あんまりだ……
「俺も、このギルドから出した冒険者を回収して、埋葬を頼んだ後のことは気にしてなかったからな……」
トゥルメル支部のギルドマスターは渋い顔をした。
まず、位置の確認をする。
北西にファルガン共和国、その中にこのトゥルメル支部がある。
険しい山岳地帯を挟んで、南東にレスタール王国。
レスタール王国の中で、山岳地帯に沿ってベルモーテ領があり、そこにワイバーンが出た。
ベルモーテ領の南に接しているのが、カルディーネ領。
カルディーネ領の中に、エレッサ支部があり、山猫亭があるハロルの街があり、トーマのカミナ村がある。
つまり、ワイバーン討伐をしたベルモーテ領から見て、北側にトゥルメル支部があり、南にエレッサ支部がある。
真逆の位置関係だ。
ギルドマスターが控えていた職員に目で合図すると、職員はさっと部屋を出て行った。
フォンが俺の手からカップを取り上げ、太ももにハンカチを当てる。
「あ、ごめん……ありがと」
「私も突然言ってしまって、ごめんなさい。確信が持てなかったから……」
慎重なフォンらしいな。
ギルドマスターが覚悟を決めたように深呼吸した。
「なにがあったか教えてくれ」
「当時、俺はホテルの厨房で働いていて、商業ギルド中心に暮らしていたので詳しいことは知りません。
ワイバーン討伐が終わって少し経った頃に、故郷の村の村長の息子さんから連絡がありました。
怪我をしたアーデンを討伐の現場から引き取ってくる。帰り道にその街に寄るから、宿の手配を頼みたいと」
「その時点で、エレッサ支部は冒険者の回収をしていなかったんだな」
「あ、いえ、アーデンのクランはエレッサじゃなく、ハロルの街にあったので……。
エレッサ支部の管轄なんでしょうか?」
そう言えば、ハロルの街に出張所があったが、どこの支部に所属しているか気にしたことがなかった。
別の支部の管轄なら、責めるべき相手が違ってくる。
「隣国のことだから、管轄までは覚えてねぇな。あとで調べさせる。
――んで?」
ギルドマスターは話を続けろと言った。
「エレッサのホテルで、アーデンを英雄だと持ち上げてパーティーしたり、領主からマントを贈られたりしていました。
アーデンの肖像画をオークションにかけてお金を稼いだり、募金を募ったりして。
そのお金とクランハウスを売ったお金で、現地に残された同郷の人を引き取りに行きました」
そのときのやり取りを思い出して、胃がきゅっと縮んだ。
片足を失ったアーデンをクランまで運んだ後に動き出したんだ。もっと早く動ければ……間に合わなくなった人も、当然いただろう。
「個人がやることじゃねぇだろ。なんのための冒険者ギルドだ」
ギルドマスターが唸った。こんな人がエレッサのギルドマスターだったら、よかったのに。
悔しさで、拳を硬く握った。
出て行った職員が、通信用の魔道具を持って戻ってきた。
他の職員が、冒険者ギルドの組織が載っている本を持ってくる。
「ハロルの街の出張所は、エレッサ支部の管轄ですね」
通信魔道具に反応があった。
「ベルモーテ領の、現場に一番近い支部からです。
『エレッサ支部は負傷者の回収に来なかった。
カルディーネ領は回収率が悪く、エレッサ支部からはハロル出張所が数名、他の支部は貴族の後援がある冒険者のみ』と……」
読み上げる職員の声が震えた。
「ただ、レスタール王国ではそれが普通なので、疑問に思わなかったそうです」
部屋の空気が凍り付く。
「うちらが生存者は引き取るのを見てんのに?」
ギルドマスターは疑問を口にする。
「それは、『山の向こうの国は、よくやるねぇ』と感心というか呆れたというか……そんなふうに思っていたそうで」
伝える職員も言いづらそうな雰囲気だ。
堪らなくなって、声に出してしまう。
「お金に限りがあるから、優先順位を付けて引き取れる人を厳選したんですよ」
アーデンは理想論を言いつつも、最終的には見捨てざるを得ないのをわかっていた。冒険者として、その場で命の餞別をしなければいけない瞬間を経験している。議論の後に、飲み込むこともできただろう。
一方でエドガーは、「予算で助けられるだけ」と言いながら、命の順番をつける重圧に眠れなくなってた。
クランが解散したら居場所がなくなると夜這いしに来る女たちだけが、不眠の原因じゃないことに、俺は気付いてた。
山猫亭に避難してからも、眠れていない様子だったし、短い眠りの中でもうなされていた。
「優先順位が低い人を見殺しにするのと同じだって、悩んで……胃液を吐きながらリストを作ってた」
村で、家庭内での優先順位が低く、搾取されそうな子どもを積極的に街に働きに出してくれるエドガー。
そんな彼が、優先順位をつけるのにどれほど苦しんだか。もしかしたら、一生、罪の意識に苛まれるかもしれない。
優しい人が苦しむなんて、おかしくないか?
郷土会で何度か会ったCランク以上の冒険者たち。
比較的若い人は、村で生活している姿も記憶にある。
Cランクになるまで経験を積み重ね、苦労も努力もしてきた人たち。
本当はガルドに誘われる前に、何人かに声をかけられていた。
だけど、助ける人の優先順位をつけたことが頭から離れなくて、一緒にいるのが辛くて断ってた。
それを……仕事を怠けたギルド職員のせいで、助けられたはずの人を助けられなかった?
きっと、そんな奴らは、横領もしているんだろう。
浮気を続けるための魔道具、愛人たちを囲う費用、ただの贅沢、無駄遣い。
「そんなのが、許されていいんですかっ?」
ここにいる人たちのせいじゃない。
そんなのはわかってる。
だけど、このやるせない気持ちを、どこにぶつけたらいいんだ。
泣き叫ぶ俺を、ルナが抱きしめた。
ガツン。
「ちょ、ルナ。今、すげー音がしたぞ」
ギルドマスターが慌てた。
うん、痛い。
ビキニアーマーの硬い部分が当たって、青あざになってるかも。




