宿屋で働く心得
一月経ったころ、いくつか物の置き場所を変えさせてもらった。
仕事の流れを考えて、取りやすく、片付けやすい場所に。
それだけで少し時間が短縮できて、効率よくなった。ほんの少しだけど。
「工夫して改善したい」というのを反対されなかったことで、この先に希望を持てたし、気持ちが楽になったのもある。
従業員の昼飯どきに相談して、オヤジさんの了解を得てやったけど……先輩には「いい子ぶりやがって」と文句を言われた。
うん、村にいたころも、「余計な面倒を増やすな」って言われた。今までどおりでいいって。
でも、少しでも楽になった方がよくないか?
オヤジさんに、宿泊客に誘われても寝てはいけないと釘を刺された。
お客人に手を出すなと言うこともあるが、親しくない人間を気軽に誘う連中は誰にでも誘いをかける。どこで病気をもらうかわからないからだ――とのこと。
それから、「かわいがれる男の子がいる宿」と情報が回ると、それを目的に泊まりに来る客が出てくる。男娼になりたくなければ止めておけ――とも。
ダンショウって言われて、意味がわからなくて。そういう仕事があるって知って、驚いた。都会はスゴイ。
でも、そんなこと、あるかなぁ……と、期待半分、いや半信半疑でいた。
そうしたら、本当に、冒険者の女性が、わざと裸を見せてきた!
風呂場とか部屋に呼んでおいて……服を着ていない。もう、わざとだろ。
ドキドキしたり、目のやり場に困ったりしている俺を、からかって遊んでいるのがわかる。
目を伏せて石けんを渡したり、シーツの取り替えをしたりして、逃げるようにその場を立ち去った。
後ろで笑い声がした。
恥ずかしくて悔しくて……こんなの、ラッキーとか嬉しいとか思えない。
こっちがどうなるか知っていて、困るのを楽しんでいるなんて、意地悪で暇なオバサンめ!
オヤジさんに報告したら「あいつは常習犯だ。絶対に毒牙にかかるな」と言われたよ。
常習犯って……。
何度かそういうことがあった。ひとりだけじゃなく、何人も。
仕事中に粉をかけられても、だんだん腹が立つようになり、終いには「面倒臭い」と思うようになった。
正直、頭の中で段取りを組みながら動いているから、それどころじゃないんだわ。
まあ、それでも意識してしまうことはある。
そちらを見ないようにすると、動きがぎこちなくなる分、仕事に時間がかかるし疲れるし……いいことなんか、ありゃしない。
はっきり言って、迷惑だ。
こんなこと思うの、男として枯れているのかなぁ。でも、どこか「単純な男」を舐めている気がする。
誰が俺の初めてをいただくかとか、酒を飲みながらしゃべっているのを聞いてしまい、ゾッとした。
ちらっと、聞いたんだけど――
冒険者として仕事中に危険があって興奮したり、神経が高ぶっていたりして、誰でもいいから人肌で落ち着きたいってことがあるらしい。
誰でもいいって……そういわれて相手をするのは、ちょっと嫌かも。
街に来て三ヶ月経ったころ、村長の息子さんからオヤジさん宛に手紙が来た。
街に行く用事があるので、訪問してもいいかということだった。
可能なら、その夜、同郷の者たちで食事会をしたいとも書いてあった。
オヤジさんは「面倒見のいい村だな」と感心して、了承してくれた。