スキルに胡座をかいた者
フォンが、反撃して倒した人物について小声で説明する。
「トーマが戦闘できなくなったら、私たちが放り出すと考えたみたい」
つまり、俺にナイフを投げようとしていたのか。こんな街中で……。
エレッサ支部の職員が雇った、ここトゥルメル支部を出禁になった冒険者崩れだそうだ。
フォンがサァラと位置を替えて、窓際に立つ。
なりふり構わず俺を確保しようとしていると知り、ゾッとした。
二階に陣取って、物理的に距離があってよかった。
人混みの中で問答していたら、どんな怪我を負わされたことやら。
サァラは廊下の音を警戒して、耳を扉に付けてピクピクさせている。
なんか可愛い。なごむなぁ。
フォンは背筋を伸ばして窓際に立ち、口論の体勢に入った。
「あなたたちはトーマが下調べをしている間、何をしていたの?
まさか、ただ遊んでいたわけじゃないでしょうね」
フォンが冷たい微笑を浮かべる。
階下の男たちが青ざめながら見とれるという、器用な顔を見せた。
「調べさせたうえに地図を覚える気がなくて、トーマ任せ。道に迷ったら、彼のせい。
不測の事態が起きる冒険で、そんな危機意識の低い者はあっという間に消えていくわ。
たとえばブロンズタートル。帰り道で迷って、そのせいで傷が多くなったりして……ね?」
思わずフォンの顔を見てしまう。「そんな、馬鹿な」と思ったが、地図や下調べの情報を真面目に聞いてくれなかったのは確かだ。
ガルドが拳を握って、わなわなと震えている。
おいおい、図星かよ。
内臓の状態が悪くなったら、薬師ギルドも買取額に上乗せしないだろう。
自分たちの不注意で査定を悪くするなんて、本当にアホだ。
内臓を楽しみにしていた薬師を思い出し、心の中で謝る。
「トーマの怪我の傷を手当てをしないまま、無傷の自分たちの食事を作らせてただろ。最低だな、お前ら」
ルナの罵声に、野次馬たちの方が反応した。
「ええ、それは最低だ」
「手当が遅れただけ、悪化するかもしれねぇじゃん」
「水くみとか薪集めとか、分担するのが当然だろ。お貴族様かよ」
特に、冒険者たちからの非難の声が大きい。
「うるさい。あいつが自分でやるって言ったんだ!」
ブルーノは野次馬たちを怒鳴りつける。太い声で迫力がある。
「やれって命令したんだろうが。ふざけんな」
怒鳴り返したら、ブルーノは一瞬たじろいだ。
言い返したら蹴られるから、俺も黙ってやるようになってたしな。
暴力で洗脳されてるって言われて、驚いたんだ。自覚がなかったからさ。
時間をかけて、「俺はお荷物だからメンバーになれて、ありがたい」と思わされた。
四人に代わる代わる言われ、それが真実だと考えるようになった。
今も、一人で対峙していたら、丸め込まれたりするんだろうか。
隠しているが、恐怖で震えそうなんだ。
いや、ここで、強い自分を手に入れなければ!
「よってたかって俺を役立たずって言うから、『そうなのか』と思わされただけだ!
やらないと文句言われたり蹴られたりするから、自分を犠牲にしても働いてた」
花猫風月のメンバーと行動するようになって、何度も「それ、おかしい。自分を蔑ろにしすぎ」と指摘された。
「今は、やったことを評価してくれて、意見を出しあって、対等な協力関係で冒険者をやってるんだ。
そんな地獄に戻るわけねぇだろ」
悔しさと怒りで、目眩がしそうだ。
「地獄って、お前……」ガルドがショックを受けたような素振りをする。
俺が喜んでやっていたと、本当に思っていたんだろうか?
「お前らにとって、都合のいい奴隷だったんだろ」
言いながら、胸が痛んだ。
認めるのは辛いが、そういうことだ。
俺はあいつらのパーティーに所属していたが、仲間として認めてもらえてなかった。
「仲間じゃないから、攻撃できたんだろ。セリアに俺がいなければ、分け前が増えるとでもそそのかされたか?
俺がいなかったら、ブロンズタートルを討伐できる実力もないくせに!」
言ってはならないことだ――そう思いながら叫んだ。
彼らの、冒険者としてのプライドを粉々にする。
ここまで言われたら、キレるだろう。
「この……できそこないの、役立たずがぁ!」
ブルーノが獣のように咆哮する。
十歳でスキルをもらった時から、俺たちの関係は、こうだったんだ。
評価の高い、有用なスキルを誇る者。
「下ごしらえ」という地味なスキル。軽んじて、利用してもいい者。
そんなわけがあるか。
スキルは「絶対」じゃない。
スキルに胡座をかいて磨かない者と、それを活かす道を探した者。
どちらに軍配があがったか、しっかりとその目で見ろ。




