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悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?  作者: しばたろう


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01 魔王の求婚

 私は、間違えたのだろうか。

 ――国の未来を、信じ方を。


 ――嘆きの塔(なげきのとう)

 そう呼ばれる高い塔の縁に立ち、吹きつける夜風に、

 薄いドレスのすそがはためく。

 眼下には、灯りを失いつつある王都――

 アウレリア王国。


 古より、英雄や聖女を生み出してきた由緒ある国。

 だが今は、

 その栄光も色褪せ、列強に押され、内側から崩れ始めていた。


(……このままでは、この国は滅ぶ)


 そう思ったからこそ、私は必死だった。


 無駄を嫌い、甘えを許さず、結果を出せぬ者には厳しく当たった。

 とりわけ、聖女と持てはやされていた少女

 ――フィオナ・リリィハートには。


 彼女は優しかった。

 だが、考えが浅く、現実を見ようとしなかった。


 私は悪意からではなく、危機感から彼女を叱責した。

 それが、いつの間にか「いじめ」と呼ばれるようになった。


 婚約者だったレオンハルト・ヴァイスは、私を見なかった。

 考えることを放棄し、流されるまま、フィオナの隣に立った。


 結果――

 私は“悪役令嬢”として裁かれ、幽閉され、すべてを失った。


「……もう、いいわ」


 誰も理解しない世界なら。

 国も、人も、未来も。


 私は、静かに一歩を踏み出した。



 ――冷たい。


 背中に感じる感触で、私は目を覚ました。


「……?」


 天井が高い。

 見覚えのない、黒を基調とした豪奢な寝室。


 私は、確かに死んだはずだった。

 嘆きの塔から身を投げて――。


 ベッドから起き上がり、ふらつく足で部屋を見回す。

 重厚な調度品。

 分厚いカーテン。

 窓の外は夜で、激しい雨と雷鳴が響いている。


「ここは……どこ?」


 部屋の隅に置かれた姿見の前に立ち、

 私は――息を呑んだ。


 鏡に映っていたのは、十三、四歳ほどの少女。

 あどけなさの残る顔立ち。

 大きな瞳に、不安と怯えを宿している。


「……私、じゃない」


 そう思った瞬間、

 頭の奥に、焼け付くような痛みが走った。


 ――思い出す。

 この身体の記憶を。


 王女として生まれ、

 城で大切に育てられ、

 ある日、突然――魔王にさらわれたこと。


 恐怖。

 暗い城。

 異形の魔物たち。


(……そうか)


 私は、理解した。


 私は――

 アレイシア・フォン・アウレリアだった記憶を持ったまま、

 別の人生を生きている。


 この少女の名は――

 エリシア・フォン・アウレリア。


 アウレリア王国の王女。

 一か月前、魔王に誘拐され、

 今は魔王城に“客人”として囚われている。


 毎日、恐怖に震え、泣き叫び、

 魔王の前では、言葉すら発せなかった少女。


(……皮肉ね)


 国を救おうとして断罪された私が、

 今度は国の象徴として、魔王の城にいるなんて。


 そのとき。


 コン、コン。


 控えめなノック音が、静まり返った部屋に響いた。


「エリシア様。失礼いたします」


 扉が開き、

 黒いローブを纏った若い女性が入ってくる。


 年の頃は十七、八。

 整った顔立ち。

 そして――頭の左右から、二本の角が伸びている。


「……魔族」


 彼女はうやうやしく頭を下げた。


「魔王様がお呼びです」


 その言葉を聞いた瞬間、

 また、記憶が蘇る。


 毎日のように呼び出され、

 玉座の前に立たされ、

 そして――


(求婚、されていたわね)


 泣いて、首を振ることしかできなかった日々。


 私は、深く息を吸った。

 震える心を押し込み、理性を取り戻す。


「……分かりました。案内してください」


 女魔族が、一瞬だけ目を見開いた。


 ――初めて聞いた。

 泣いていない、エリシア王女の声。



 謁見の間は、薄暗かった。


 天井は高く、壁に等間隔で立てられた蝋燭の炎が、

 揺らめきながら空間を照らしている。

 影が伸び、縮み、まるで生き物のように蠢いていた。


 私は、魔族たちに囲まれながら、玉座の前まで進む。


 右手には、先ほど寝室に来た黒マントの女性。

 静かな所作で立ち、こちらをちらりとも見ない。


 左手には、ひときわ大きな男。

 背は高く、体格は岩のようにごつい。

 年の頃は、黒マントの女性と同じくらいだろうか。

 牛のような角と顔立ちをしているが、その目は意外なほど落ち着いていた。


 ――護衛、というより側近ね。


 そう判断したところで、玉座に座る人物が、ゆっくりと口を開いた。


「よく、眠れたかな。王女」


 低く、落ち着いた声。

 威圧はあるが、怒気やあざけりはない。


 魔王は、顔を上げた。


 ――若い。


 思わず、そう思った。

 

