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悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?  作者: しばたろう


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最終章4

 勇者と魔王軍が、

 帝国軍を追い返した。


 その報せは、

 瞬く間に、アウレリア王国中を駆け巡った。


 人々は、沸き立った。


 歓喜。

 安堵。

 そして――

 生き延びたという実感。


 街では、人々が抱き合い、

 兵士たちは兜を脱いで空を仰いだ。


 戦は、終わったのだ。



 だが――

 人々をさらに驚かせたのは、

 その“後”だった。


 魔王軍は、

 追撃を終えると、

 速やかに進路を変えた。


 フェルディナ平原を、占拠しない。

 王国に、何かを要求しない。

 勝利の余韻に、居座らない。


 本来なら、

 そのまま平原を押さえることも、

 王国を脅すことも、

 容易だったはずだ。


 だが、

 魔王軍は、

 一切、アウレリアの足元を見ることなく――

 恩を売ることもなく、

 ただ、帰っていった。


 王都ルクシオンも、素通り。


 眠りの森を貫く幹線道路を通り、

 静かに、

 魔王領へと戻っていく。


 その背に、

 誰も、恐怖の言葉を投げなかった。



 ただ、一度だけ。


 魔王軍は、

 王都ルクシオンの外れで、

 足を止めた。


 多くの国民が集まり、

 魔王軍の兵士たちも、静かに見守る中――


 魔王ヴァルディスと、

 勇者クラウスが、

 人々の前に並び立つ。


 言葉は、なかった。


 ただ――

 二人は、高く手を取り、

 固く、握手を交わした。


 それが、

 別れの合図だった。


 夕日が、

 二人の姿を、

 深い朱に染め上げる。


 勇者と、魔王。


 かつて敵として語られた二人が、

 同じ戦場を越え、

 それぞれの帰るべき場所へ向かう。


 その光景は、

 多くの人々の目に、

 焼き付いた。


 剣よりも、

 言葉よりも、

 強く。


 それは――

 アウレリア王国が、

 初めて“恐怖ではない形”で

 魔王を見た、

 その瞬間だった。

 

 

 商人ヴァルスの屋敷。


 戦の熱が、まだ完全には引ききらないその場所で、

 私は、手を叩いて宣言した。


「――では。

 次の手と参りましょうか?」


「ちょっと待て!!」


 即座に悲鳴を上げたのは、勇者クラウスだった。


「王女よ!

 俺たちは、帰ってきたばかりだぞ!?

 少しくらい、休ませてくれ!」


「うふふ」


 私は、にこやかに微笑む。


「クラウス。ご苦労さまでした」

「でも――この好機を逃すのは、もったいないわよ?」


「我が姫の人使いの荒さは、

 見習うべきところがあるな」


 そう言って、ヴァルディスが小さく笑う。


 その声音には、呆れと――

 どこか、楽しげな響きが混じっていた。



 私は、姿勢を正し、

 父へと向き直る。


「では、お父様」


 場の空気が、

 わずかに引き締まる。


「いよいよ、

 アウレリア王国と、

 魔王ヴァルディスとの同盟を結ぶ頃合いかと存じます」


 言葉を選び、

 しかし、迷いなく告げる。


「――

 『アウレリア王国と魔王領は、

 相互不可侵・防衛同盟を締結する』

 この文言が、最もよいでしょう」


 今日は、

 私の父――

 アウレリア王国国王にも来てもらっていた。


 父は、顎に手を当て、

 静かに考え込む。


「……エリシアよ」


 やがて、口を開く。


「提案としては、

 こちらとしても、申し分ない」


「だが――

 少々、早急ではないかな?」


 私は、少しだけ首を傾けた。


「ええ。

 おっしゃる通りです」


 その返答に、

 父は、わずかに目を細める。


「ですから」


 私は、ヴァルディスをじっと見つめながら、にっこりと笑った。


「少しだけ――

 小細工を施してからのほうが、

 ずっと、スムーズになります」


 

 その瞬間。


 背後で、

 カップを置く音が、

 かすかに止まった。


 セリスが、

 お茶を淹れながら、

 ちらりと私を見る。


 渋い顔。


 ――ああ、これは。


(また、

 悪い顔になっている、

 そう言いたいのね)


 私は、何も言わず、

 ただ、微笑みを深くした。


 ――さあ。

 盤面は、整った。

 

 次は、

 勝ちを“固定する”番だ。

 


