溶けた金
怒りで息を荒くしているサァラ。
ルナは彼女の肩に手を置いて、役割を交代した。
サァラは息を整えて、警戒に入る。鼻と耳がピクピク動いた。
ルナは腰に手をやり、仁王立ちして、窓から見下ろした。
「あんたたち、トーマからかすめ取った物や金、搾取してた分を返還する目処はついたのかい?」
野次馬たちから「ひでぇな」と声が上がる。
ガルドは声がした方を睨んでから、大声で俺を罵ってきた。
「ブロンズタートルはお前が言っていた金額で売れなかったぞ。そいつは、ほら吹きだ」
最低でも……っていう値段で計算したはず。おかしいぞ。
「いくらだって?」
「……五千キンだ」
ガルドがためらってから答えた。
野次馬たちにどよめきが走る。
高ランクの冒険者ならもっと稼ぐこともあるが、当時Dランクだったことを考えると破格の報酬だ。
普通の市民だったら、その金額で一生働かなくても生きていける。
「じゃあ、単純に五等分したって、トーマに千キンは渡すべきだよな。まあ、立て替えた経費を考えたら、違ってくるだろうけど」
俺はガルドたちの表情を見ていた。
ガルドはギョッとして、ブルーノは不満そうに口をへの字にした。
……頭が悪いから気付かなかったんじゃなくて、わかっていて経費を俺に被せていたのか。
ほんと間抜けだな、俺。
「今、いくら残ってんだよ」
かなり浪費してそうだな。嫌な予感がする。
「賭けで溶かした」ブルーノが開き直る。
「馬鹿か!」
「増やそうとしたんだ」
「増えるわけねぇだろ」
急に大金を手にした若僧なんか、その気にさせるのは簡単だったろうな。
「彫刻家が買わねぇって言い出したんだよ。お前が事前にちゃんと確認しなかったせいだろ」
責めるようにガルドが言う。
「ブロンズタートルの腹の部分、最低でも二千キン。状態が良ければ上乗せしてくれるはずだ」
掘るから多少の傷は気にしないって、言っていたぞ。
「そいつが買わねぇって言い出したんだ」
「てめえが手を回したのか?」
ガルドとブルーノが次々に文句を言う。
「死にかけてて何ができんだよ。ぼけ。
……運び方が悪かったんじゃねぇの?」
可能性が高いのは、品質が劣った場合か?
「あんな大きくて重いの、引きずるしかねぇだろ」
「ちゃんと、妖精シルクで巻いたんだよな?」
ブルーノの腕力が頼りであったのは、間違いない。
「ドレスを仕立てるような布、もったいないってセリアが抱え込んでたよ」
ガルドが何を当然のことを、みたいな顔で言う。
心底呆れた。
「そんなことして、ブロンズタートル傷だらけにしたのか。
妖精シルクで巻いて、丸い甲羅を下にして引っ張れって言っといただろ」
丸い方を下にすれば数カ所の傷で済むが、腹を下にしたら、一面まんべんなく傷が入る。
そりゃあ、創作意欲も消し飛ぶわ。さぞ、がっかりしただろうな。
ちなみに、妖精シルクでセリアとヴェリーがドレスを仕立てたって。
馬鹿か。二千キンで売れたら、その金で何着でも作れただろうが。
実は「花猫風月」だと同じ作戦が取れない。時間があるときに、どんな作戦なら討伐できるか考えているんだけど、まだ思いつかない。
それくらい「鮮血の深淵」はバランスがいいパーティーではあったんだ。快進撃と言われるのも納得できた。
性格と頭が最悪で自滅してんだけどな、ははは。
「大体さぁ、準備にかかった経費を全部トーマに被せてんのがおかしいでしょ。
その妖精シルクだって、トーマが払ったんだろ?
せめて、そのドレスを売り払って返せよ」
ルナが援護射撃をしてくれた。
「とっくに借金のカタに取られたよ」
ガルドが怒鳴る。
よく、セリアとヴェリーが手放したな。
「お前らと縁が切れて、ほんと良かったぜ」
しゃべればしゃべるほど、気持ちが離れていく。
殺されかけて憎しみに変わったと思っていたが、ほんの少しでも情が残っていたのかと、自分でも驚くわ。
「こんながめつい女、放っておこうぜ。
俺たち、上手くやってたじゃないか」
ブルーノが突然、おかしなことを言い出した。
「けっ。『うまくごまかされてた』の間違いじゃないのか?
