郷土会
村長の息子エドガーさんが,俺の働く宿屋に来た。
わざわざ昼中の休憩時間に合わせてくれて。
少しオヤジさんと話して、俺の働きぶりを聞き「改めて、トーマをよろしくお願いします」と頭を下げる。
「いやいや。しっかり働いてくれて、気が効くので鍛え甲斐がありますよ。
ほら、ご両親からの伝言とか、ちゃんと聞いとけ」
オヤジさんが気を利かせて言ってくれる。
だが、俺とエドガーさんは顔を見合わせた。
「……特にない、ですよね?」
「元気にやっているだろうから、別にいいって……信用されているんだよ。
しっかりしてるから」
オヤジさんがあわあわと手を上下にして、オカミさんに肘鉄を食らっている。
「大丈夫です。俺、可愛げないって親から言われてて」
「……街に出るのを選ぶ子は、そういう子が多いよ。
逆にリリナみたいに構われて育った子は、独り立ちが難しい」
「あ、先月、宿屋で働いてもいいとか言ってきましたよ。トイレ掃除できんのかって訊いたら、帰って行きましたけど」
オヤジさんに話してなかったから、目をぱちくりとさせている。変な人は紹介しませんよ、こっちの信用問題に関わるし。
「そっか。就職先では、二週間もたなかったらしい。今夜、消息を知っているか、みんなに訊いてみるよ」
夕食の時間になったら、エドガーさんが泊まっている宿に集合ということだ。
今夜は、通いの従業員に俺が抜けた穴を埋めてもらうことになっている。そのお礼を言ったら「いいご身分だな」と嫌味を返された。
え? 何日も前に夜勤ができる人を募ったときは、真っ先に立候補したじゃん。臨時収入とか言って。
なんなんだろう、この人。
宿の大部屋を借りた「同郷会」という名の、宴会が始まった。
俺の同期はもちろん、年齢が上の人たちもいて、村にいた頃を思い出す。
まず、俺たち新人が、どこの店で働いているかを発表していく。
拍手がおきたり、「今度行ってやるよ」と声がかかったりする。
その後で、乾杯だ。
「未成年には酒を飲ますなよ」とエドガーさんが言った。
ちょっぴり緊張した就職報告が終わって、料理に手をつける。
宿屋でも真似して作れそうな料理を、つい探してしまう。真似していいかは、商業ギルドで確認しないといけないんだけどさ。
「どう?」
「忙しくて目が回る」
「怒られてばっかりだ」
「先輩がキツい」
「いつになったら、うまくできるか見当がつかない」
そんな話が次々と飛び出した。
みんな、似たような悩みを抱えているらしい。それを知っただけで、少し気が楽になるな。
ほろ酔いの先輩たちが苦労話や説教を始めて、どんどん賑やかになっていく。
しばらくして、冒険者たちが遅れて入ってきた。
羽振りがいいのか、質の良い物を着ている。
「こんなしけた料理。せっかく街にでてきたんだから、もっといい物を食えよ」
一番偉そうな冒険者が、失礼なことを言い放った。
「では、ご馳走していただける日を楽しみにしていますね。いつごろがいいですか?」
エドガーさんがにこりと笑みを作る。
「お前たち、ふぬけとは訳が違うんだよ。壁の外で戦っているんだ」
ふん、と少し年上のブルーノがふんぞり返った。
スキルで「盾役」を得るまでのブルーノは、ひょろりとした体型だった。それが、すくすくと育ち、がたいが良くなっている。
正直、羨ましい。
だが、戦闘系のスキル以外をバカにするのは違うのではないか?
確かに、冒険者たちに安全を守ってもらっている。感謝するし、自分もそうなりたいと憧れる。
その一方で、俺たちが泊まる場所を整え、飯を作り、道具を直すから、冒険者たちは安心して壁の外で戦えるのではないか? 帰ればすぐに休めるというのは、大事なことではないか?
お互い様だと思うのは、守られている側の傲慢なのか?
俺たちはムッとしたが、年上の人たちは聞き流すか、「うんうん、いつもありがとな」と軽くいなしている。
隣にいた人が「命を張ってくれるんだから、多少は目をつぶれ」と小声で呟いた。
驚いたことに、リリナがベテランの冒険者にくっついていた。
エドガーさんがリリナに手に職をつける気がないのかと訊くと、リリナは舌を出して「『可愛い』が、あたしの仕事なんですけど!」と言い放った。
エドガーさんは軽く目を閉じて「そうか」とリリナと会話することを諦めた。
ベテラン冒険者に向けて話しかける。
「まだ子どもなんだ。無体なことはするなよ」
「はん。十二歳で働くために街に来たんだ。自分で決めて――だ。充分、大人だろう」
「十五歳までは見習い期間だ。経験を積んで、判断力を養う段階だぞ」
「リリナはぁ、心配してもらわなくても、大丈夫ですから!」
少女は男の腕にしがみついて、しなを作った。
年齢に合わないはすっぱな感じが、見る人の心をざわつかせる。
どぎつく危うい魅力は、強烈に、ある種の男を引き寄せる……そんな予感がした。
宿で俺を誘惑してくるお客さんと違って、何かが起きたときに「自力で対処できなさそう」だと思った。
騙されて転落していく未来が、容易に目に浮かぶ。
――ああ、もう。こうやって、上から目線で知ったかぶりするの、悪い癖だよな。というか、「下ごしらえ」のスキルのせいか。
観察して、考察して、先読みする。
我ながら、子どもらしい初々しさがなくて笑えるぞ。
実は、ようやく「子どもらしさ」を求められない年齢になって、ほっとしている。
エドガーはため息を吐いて「ご両親が心配している。返事を書いてあげなさい」と手紙を渡した。
リリナは読みもせず、雑に、小さな鞄に突っ込んだ。
「ふん、こんなションベンくせえガキに手を出すほど、不自由してねぇわ」
「あなたは、そうでしょうね。だが――いや、これ以上は、余計なお世話かな。
同じ村出身として、気にかけてあげてください」
「ふん、過保護なヤツだ」
「……そう思いますか?」
意味深に探り合うような二人。
どちらからともなくふっと笑い、杯を合わせた。
「今年も生きて顔を出せたんだから、上々だろ?」
「本当に素晴らしい。さあ、土産話になるような活躍を聞かせてください」
俺は、そんな大人たちの会話を眺めていた。
仲がいいとか気が合うとか、そういう関係じゃないようだ。
だけど、信頼し合っている?
友達じゃなくても認め合っている様子を、不思議に思う。
酔っ払いが盛り上がる中、エドガーさんはこそっと新人の男だけを集めて内緒話をした。
「お前たちにはまだ早いが、もし女を買うなら『公娼』に行けよ。
安くても道ばたのは、ヤバイからな。
病気になって公娼を追い出された奴や、後ろに破落戸がついている場合があるんだ」
皆、真っ赤になってモジモジしている。俺は客にからかわれて、少し耐性ができたんだな……。
ここでも、こういう話題が出るのか。
恥じらう照れ笑いの輪の外にいる俺……。
一緒にモジモジできない自分に、かすかに寂しさを感じるのだった。