一つの終わり
野次馬の中から捕縛に動く者に、路地から飛び出す者が続く。
一人につき四人以上で、絶対に逃がさない構えだった。
特にガルドとブルーノは腕力の強い獣人が担当し、魔法使いがなにやら術をかけていた。
その周りを記者と早書きの絵描きがうろついている。
野次馬たちは後ろに下がって、巻き込まれないようにして見物だ。
ギルド職員たちはあっという間に縛り上げられ、ガルドとブルーノのどちらが最後まで抵抗するかで賑わいだした。
だが、盾もなく火傷が完治していないブルーノが、先に力尽きた。
体力よりも心が先に折れたようにも見える。威張り散らすくせに、気が弱い男だった。
ガルドはここで捕まったら終わりだと、必死だ。
あれ、こんな全力のガルドをいつから見ていなかったんだろう。
スキルをもらう前、年上の敵うわけない相手にもかかっていった熱い少年。
ブルーノは鈍くさくて、虐められやすかった。それをガルドが助けに入って、俺が助っ人して……。
俺が無理なく討伐できるように、下準備を整えすぎたのか。
お前の実力を侮っていたつもりはなかったが、活かしきれなかったんだな。
そんな苦い思いが頭をかすめる。
人垣を割って、拘束されたヴェリーが現れた。
目隠しと詠唱阻害の首輪、魔力を吸収する手錠とフル装備。
見えなくて転ぶと、乱暴に鎖を引っ張って立たせる兵士。
手足は擦り傷だらけ、寝間着の膝に穴が空いていた。
ガルドが「ヴェリー!」と叫ぶ。
「ガルド? どこ?」
見えるはずもないのに、首を巡らせる。
ガルドの注意が逸れて隙ができた。
背後からの攻撃が入り、膝をつかせることに成功。そうなれば、瞬く間に捕縛される。
罪人護送用の馬車が、ガシャガシャと威嚇するような軋む音を立てて近づいてきた。
手際よく全員を放り込むと、そのまま馬車は冒険者ギルドの方向へ消えていった。
徒歩圏内だが、奴らを奪還しようとする者が出ないように警戒しているのか?
気がつくと扉を守るのはルナに替わり、フォンとサァラが人々の様子を探っていた。
しまった。俺は乱闘に気を取られて、無防備だったに違いない。
「あ、ごめん」
「ん? にゃにが?」
サァラは鼻歌を歌うように返した。
たぶん、気にするなってことだな。
「あの人たちを奪い返そうという動きはない……と見ていいかしらね」
散らばり始めた野次馬から目を離さずに、フォンがつぶやいた。
時々、こちらを見上げて屈強な冒険者が手を振ってくる。
ワイバーン討伐に行った人かな、などと考えながら、手を振り返した。
「ん、ギルマスにゃ」
サァラが言うので目をこらす。
確かに、それっぽい人影がこちらに向かってきているな。
「容疑者をギルドの牢屋に収容してから来た、という感じね」
フォンがお茶の用意を始めた。
「はは、酒じゃねぇのか」
ギルドマスターは軽口を叩いて、薬草茶を口にした。
「さてと。
あいつらはギルド内の牢屋にいる。
明日には、領主様の騎士団に囲まれて、この国ファルガンの王都に護送する。
冒険者ギルドの不祥事がからんでいるし、レスタール王国に対する牽制も兼ねて、国が前面に出ることになった」
俺たちはうなずくだけだ。
「で、トーマがあいつらと話したいなら、今夜は目をつぶるぜ。
たぶん、今生の別れになる」
これは、ギルドマスターの善意なんだろうか。
まだ、何か自白をさせたいことがあるんだろうか。
俺は答えられずに、ギルドマスターの目を見た。
正解が、わからない。
「どっちでもいいよ。お前の好きにしな」
そう言って、彼は帰っていった。
フォンが茶器を片付け始める。
カチャカチャという音を聞きながら、俺はどうしたいんだろうと自問した。
たくさん怒鳴り合って、あいつらの主張を聞かされた。俺も言い返した。
もっと他に?
遥か昔の思い出話なんて、捕まったあいつらには意味がないだろう。
罪を償って出てきたら……なんて話をするのか? ヴェリーの様子を見るに、それなりの扱いをされて五体満足では出てこられないだろう。
あ、腹いせに殴りに行っても、目こぼししてくれるってことか?
ルナの「お風呂行ってくる」という声が聞こえた。
フォンが「緊張を緩めるためにお酒でも飲む?」とグラスを手渡してくれた。
さすがにいい宿、いいグラスだ。
そういえば、喉が渇いている。大声を出したもんな。
そんなことを考えながら、水のように飲み干した。
すかさず二杯目が注がれる。
サァラが「あたいも飲むぅ」とフォンにおねだりした。
ルナの「お、ずるい。先に始めてんなよ」という声を最後に記憶がない。
気がついたら朝日が昇り、大きなベッドに四人で寝ていた。
なし崩しに、面会に行かなかったようだ……。




