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悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?  作者: しばたろう


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02 姫の一手

「よいのか……?

 ほ、本当によいのか!?」


 魔王は、目を見開いたまま私を凝視していた。


「ああ……よかった……本当によかった……

 いや、礼を言おう。我が妻よ!」


 そこで、はっと我に返ったように首を振る。


「いや、まだ妻と呼ぶには早すぎるか……?

 どうしたものか……いや、それより新居の準備か?

 それとも、まずは祝宴を――」


 次の瞬間。


 先ほどまで、世界の行く末を冷静に語っていた魔王が、

 せきを切ったようにあたふたし始めた。


「……?」


(え、誰この人)


 あまりの変わりように、思わず言葉を失っていると、


「ちょっと!

 ぼっちゃん――じゃなくて、魔王様!」


 黒マントの女性が、手をブンブンしながら魔王を制止する。


「ああもう、落ち着いてください!さっきまでの威厳が台無し!」



「……」


 左手に立つごつい男だけが、

 腕を組んだまま、黙って成り行きを見守っている。


(……なんか、さっきと雰囲気が全然違うのだけど)


 数秒後。


 咳払いひとつ。


「……失礼した」


 魔王は姿勢を正し、深く息を吸った。

 その一瞬で、先ほどまでの浮ついた空気が、跡形もなく消えた。


「そうだな。

 では、まずは改めて名乗ろう」


 玉座の前に立ち、

 今度こそ、はっきりとした声で言う。


「我が名は、ヴァルディス・レグナール。

 魔族を統べる者だ」


 その一言で、場の空気が引き締まる。


 続いて、黒マントの女性が一歩前に出た。


 流れるような所作で一礼する。


「私は、セリス・ノクティア。

 魔王ヴァルディス様に仕える参謀です」


 簡潔で、無駄のない名乗り。


 そして。


 左手に立っていた、ごつい男が前に出る。


「……グラド・バルムガル」


 低く、太い声。


「魔王様の近衛。

 護衛長を務めている」


 それだけ言って、元の位置に戻る。


 私は、その三人を順に見渡し、

 自然と背筋を伸ばした。


「エリシア・フォン・アウレリアです」


 私は、はっきりと名乗った。


 王女として、

 そして――交渉相手として。


「至らぬ点も多いと思いますが、

 これから、よろしくお願いします」


 一瞬、沈黙。


 セリスの視線が、ほんのわずかに和らいだ。


 グラドは何も言わなかったが、

 その巨体が、わずかに揺れた。

 ――頷いたのだと、私は理解した。


 ヴァルディスは、満足そうに頷く。


「うむ。

 では次だ、エリシア王女」


 その声音は、もう落ち着いている。


「……その前に。

 この部屋、暗すぎるな。明るくせよ」


 ヴァルディスがそう命じた瞬間だった。


 玉座の間が、ぱっと明るくなる。


 壁に灯っていた蝋燭の炎が消え、

 天井から柔らかな光が降り注ぎ、

 重厚な窓の遮蔽しゃへいが外れた。


 差し込む陽光。

 青く澄んだ空。


 つい先ほどまでの、

 薄暗く、おどろおどろしい雰囲気は跡形もない。


「……」


(さっきまでの“魔王城”はどこへ)


「先ほどの、暗い部屋は?」

 思わず問いかけると、


「演出だ」


 ヴァルディスは、さらりと言った。


「雰囲気、出ていただろう?」


 ……出てはいた。


(なんというか……

 思っていた“魔王”像と、違う)


「我が姫よ」


 ヴァルディスは、機嫌よさそうに続ける。


「今夜は祝宴としよう。

 私とそなたの婚約のな。

 今は、ゆっくり部屋で休むがよいだろう。

 細かい話は――」


 そのときだった。


 バタン!


 謁見の間の扉が勢いよく開き、

 息を切らした衛兵が駆け込んでくる。


「た、大変です!

 魔王様!」


 場の空気が、一瞬で引き締まる。


「勇者が、近づいてきております!

 ゼオリ川の付近まで到達したとの報告です!」


「……なに?」


 ヴァルディスの眉が、ぴくりと動いた。


「ゼオリ川だと?

 それは……我が領地のすぐ近くではないか」


 不機嫌そうに腕を組む。


「飛ばしすぎではないか?

 まだ旅立って間もないはずだろう」


 すぐに、セリスへ視線を向けた。


「セリス、どうする?」


 魔王の声は冷静だが、

 判断は早い。


「始末するか?

