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『下ごしらえ』で冒険者を目指す ~地味スキルなのに、なぜかモテる件~  作者: 紡里
第五章 土下座されても戻らない

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スキルに胡座をかいた者

 フォンが、反撃して倒した人物について小声で説明する。

「トーマが戦闘できなくなったら、私たちが放り出すと考えたみたい」

 つまり、俺にナイフを投げようとしていたのか。こんな街中で……。

 エレッサ支部の職員が雇った、ここトゥルメル支部を出禁になった冒険者崩れだそうだ。



 フォンがサァラと位置を替えて、窓際に立つ。


 なりふり構わず俺を確保しようとしていると知り、ゾッとした。

 二階に陣取って、物理的に距離があってよかった。

 人混みの中で問答していたら、どんな怪我を負わされたことやら。



 サァラは廊下の音を警戒して、耳を扉に付けてピクピクさせている。

 なんか可愛い。なごむなぁ。




 フォンは背筋を伸ばして窓際に立ち、口論の体勢に入った。

「あなたたちはトーマが下調べをしている間、何をしていたの? 

 まさか、ただ遊んでいたわけじゃないでしょうね」

 フォンが冷たい微笑を浮かべる。


 階下の男たちが青ざめながら見とれるという、器用な顔を見せた。


「調べさせたうえに地図を覚える気がなくて、トーマ任せ。道に迷ったら、彼のせい。

 不測の事態が起きる冒険で、そんな危機意識の低い者はあっという間に消えていくわ。

 たとえばブロンズタートル。帰り道で迷って、そのせいで傷が多くなったりして……ね?」


 思わずフォンの顔を見てしまう。「そんな、馬鹿な」と思ったが、地図や下調べの情報を真面目に聞いてくれなかったのは確かだ。


 ガルドが拳を握って、わなわなと震えている。


 おいおい、図星かよ。

 内臓の状態が悪くなったら、薬師ギルドも買取額に上乗せしないだろう。

 自分たちの不注意で査定を悪くするなんて、本当にアホだ。


 内臓を楽しみにしていた薬師を思い出し、心の中で謝る。



「トーマの怪我の傷を手当てをしないまま、無傷の自分たちの食事を作らせてただろ。最低だな、お前ら」

 ルナの罵声に、野次馬たちの方が反応した。


「ええ、それは最低だ」

「手当が遅れただけ、悪化するかもしれねぇじゃん」

「水くみとか薪集めとか、分担するのが当然だろ。お貴族様かよ」

 特に、冒険者たちからの非難の声が大きい。



「うるさい。あいつが自分でやるって言ったんだ!」

 ブルーノは野次馬たちを怒鳴りつける。太い声で迫力がある。


「やれって命令したんだろうが。ふざけんな」

 怒鳴り返したら、ブルーノは一瞬たじろいだ。


 言い返したら蹴られるから、俺も黙ってやるようになってたしな。

 暴力で洗脳されてるって言われて、驚いたんだ。自覚がなかったからさ。


 時間をかけて、「俺はお荷物だからメンバーになれて、ありがたい」と思わされた。

 四人に代わる代わる言われ、それが真実だと考えるようになった。


 今も、一人で対峙していたら、丸め込まれたりするんだろうか。

 隠しているが、恐怖で震えそうなんだ。


 いや、ここで、強い自分を手に入れなければ!


「よってたかって俺を役立たずって言うから、『そうなのか』と思わされただけだ!

 やらないと文句言われたり蹴られたりするから、自分を犠牲にしても働いてた」

 花猫風月のメンバーと行動するようになって、何度も「それ、おかしい。自分を蔑ろにしすぎ」と指摘された。


「今は、やったことを評価してくれて、意見を出しあって、対等な協力関係で冒険者をやってるんだ。

 そんな地獄に戻るわけねぇだろ」

 悔しさと怒りで、目眩がしそうだ。



「地獄って、お前……」ガルドがショックを受けたような素振りをする。

 俺が喜んでやっていたと、本当に思っていたんだろうか? 


「お前らにとって、都合のいい奴隷だったんだろ」

 言いながら、胸が痛んだ。

 認めるのは辛いが、そういうことだ。

 俺はあいつらのパーティーに所属していたが、仲間として認めてもらえてなかった。



「仲間じゃないから、攻撃できたんだろ。セリアに俺がいなければ、分け前が増えるとでもそそのかされたか?

 俺がいなかったら、ブロンズタートルを討伐できる実力もないくせに!」


 言ってはならないことだ――そう思いながら叫んだ。

 彼らの、冒険者としてのプライドを粉々にする。

 ここまで言われたら、キレるだろう。


「この……できそこないの、役立たずがぁ!」

 ブルーノが獣のように咆哮する。


 十歳でスキルをもらった時から、俺たちの関係は、こうだったんだ。

 評価の高い、有用なスキルを誇る者。

「下ごしらえ」という地味なスキル。軽んじて、利用してもいい者。



 そんなわけがあるか。

 スキルは「絶対」じゃない。

 スキルに胡座をかいて磨かない者と、それを活かす道を探した者。


 どちらに軍配があがったか、しっかりとその目で見ろ。


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