 年の頃は、黒マントの女性と同じくらいに見える。

 整った端正な顔立ち。

 鋭い眼差し。

 黒髪に、頭から伸びる二本の角。

 威厳はあるが、老獪さよりも、理知的な印象が勝っている。


(……思っていた“魔王”とは、だいぶ違う)


 その瞬間。


 魔王が、わずかに目を細めた。


「……ほう?」


 私を、じっと見る。


「何か、雰囲気が違うな」


 謁見の間に、静寂が落ちた。


 黒マントの女性が、わずかに息を呑む気配。

 ごつい男も、視線をこちらに向ける。


 魔王は、口元に小さな笑みを浮かべた。


「さて、エリシア王女。

 今日こそ、返事を聞かせてくれるかな?」


 魔王は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「我が妻となってくれるか?」


 その声は、淡々としていた。


「なに、そなたはまだ子供だ。

 私も礼節はわきまえている。

 すぐにとは言わん。

 そなたが成人する、二年後までは待つつもりだ」


 ――この言葉。


 王女エリシアは、毎日、これを聞かされていた。


 そして、毎回、泣いていた。

 声をあげ、首を振り、言葉を失い。

 そこで会話は終わっていた。


(……でも)


 私は、違う。


 恐怖はある。

 足は、正直、震えている。


 だが、それ以上に――

 知りたいという感情が、胸の奥で頭をもたげていた。


 なぜ、この魔王は。

 なぜ、王女である私を。

 なぜ、求婚などという回りくどい真似を?


 私は、ぎゅっと拳を握りしめ、口を開いた。


「……わ、わたしを」


 声が、少し震える。


「わたしを、妻にしたい理由は……なんですか?」


 次の瞬間。


 魔王が、はっきりと目を見開いた。


「――ほう?」


 そして、低く笑った。


「これは、驚いた」


 玉座の肘掛けに指を置き、こちらを興味深そうに見つめる。


「はじめてだ。

 そなたが、言葉を発したのは」


 黒マントの女性が、思わず私を見る。

 ごつい男も、目を丸くしていた。


 魔王は、満足そうに頷いた。


「いったい、どういう風の吹き回しか……

 いいだろう」


 その表情から、冗談めいた色が消える。


「その理由を、話そう」


 魔王は、ゆっくりと立ち上がった。

 蝋燭の光が、その影を大きく伸ばす。


 その影は、玉座の背後の壁に巨大な輪郭を描き、

 まるで、この城そのものが意思を持ったかのように見えた。


「私は――」


 魔王は、ためらいなく言った。


「人間どもの国を、支配するつもりだ」


 ――やはり。


 胸が、きゅっと締めつけられる。


(魔族……やはり、そういうことか)


 反射的に身構えた私の様子に気づいたのか、

 魔王は片眉を上げ、口元をわずかに歪めた。


「おっと。そう警戒するな」


 片手を軽く上げる。


「武力で、というわけではない。

 ――経済で、だ」


「……経済?」


 思わず、声が漏れた。


 その言葉。


 生前の私が、

 誰よりも重要視し、

 誰にも理解されなかった概念。


 それが、

 魔王の口から語られたという事実に、

 頭が一瞬、真っ白になる。


「この世界は、豊かだ」


 魔王は、ゆっくりと謁見の間を歩きながら語る。


「資源は潤沢。土地は肥え、技術の芽もある。

 本来であれば、我々も、人間どもも、

 今より遥かに繁栄できるはずだ」


 彼は、鼻で小さく笑った。


「だが、人類は愚かだ。

 いつまで経っても、権力争いと戦に明け暮れ、

 国家という単位すら、まともに運営できていない」


 その言葉は、冷酷で、

 しかし――否定できないほど、的確だった。


「この世界を、愚かな人類に任せておくのは宝の持ち腐れだ。

 だからこそ、私が支配し、管理し、再編する必要がある」

 

 その声音は冷静だったが、

 そこに、人を数としてしか見ていない冷たさが、

 ほんの一瞬だけにじんだ。

 

 私は、唇を噛みしめた。


(……正論だ)