 その日――

 アウレリア王都ルクシオンは、朝からざわめいていた。


 理由は、ただひとつ。


 アウレリア国王と、魔王との初めての公式会談が、

 この王都で行われることになったのだ。


 魔王が、

 王都ルクシオンに、やってくる。


 その事実だけで、

 街は否応なく沸き立った。



 今回の戦いを通して、

 アウレリア国民の中で、

 魔王に対する警戒感は、確実に薄まっていた。


 先の戦いでは、

 遠巻きに、息を潜め、

 恐れおののきながらその姿を見ていた人々。


 だが今や――

 恐怖よりも、

 好奇心のほうが、勝り始めている。


「……魔王って、どんな姿なんだろうな」

「本当に、怪物みたいなんだろうか?」


 そんな声が、

 あちこちで聞こえた。


 しかも今回は、

 ただ会談を行うだけではない。


 魔王の凱旋を祝う行進が、王都において執り行われることとなった。


 魔王を乗せた馬車が、

 王都をぐるりと巡り、

 その後、王宮へと入る手はずだという。


 ――近くで、一目見たい。


 その思いが、

 国民の胸を掻き立てる。


 好奇心は、

 最高潮に達していた。



 会談当日。


 凱旋ルートには、

 あふれんばかりの人だかりができていた。


 そして――

 遠くから、

 一台の馬車が姿を現す。


 屋根は、ない。


 乗っている人影は、三つ。


 それは、

 事前に知らされていた通りだった。


 中央に――

 魔王ヴァルディス。


 堂々と、

 観衆の視線を受け止めている。


 その両隣には、

 魔王軍参謀、セリス・ノクティア。


 柔らかな微笑を絶やさず、

 時折、観衆に向かって手を振る。


 そして――

 近衛、グラド・バルムガル。


 正面を見据え、

 微動だにせず、

 表情は、読み取れない。


 人々は、息をのんだ。


 近くで見ても――

 その様相は、

 やはり、想定外だった。


 確かに、角は生えている。

 だが、それ以外は――

 人間と、ほとんど変わらない。


 いや。


 変わらないどころではない。


「……魔王、ちょっと……かっこよくない?」

「参謀の子……すごく、かわいいんだけど」

「近衛の人、でかっ……すげえ……」


 そんな囁きが、

 あちこちから、

 遠慮なく漏れ始める。



 ヴァルディスは、

 昨晩、エリシアに言われた言葉を思い出していた。


『人間は、

 見たことのないものを恐れ、

 身近なものに、親近感を抱きます』


『とくに――

 あなたたち、自覚がないみたいですけど』


『見た目、

 結構、良いですからね?』


『人間って、

 本当に、げんきんなものです。

 見た目で、人を判断します』


 なるほど。


 ヴァルディスは、

 内心で、くすりと笑った。


(……こういうことか)



 瞬く間に、

 三人は、

 国民の間で、話題の中心となった。


 とりわけ、

 セリスに至っては――

 ほどなくして、

 非公式ながらファンクラブが設立されたほどだ。



 一方で、

 別の種類の囁きも、

 ゆっくりと広がり始めていた。


「あの魔王……

 商人のヴァルスに、似てないか?」

「眠りの森を開拓した、あのヴァルス?」

「ゼオグリフ救済の英雄の……?」


 視線が、

 過去の記憶と、

 現在の姿を、

 重ね合わせる。


 ――商人ヴァルス。


 実は、

 あの人物こそが、

 魔王ヴァルディスだったのではないか。


 以前から、

 アウレリアのために、

 尽くしてくれていたのではないか。


 そんな“匂わせ”の効果も、

 じりじりと、

 現れ始めていた。



 魔王ヴァルディスが、

 王宮へと到着する頃。


 国民の胸から、

 かつての恐怖は、

 すっかり影を潜めていた。


 その代わりに、

 芽生えていたのは――


 興味。

 期待。

 そして、

 ほんのわずかな――

 親しみ。


 アウレリア王国と魔王の関係は、

 この日、

 確かに、

 新しい段階へと踏み出したのだった。

 


 王宮における国王と魔王の会談は、

 定められた儀礼と手順に従い、

 厳粛かつ静粛な空気の中で、

 滞りなく執り行われた。


 形式的な挨拶と確認が重ねられ、

 両者の意思に相違がないことが確かめられたのち、

 合意は文書として整えられた。


 この日、

 アウレリア王国と魔王領は、

 相互不可侵、ならびに防衛に関する同盟を、

 正式に締結した。

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