一角ウサギ騒動 sideギルドマスター
俺は、ファルガン共和国トゥルメル支部でギルドマスターをやっている。
先日、冒険者パーティー「花猫風月」から、ぬいぐるみを献上された。
一角ウサギの毛皮にも使い道があると、知らしめたいらしい。
冒険者ギルドの受付に置く許可が欲しいと、交渉に来た。
二つあるぬいぐるみの片方を、見本として置いていった。
家に持って帰って娘にあげるか、ギルドマスター室に置いておいて来客にもアピールするか悩んだ。
まあ、受付に一体あるからいいだろうと持って帰る。
娘は大喜び。
妻もニコニコで、ギルドマスターになってよかったと一瞬だけ思ったんだ。
緊急対応で家族との約束を何度も破るような、そんな仕事だが……。
翌日、受付の一角ウサギの周りに人だかりができていた。
力づくで奪おうとする現役の冒険者が出たため、ギルドマスター室に退避させた。
なんだ、あの熱狂は。
おかしな魔力でも滲み出ているのか。
一角ウサギの依頼を、冒険者ギルド名義で出すか検討することにした。
その会議が終わる前に、山のように一角ウサギが持ち込まれた。
冒険者ギルドのトップランカーたちが、初心者向けの狩り場を荒らして狩りまくったのだ。
「お前ら、トップランカーとして恥ずかしくないのか! 駆け出しの奴らを導く立場でありながら、蹴散らして自分たちの欲を優先したのか」
普段なら理性的なパーティーも、目の色が変わっている。
少し粗野なパーティーは貴族から金をふんだくれると、俺の説教など右から左だ。
くそ。
トーマはなんでこう、騒動を引き起こすんだ。
通常の買い取り価格に少し上乗せする程度に抑え、ペナルティとして初心者の「教場訓練」を五回以上行うことを約束させた。
「教場訓練」とは、依頼に初心者を同行させ、コツを指導してレベルアップの手助けをする制度だ。
初心者が死亡することがないよう危険が少ない依頼を受ける――高ランクの冒険者にとって、それはかなりのストレスだ。
しかも、好奇心いっぱいのヒヨコを連れて出歩くなんざ、ただの子守りみたいなもんだしな。
本来は、後出しでペナルティを科すなんて、やってはいけないことだ。
冒険者ギルドの信用を落とす行為でもある。
だが、今回は特別だ。
高ランクのパーティーが、大人げない行動をしたのだから。
建前にしても、強者は人格者であることを求められているんだぞ。
「Cランク以上の者は、初心者たちが行けない場所に生息する一角ウサギのみ許可する」と張り紙を出した。
職員から「このぬいぐるみがあれば、彼女を口説き落とせると思うんですよ」と強請られる日々。
「お前、あんな貢がれ慣れている女に渡したって、『ありがとう』の一言で終わるぞ」
「だけど、今ならワンチャンあるかもじゃないですか。そんな品物、滅多にないんですって」
いつも控えめで、真面目に魔道具でサポートしてくれる職員が、とてもしつこい。
「ギルマス、ずるいなぁ」とまで言い出した。
「おうおう、そこまで言うなら、ギルドマスターを譲ってやってもいいぞ。
山になっている本部からの書類を読んで担当者を決め、職員が作った書類の確認と決済、場合によっては差し戻し、冒険者からの苦情のうち受付で処理できなかった件の仲裁……。
引き受けてくれるんなら、俺は冒険者に戻って教場訓練しながらのんびりと暮らすぜ」
怪我で第一線を退いたが、下のランクの依頼を選べばまだ続けられた。
だが、前任のギルドマスターに引退したいから引き継いでくれと言われたから、やっている。
そこまで言ってもぐずぐず言っているので、心配になってきた。
ぬいぐるみに「魅了」の呪いでもかかっているのか?
鑑定させた結果は、異常なし。
それについては安心できたのだが、なら、この狂乱はなんだろう。
解体作業が追いつかないため、引退した職人に声をかけた。
元のぬいぐるみを作った養鶏場のばあさまたちを呼び寄せ、高級ホテルに宿泊してもらって、服飾ギルドに指導してもらうことにした。
こんなに、必死に体勢を整えたんだぞ。
それなのに、貴族のお嬢様数名から、「わたくしのぬいぐるみを、今すぐ用意しなさい」と命令が来たのだ。
大人も男女問わず、裏からこっそり要求が来る。
領主様からも矢のような催促が……。
領主様との関係が悪化したら仕事がやりにくくなる。できあがった中から一体だけ、献上した。
だが、それだけではご満足いただけず、購入するから早くと急かされる始末。
冒険者ギルドという後ろ盾があっても、俺は平民だ。
貴族の横暴の盾になるのも仕事の内だが、一度に来る件数が多すぎた。
このままでは、職員や協力してくれている職人たちの身柄も危ない。
苦肉の策で、受付のぬいぐるみを国王陛下に献上して、国内の貴族を押さえてもらった。
「順番を守れ」と。
冒険者に圧力をかけるな、作成している職人を引き抜くな――そういった通達をしてくださったらしい。
違反者を通報する窓口も作ってくださった。
その代わり、王女様の分は早急に納品するように耳打ちされたが。
貴族からの申込みを国で取りまとめてくれる話になり、ようやく冒険者ギルドは落ち着きを取り戻した。
と言っても、急かされていることに変わりはないんだが。
とりあえず、娘には秘密厳守だと言い聞かせた。
ここで取り上げたら、父親としての立場がなくなる。
「後でまたあげるから」と返してもらって、王妃殿下に献上するという道もあった。宰相に渡して、国内の整備を頼むという方法も考えた。
組織の人間としては、そうすべきだったと思う。
苦渋の決断だった。
だが、ぬいぐるみが権力者たちに行き渡るまで、数ヶ月乗り切ればいいはず。
娘の危機意識があがって、気配察知の能力が伸びた。
ギルドマスターなんて仕事はどこで恨みを買うかわからないから、自己防衛は教えなきゃと思っていたんだ。
しかし、ほんと、トーマって何者なんだ。
あいつが隣国のエレッサ支部の腐敗を暴き出したから、冒険者ギルドの本部も大騒ぎなんだぞ。
恐ろしいヤツ……。




