表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『下ごしらえ』で冒険者を目指す ~地味スキルなのに、なぜかモテる件~  作者: 紡里
第五章 土下座されても戻らない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/63

最後の悪あがき

 かなり集まってきた群衆の中から、ピシッと手を挙げた人物がいる。

「トーマ! あたしの話を聞いて!」


 人垣が割れて、女性が出てきた。

 見覚えがある。エレッサ支部の、受付から裏方に回された……名前が出てこない。


「あたしは、あんたの貯金を使い込んだんじゃない。

 あたしが結婚してあげるよ。そしたら共有財産だもん。問題解決でしょ」


 あああ! 俺の口座から無断で金を下ろしたの、コイツか!


「ふざけんな! 何回か食事しただけだろ」

「だから、お嫁さんにしてよぉ」

「お断りだ! 

 お前、レストランで色んな男と食事した後に、ホテルに泊まってたじゃねぇか。それも何人もと。

 厨房で働いてたから見られてないとでも思ってんのか。ばーか」


「結婚してくれなきゃ、あたし、捕まっちゃうぅ」

 握った手を頬に添えて可愛い子ぶっているが、目が血走っている。不気味で怖い。


「そんなん知るか! 

 それは冒険者ギルドが決めることだろ。俺の口座から盗んだ金は、ちゃんと返せよ」

 盗っ人猛々しいわ。

 死んだと思って、職員という立場を利用して私腹を肥やそうとした? 

 知り合いなのに悼むよりも金勘定かよ。

 コイツ、人の顔をしたモンスターなんじゃねぇか。


「ワイバーン討伐の準備してるとき、優しくしてくれたじゃない」

 たぶん、目をうるうるさせようとしたんだろう。目の周りが変な動きになって、不気味さが増した。

 なんのことだ? そういえば、小麦粉で糊を作ってもらったか。


「違ぇわ! みんなが忙しく走り回っているのに、お前だけ手ぶらでうろちょろしてたから頼んだだけだ。

 自分で仕事を見つけられない、役立たずめ」

 あ、言っちゃった。言い過ぎか? 普通の女の子じゃなくて、泥棒だからいいか。



「もしかして、ワイバーンの箱に絵を描いた奴か。世話になったぜ」

 トカゲみたいな獣人が割り込んできた。


「描いたのはメグっていう子だ。絵画ギルドで頑張ってるから、応援よろしくな」

 ちょっと宣伝してやろう。


「一刻を争う怪我したから、助かったぜ」

「腹減ってたときとかもな」

「荷造りで、参考にさせていただいてますぞ」裕福そうな商人からも声があがった。

 他の人からも声援が届く。


「いえいえ、こちらこそ。討伐ありがとうございました」と答えれば、手を振り返してくれる冒険者たち。

 あのときはDランクで後方支援しかできなかったから、素直に感謝だ。



 この盛り上がりを見たら、こんな性格が悪い、男に寄生することばかり考えている、股の緩い女は引き下がるかな。ちらりと目線をやると、まだ心は折れていないようだ。


「あたしを助けなかったら、ひどいことになるんだからね!」

 お、脅迫か? じゃあ、俺も返してやろう。


「お前がエレッサのギルトマスターの情婦だからか?」

 ガルドたちは知らなかったのか、ぽかんとしている。ギョッとしているのはギルド職員だろうな。


「な、な……そん……」


 これ、ホテル従業員としては守秘義務違反。だから、他の証拠を出さないと。

「お前のしてる指輪、ギルマスからのプレゼントだろ。石が違うのを、ギルマスの奥さんも他の愛人も着けてるぞ。

 近づいたら共鳴して、ギルマスのペンダントが反応する。バッティング防止の魔道具だ」


 俺が定宿にしていた職人街。そこで「浮気セット」として、高額で取引されていた売れ筋商品だ。


 一人の職員らしき男がくずおれた。妻か恋人か思い人がその指輪をしているのかな。

 相手はギルマスとは限らないから安心しろ……と言っても意味ないか。


 ついに、職員が名乗り出た。最後の一人かな。

「トーマ君、故郷の親御さんから手紙を預かってきてます。とても心配されています。

 ここまで取りに来てください!」


 心配なんかするわけねぇだろ。思い出すことがあるかさえ、怪しいわ。

 階下に連れ出せばなんとかなると思っているんだな。他にも冒険者崩れを潜ませているのか。


 フォンが風魔法で、その手紙を巻き上げた。

「あ! そんなぁ」と職員が情けない声をあげた。

 残念でした。そんな手には乗らないぜ。


 二階まで舞い上がった手紙を、パシッとつかみ取った。

 このまま捨てるわけにはいかないよな。


 気が進まないが、仕方ない。手紙を開封する。

 と言っても、手紙を丸めて麻紐で止めてあるだけ。裕福な人たちのように封蝋などは施されていない。


 手紙には「心配している、帰ってこい」などと当たり障りのないことが書いてあった。



 俺は窓際で手紙をひらひらと振って見せた。

「具体的な思い出や俺の好みなんかが一言も書いてない。誰かがそれっぽく書いただけじゃないのか」

「違う! 本当にご両親からだ」

 手紙で情に訴えればいけると考えていた職員は、慌てている。


「――そうだとしたら、村に押しかけて、無理矢理書かせたんだろうな」

 くっ。自分の言葉で傷つくなんて、おかしな話だ。


「信じてあげてください。本心です」

 職員の必死さに、神経を逆なでされる。全ての親子が仲睦まじいわけないだろ。


「本物なら、余計に質が悪いぜ。俺のことを何一つ知らないって事を、思い知らされただけだわ。

 今さら会ったところで気まずいだけだし、弾むような会話も、語り合うような思い出もねぇよ」

 手紙を破って、窓から捨てよう。

 線維の荒い安っぽい紙だから、上手く千切れないぞ。ま、いっか。


 その様子を見ていたフォンが軽い風魔法で細かく切り裂き、紙吹雪のように散らしてくれた。

 ああ、こうして見れば、建物から漏れる光に照らされて……きれいだな。



 連中の顔が、絶望に染まった。

 口をへの字にして呆然としたり、泣き出したり。本人たちは深刻なんだろうが、下手くそな喜劇のようだ。

 奴らの上にも手紙の欠片が降り注ぐ。



「トーマを連れ帰れば不問にしてくれるって、王様が言ってるんだって。頼むよ。助けてくれ!」

 ガルドが叫んだ。

 そんなこと言われて、一緒に行く奴がいるわけねぇだろ。


 だが、よく言った!



「レスタール王国及び冒険者ギルド・エレッサ支部の脅迫行為、職権乱用、冒険者の自由迫害の疑いを確認。

 冒険者パーティー『鮮血の深淵』に殺人未遂、取調べ中の逃走容疑。ギルド職員に逃走補助の可能性あり。

 関係者総員、確保せよ!」

 トゥルメル支部のギルドマスターの大声が響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