景色が、
たくさんある」
そう言って、
彼は、セリスの前に歩み寄る。
片膝をつき、
その手を取った。
「……!?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「クラウスが、
セリスの手を握った!」
「握った!?」
「……握った!?」
屋敷中が、
ざわめきに包まれる。
――あの、ヘタレ勇者が。
「長い旅になる」
クラウスは、
視線を逸らさずに続けた。
「俺と一緒に来てくれないか」
「俺の――
妻として」
「えっ、プロポーズ!?」
「プロポーズ!?」
ざわめきが加速する。
混乱の中、
セリスは一瞬、
はっとした表情で――
魔王を見る。
ヴァルディスは、
何も言わず、
ただ、うなずいた。
セリスは、
小さく、
しかし確かに、うなずく。
「……はい」
頬が赤く染まり、
瞳が、潤む。
◇
「おめでとう」
私は、心から言った。
「おめでとうございます。
勇者様、セリスメイド長」
カエデも続く。
「やれやれ……」
ヴァルディスが、肩をすくめる。
「新しい参謀を、
探さねばならんな」
笑い声と祝福が、
屋敷を満たす。
別れと、旅立ちと、
新しい未来。
ヴァルスの屋敷は、
そのすべてを見届けながら、
静かに、役目を終えようとしていた。
◇
魔王城。
謁見の間。
私とヴァルディスは、
並んで立っていた。
天窓の向こうには、
満天の星空が広がっている。
「……ここから、
本当に、すべてが始まったのね。
ヴァルディス」
「そうだな、エリシア」
ヴァルディスは、
私の手を握りしめたまま、言った。
「だが――
終わりではない」
静かな声。
けれど、その奥に、確かな野心がある。
「アウレリア王国では、
我々が築いた流れは、
もはや誰にも止められぬ」
「しかし、
世界は、まだまだ広い」
夜空を見上げる。
「これからは、
さらに外へ打って出る」
「人間の国を支配するには、
まだ、先は長い」
「はい」
その答えに、
迷いはなかった。
ヴァルディスは、
私の肩を抱き寄せ、
そっと引き寄せる。
「さて……」
少しだけ、
楽しげな声になる。
「次は、
隣国の有力者に、
そっと手を伸ばしてみるか」
「エリシア。
何か、良い案はあるか?」
私は、
思わず、微笑んだ。
「それでしたら――」
目が、自然と輝く。
「私に、策があります」