 少なくとも、

 生前の私には、そう聞こえた。


 魔王は、私の反応を確かめるように、一瞬だけ視線を向け、

 再び話を続ける。


「我が力で、人間どもを屈服させるなど、造作もない」


 ごつい男が、無言で頷く。

 黒マントの女性は、表情一つ変えない。


「だが――問題は、そこではない」


 魔王の声が、少し低くなった。


「厄介なのは、

 そなたの故郷――アウレリア王国で、勇者が誕生したことだ」


 心臓が、跳ねた。


(……勇者)


 この身体――エリシアの記憶にも、確かにある。


 私が生まれる少し前、

 アウレリア王国に、勇者が現れたという話。


 古より英雄を生んできた我が国にとって、

 決して珍しいことではない。


 魔王は、淡々と続ける。


「知っていると思うが、

 アウレリア王国は、今や列強の属国だ」


 その言葉に、胸が痛む。


「魔族領に最も近い地理的条件もあり、

 我が魔王軍討伐の“先陣”を切らされている」


 彼は、私を見る。


「――その事実も、知っているかな?」


 私は、黙って頷いた。


 魔王は、再び歩き出す。


「そのアウレリア王国から、

 勇者が、魔王討伐のために旅立った」


 蝋燭の火が、揺れた。


「勇者という存在は厄介だ。

 今は貧弱でも、あっという間に力をつける。

 常識外れの成長を遂げる――化け物だ」


 声に、わずかな苛立ちが混じる。


「そして、何より厄介なのは……

 たとえ死んでも、神の加護によって蘇ることだ」


 謁見の間が、静まり返った。


「……いずれ」


 魔王は、あっさりと言った。


「私は、勇者に殺されるだろう」


 あまりに淡々とした口調に、

 逆に、背筋が寒くなる。


(なるほど……)


 勇者は、

 魔王にとっての、避けられない“天敵”。


「だから、考えた」


 魔王は、立ち止まり、私の正面に立つ。


「私は、アウレリア王国と手を結ぶ」


 まっすぐに、こちらを見る。


「そのために――

 そなたと、婚姻関係を結ぶ」


 胸が、どくりと鳴った。


「アウレリア王国に、

 勇者の出征を取りやめさせる」


 その言葉は、

 計算され尽くした一手だった。


 私は、息を呑む。


(……外交結婚)


 武力ではなく、

 経済と政治で、世界を動かす。


 ――生前の私が、

 夢見て、叶えられなかったやり方。


 魔王は、静かに問いかける。


「エリシア王女。

 これが、私がそなたを妻に迎えたい理由だ」


 その視線には、

 欲望ではなく、

 打算と、覚悟と、――わずかな期待が宿っていた。


 はっきりと分かる。


 この魔王は、

 ただの“敵”ではない。


「どうかな。難しかったかもしれないが、

 少しは理解してもらえたかな?」


 魔王は、私の反応をうかがうように、穏やかな口調で言った。


「アウレリア王国にしても、

 列強に苦い汁をなめさせられている今より、

 我々と手を組んだほうが、よほど幸せだと思うのだ」


 静かに、しかし断言する。


「双方にとって、悪い話ではない。

 ――そなたにとっても、な」


 そして、少しだけ声を低くする。


「理由は話した。

 今一度、問おう。

 エリシア王女、私の妻となってくれるか?」


 ――面白い話だ。


 私は、心の中でそう呟いた。


 あの愚かな人間ども。

 生前、命を落とす直前には、

 正直、こう思ったこともある。


(……いっそ、滅びてしまえばいい)


 自分たちの首を、自分たちで締めることしかできない者たち。

 ならば、魔族の支配下に置かれた方が、

 よほど合理的ではないかと。


 そして――

 目の前の魔王を、改めて見る。


 若く、整った顔立ち。

(……かわいい、じゃないか)


 私は、一拍おいてから、答えた。


「――承知しました」


 謁見の間の空気が、一瞬、凍りつく。


「私は、あなたの妻となりましょう」


 次の瞬間。


「……そうか。やはり、拒否するか!」


 魔王は、残念そうに、そう言いかけ――


「まあ、時間はある。

 じっくりと考えてもらえれば……」


 途中で、言葉が止まった。


「…………」


 数秒の沈黙。


「……って、今、なんと?」


 魔王が、信じられないものを見るように、私を見た。


 私は、首を傾げ、丁寧に言い直す。


「ですから、妻になります、と申し上げました」


 胸の前で手を重ね、形式ばった口調で続ける。


「不束者ではありますが、

 どうぞ、よろしくお願いいたします」


「ええっ!?」


 魔王と、

 右に立つ黒マントの女性、

 左に立つごつい男が、

 同時に、素っ頓狂な声を上げた。


 ……滑稽だった。

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