 ……いや、無造作に殺せば、

 神の加護によって強化され、再び現れる」


 小さく舌打ち。


「厄介な仕組みだ」


 セリスは、すぐに首を振った。


「魔王様。

 お待ちを。今、策を練りますゆえ」


 彼女の目が、すでに高速で思考を巡らせているのが分かる。


(……なるほど)


 勇者を排除することはできる。

 だが、それは最善ではない。


 今は――

 足止めが必要なのだ。


 私は、静かに考えた。


 ――勇者。


 名前は、クラウス・ローディア。


 この身体――エリシアの記憶にもある。

 何度か、王都で見かけたことがあった。


 朴訥ぼくとつで、真面目そうな青年。

 悪人ではない。


(……だからこそ、扱いやすい)


 勇者クラウスを、

 殺さず、怒らせず、しかし遠ざける。


 こういう作戦を考えるのは――

 生前の私の、得意中の得意だった。


 私は、一歩、前に出た。


「魔王ヴァルディス!」


 謁見の間の視線が、一斉に私へ集まる。


「私に、策があります」


 ヴァルディス、セリス、グラド。

 三人が同時に、こちらを見る。


 セリスが、すっと目を細めた。


 その瞳に、

 炎のような光が宿る。


「……ほう」


 口元に、わずかな笑み。


「姫。

 その“策”とやら、聞かせていただきましょうか」


 声音は丁寧だ。

 だがそこには――


 子供に何ができる

 私の方が分かっている


 そんな、わずかな上から目線と、

 参謀としての対抗心が滲んでいた。


 私は、内心で小さく笑う。


(いいわ。

 その顔、嫌いじゃない)


 そして、口を開いた。


「まずは――

 私を、ゼオリ川のほとり。勇者の近くまで派遣してください」


 私がそう言うと、

 一瞬、謁見の間が静まり返った。


 次いで、セリスが口元を吊り上げる。


「なるほど。

 このどさくさに紛れて、逃げようという魂胆ですか」


 くすり、と笑う。


「いかにも、子供の考えそうなことですね」


 ヴァルディスも、腕を組んでうなずいた。


「姫よ。

 そなたを、この城の外へ出すわけにはいかんぞ?」


(……まあ、それもそうよね)


 正直、想定通りだ。

 それに、この作戦――


(私自身が行くには、少々“役不足”かもしれない)


 そう思い、

 私は、ふと視線を横へ向けた。


 ――セリス・ノクティア。


(……この子、なかなかの美貌)


 整った顔立ち。

 均整の取れた体つき。


 私の、値踏みするような視線に気づいたのか、

 セリスが、ぴくりと肩を震わせ、一歩後ずさる。


 私は、にこりと微笑んだ。


「分かりました、魔王ヴァルディス」


 そして、はっきりと言う。


「では、

 セリス様のお力をお借りすることはできますか?」



 ――俺は、勇者クラウス。


 祖国アウレリアの期待と重圧を背負った男だ。


 今、俺は魔王城へ向かっている。


 目的は、ただ一つ。

 魔王に囚われた、第三王女――

 エリシア様の救出。


 魔王と決戦するつもりはない。

 今の俺は、まだ非力だ。


 だが、魔族や魔獣との遭遇を避け、

 密かに城へ侵入できれば、

 姫の救出は可能だと踏んだ。


 国王陛下は、約束してくださった。


 ――救出の暁には、姫との結婚を。


 エリシア様。

 何度かお見かけしたことがある。


 まだ年若いが、

 気品があり、美しい方だ。


 ……正直に言おう。


 タイプだ。


 あの方が、将来、俺の妻になる。

 そう思えば、苦しい旅も苦ではない。


 今頃、

 暗い城で一人、泣いておられるのだろう。


「お待ちください、エリシア様……

 このクラウス、命に代えてもお救い申し上げます!」


 そして今――


 俺は、

 魔族の領域にほど近い、

 ゼオリ川のほとりまで辿り着いていた。


 ここまで来るのに、3か月。


 慎重に、

 音を立てぬよう、森を進む。


 ――そのとき。


 ばしゃっ。


 川の方から、水音。


(魔獣か?)


 警戒しつつ、

 離れた場所から様子をうかがう。


 そこにいたのは――


 一人の、若い女性だった。


 川で、水浴びをしている。


 こちらに背を向けているが、

 その背中越しにも分かる、見事なプロポーション。


 かき上げられた髪が、

 風に揺れる。


(……天女か?

 それとも、モノノケか?)


 ちょうどよく、

 視線の先に草陰がある。


(もっと、近くで確かめねば……!)


 俺は、

 目を離さぬまま、そちらへ忍び寄った。


 ――その瞬間。


 女性が、

 顔だけを、わずかにこちらへ向ける。


 横顔が見えた。


 ――美しい。


 刹那。


 足元が、ぼわりと光った。


「……!?」


 地面に描かれた、魔法陣。


(しまった!

 転移魔法だ!)


 気づいた時には、遅かった。


 光に包まれ――


 目を開けると、

 見慣れた天井があった。


 ――アウレリア王国、謁見の間。


 俺は、床に寝そべっていた。


「……?」


「おお、勇者よ」


 国王陛下が、怪訝な顔でこちらを見る。


「なぜ、戻ってきた?」



 魔王城・謁見の間。


 ヴァルディスは、

 両手を打って大笑いした。


「さすがではないか、我が姫!」


 楽しそうに言う。


「男の悲しい本能さがを利用するとは、

 実に愉快だ!」


 そして、セリスへ向き直る。


「セリスも、よくやってくれた。

 名演技だったぞ!」


 褒められた本人は――


「……もう、お嫁にいけない……」


 と、

 半泣きだった。


 私は、腕を組み、満足そうに頷く。


「魔王ヴァルディス。

 勇者について、一つ、有益な情報が得られました」


 したり顔で、宣言する。


「彼は――

 むっつりです」

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