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『下ごしらえ』で冒険者を目指す ~地味スキルなのに、なぜかモテる件~  作者: 紡里
第五章 土下座されても戻らない

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一つの終わり

 野次馬の中から捕縛に動く者に、路地から飛び出す者が続く。

 一人につき四人以上で、絶対に逃がさない構えだった。

 特にガルドとブルーノは腕力の強い獣人が担当し、魔法使いがなにやら術をかけていた。



 その周りを記者と早書きの絵描きがうろついている。

 野次馬たちは後ろに下がって、巻き込まれないようにして見物だ。

 ギルド職員たちはあっという間に縛り上げられ、ガルドとブルーノのどちらが最後まで抵抗するかで賑わいだした。


 だが、盾もなく火傷が完治していないブルーノが、先に力尽きた。

 体力よりも心が先に折れたようにも見える。威張り散らすくせに、気が弱い男だった。


 ガルドはここで捕まったら終わりだと、必死だ。

 あれ、こんな全力のガルドをいつから見ていなかったんだろう。


 スキルをもらう前、年上の敵うわけない相手にもかかっていった熱い少年。

 ブルーノは鈍くさくて、虐められやすかった。それをガルドが助けに入って、俺が助っ人して……。


 俺が無理なく討伐できるように、下準備を整えすぎたのか。

 お前の実力を侮っていたつもりはなかったが、活かしきれなかったんだな。

 そんな苦い思いが頭をかすめる。



 人垣を割って、拘束されたヴェリーが現れた。

 目隠しと詠唱阻害の首輪、魔力を吸収する手錠とフル装備。

 見えなくて転ぶと、乱暴に鎖を引っ張って立たせる兵士。

 手足は擦り傷だらけ、寝間着の膝に穴が空いていた。



 ガルドが「ヴェリー!」と叫ぶ。

「ガルド? どこ?」

 見えるはずもないのに、首を巡らせる。


 ガルドの注意が逸れて隙ができた。

 背後からの攻撃が入り、膝をつかせることに成功。そうなれば、瞬く間に捕縛される。



 罪人護送用の馬車が、ガシャガシャと威嚇するような軋む音を立てて近づいてきた。


 手際よく全員を放り込むと、そのまま馬車は冒険者ギルドの方向へ消えていった。

 徒歩圏内だが、奴らを奪還しようとする者が出ないように警戒しているのか?


 気がつくと扉を守るのはルナに替わり、フォンとサァラが人々の様子を探っていた。



 しまった。俺は乱闘に気を取られて、無防備だったに違いない。

「あ、ごめん」


「ん? にゃにが?」

 サァラは鼻歌を歌うように返した。

 たぶん、気にするなってことだな。


「あの人たちを奪い返そうという動きはない……と見ていいかしらね」

 散らばり始めた野次馬から目を離さずに、フォンがつぶやいた。


 時々、こちらを見上げて屈強な冒険者が手を振ってくる。

 ワイバーン討伐に行った人かな、などと考えながら、手を振り返した。



「ん、ギルマスにゃ」

 サァラが言うので目をこらす。

 確かに、それっぽい人影がこちらに向かってきているな。


「容疑者をギルドの牢屋に収容してから来た、という感じね」

 フォンがお茶の用意を始めた。




「はは、酒じゃねぇのか」

 ギルドマスターは軽口を叩いて、薬草茶を口にした。


「さてと。

 あいつらはギルド内の牢屋にいる。

 明日には、領主様の騎士団に囲まれて、この国ファルガンの王都に護送する。

 冒険者ギルドの不祥事がからんでいるし、レスタール王国に対する牽制も兼ねて、国が前面に出ることになった」


 俺たちはうなずくだけだ。


「で、トーマがあいつらと話したいなら、今夜は目をつぶるぜ。

 たぶん、今生の別れになる」


 これは、ギルドマスターの善意なんだろうか。

 まだ、何か自白をさせたいことがあるんだろうか。


 俺は答えられずに、ギルドマスターの目を見た。

 正解が、わからない。



「どっちでもいいよ。お前の好きにしな」

 そう言って、彼は帰っていった。



 フォンが茶器を片付け始める。

 カチャカチャという音を聞きながら、俺はどうしたいんだろうと自問した。


 たくさん怒鳴り合って、あいつらの主張を聞かされた。俺も言い返した。

 もっと他に? 

 遥か昔の思い出話なんて、捕まったあいつらには意味がないだろう。

 罪を償って出てきたら……なんて話をするのか? ヴェリーの様子を見るに、それなりの扱いをされて五体満足では出てこられないだろう。 


 あ、腹いせに殴りに行っても、目こぼししてくれるってことか?



 ルナの「お風呂行ってくる」という声が聞こえた。


 フォンが「緊張を緩めるためにお酒でも飲む?」とグラスを手渡してくれた。

 さすがにいい宿、いいグラスだ。


 そういえば、喉が渇いている。大声を出したもんな。

 そんなことを考えながら、水のように飲み干した。

 すかさず二杯目が注がれる。


 サァラが「あたいも飲むぅ」とフォンにおねだりした。


 ルナの「お、ずるい。先に始めてんなよ」という声を最後に記憶がない。




 気がついたら朝日が昇り、大きなベッドに四人で寝ていた。

 なし崩しに、面会に行かなかったようだ……。


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