お前たちにとって、俺は仲間じゃないみたいだしな。
ブロンズタートルの運搬方法だって、聞き流した結果、二千キンを稼ぎ損ねて。
大作を掘るって意気込んでいた芸術家を落胆させて。
それを楽しみに、大きな妖精シルクを苦労して調達してくれた商人に、無駄骨を折らせたんだぞ」
聴衆たちに、こいつらの馬鹿さ加減を披露してやる。
「妖精シルクの商人、金が入ったらすっ飛んできて、百キンもぎ取っていったぜ」
ブルーノが憤慨している。
「それは俺を信用して、一部後払いにしてくれたからだ」
でも、残金七十のはずだけど。荷物の中にあった契約書をろくに見ずに払っちゃったのか。
彫刻家が作品を作って売った場合の手数料がパアになったから、腹いせか……それとも、カモだと認定されて、ぼったくられたのか。
「あんたたちに、トーマはもったいないよ!
もし戻ったとして、今までみたいに搾取してこき使えると思ったら大間違いだぞ」
ルナが勝ち誇ったようにブルーノを指差して言った。
「そこの大きいの。焼け焦げた鎧を新調できてないんだろ。
トーマが戻ったら、強請って買ってもらうつもりか?」
ああ、火傷で鎧を着られないんじゃなく、持ってない可能性もあるのか。
一度散財を覚えた奴は、立て直すの難しいよな。
もともと、貯金とかしてなさそうだったし。
「一緒に組んでた二年半の経費。耳を揃えて返せるのか。
それを精算してからじゃないと、話し合いのテーブルにはつかせないよ」
ルナが保護者のように見えてきた。
「それから、Cランク目前のトーマとEランクに落ちたあんたたちなら、報酬は等分じゃおかしいよね。
半分以上トーマの取り分にしても、足りないくらい」
「んな、馬鹿な!」
ガルドが反論する。本気で、元に戻ると思っていたのか。
「能力を正当に評価するなら、それくらいだね。
思ったより自分たちの実力が低くて、困ったから頭を下げに来たんでしょうが」
野次馬たちは事情がわかってきたらしく、参加してきた。
「俺たちなら、その条件呑むぜ」
「一回でいいから、同行してアドバイスくれないか」
「大物倒して、がっぽり儲けたい」
それらをルナは「仕方ないなぁ」と苦笑いで流し、ガルドには厳しい目を向けた。
「同郷だって言うんなら、トーマの家族に報酬とか遺品を渡すのが当然だろ?
それを勝手に四人でわけてたら、どうかと思うよ。
死人に口なし、か?」
そう言えばそうだ。
同郷と言って情に縋るというなら、そちらも情を見せるのが筋だろう。
「俺たちを見捨てるのかよ。お前は優しい奴だったろ」
「お前が贅沢を覚えさせたんじゃんか」
泣き落としのつもりだろうか。微妙に俺のせいだと言われているようで、気分が悪いんだが。
「俺の報酬を使い込んでおいて、何言ってるんだ。
自分たちが悪いとは、思わないのか?」
「馬車馬のように働いたって、Eランクじゃ、トーマに返すお金も稼げないじゃん。
Eランクの一年分の稼ぎ、あたいたちなら二回の依頼で達成できるんだよ」
サァラが口を挟んできた。
そう、今までの恨みを脇に置いておいたとしても、戻るメリットはない。
「この籠手、トーマのアドバイスを入れて新調したんだ」
ルナが突然、腕を見せて自慢した。
「あたいは、拳闘グローブを三種類。モンスターに合わせて、使い分けるん」
サァラが両手を前にして、握ったり開いたりして見せつける。
自慢げに……はは、まあ、似合ってますよ。
金は浪費するんじゃなく、こうやって将来の投資に回すもんだろ。
ふっと耳の横を風が通る。
サァラが人差し指と中指に小石をはさみ、それをフォンが風魔法で飛ばしたらしい。
野次馬の後ろの方の一人が、突然倒れる。その手から、投擲用ナイフが落ちた。




