二階の窓から
冒険者にとって「逃げる」なんて、イメージ最悪だ。
わかって言っているのか、少ない語彙の中からひねり出したのか……ブレーンがいて、言わされているのか。
安っぽい挑発だ。それで、俺がムキになって出て行くのを狙っているんだろう。
「お前らが、俺を殺そうとしたんだろうが! もう、話し合う必要はない」
一番言われたくないだろう。
パーティーメンバーを殺すなんて、犯罪だし、ものすごく軽蔑される。
この先、信用されることなんか一生ないぞ。
「お、俺たちがやったって、証拠でもあるのかよ」
ブルーノが嘲るように吠えた。
道行く人が、何事かと立ち止まり始めている。
「……しらばっくれるつもりか?」
俺だって、脅すような太い声を出せるぞ。
ガルドがニヤリと嗤った。
「証拠がないから、こうやって自由になったんだろ。
セリアが一人でやって、俺たちは止めようとしたけど、Cランク冒険者に敵わなかった。
悪かったって、言ってるだろ。降りて来いよ」
ははあ、そういう理屈か。
「お前らDランク三人がかりで、Cランク一人に敵わないって?
そんな実力じゃ、Eランクまで降格されたのもお似合いじゃないか」
ははは、と笑って返す。
ブルーノが憤怒の形相になる。強さやランクに人一倍こだわってるからな。
「そういえば、ヴェリーはどうした」
「……宿で寝込んでる」ガルドが俺を睨みつける。
「ふ~ん、そういう神経あったのかよ」
羞恥心があったのか、俺を懐柔する役に立たないから出すのを止めたのか……。
まあ、やったやらないの水掛け論をしていても仕方ない。
「見ろ、この胸当ての傷! お前の剣が付けた傷だぞ」
逃げることを許さない、物証を出してやる。
「なっ、まだ持っていたのかよ」ブルーノがおののく。
「お、お前が前に飛び出てくるから……。誤解なんだ。聞いてくれよ」
ガルドが腕を上下させ、唾を飛ばしながら喚いている。
「前面に袈裟切りって、どんな状況だよ。殺意しかねぇだろ!」
あの時のガルドの顔を思い出し、一瞬立ちくらみを起こした。
サァラが背中を支えてくれる。
手のぬくもりが、勇気を奮い立たせてくれた。
胸当ての後ろを見せ、続ける。
「この背中の焼け焦げは、ヴェリーのファイアーボールだぞ」
「あれ本当に味方にやられたのか」「あいつら最低だな」そんな声が周囲から聞こえる。
「たまたま、当たっただけじゃないか。闘っている最中なら、仕方ないだろう」
「なんだと、ガルド? じゃあ、お前もこんな火傷を負ったことがあるって言うのか。
剣士のお前が一番前にいるっていうのに、背中が無傷なのをどう説明する?」
「いや、俺だって蒸し焼きになったぞ」
ブルーノはフォローのつもりで言っているんだろうか。同じ経験をした仲間みたいな雰囲気を出してくる。頭が悪すぎる。
「そんな味方が危険なパーティーに戻るとか、ありえねぇわ!」
どう考えたって、そうだろ。
火魔法は攻撃力が高いけれど、危険性も高い。その対策を提案しても、ヴェリーはうるさがって聞こうとしなかった。
周りで聞いている人たちも「あちゃ~」という呆れた雰囲気になった。
「そうだにゃ!」
斜め後ろから、突然声があがった。
「あんたたち言い訳ばっかで、謝ってない!
あたいがトーマを見つけなかったら、殺人未遂じゃなくて、殺人犯にゃ。
生きる気力をなくすところまで傷つけたんだ」
あ、そういうところ、見られてたな……。
「あんたたちは、人殺し!
弓で足を射って、盾役が重量級の蹴りを入れて、魔法使いがファイアーボールをぶつけて、剣士が斬りかかる。
見事な手際、立派な人殺しパーティーだにゃ」
野次馬たちが、ざっと彼らから距離を取った。
「荒くれ者の冒険者」は珍しくない。だが、その範疇を超えているのだ。
サァラが、俺のために怒っている。
こんな状況で嬉しいとか、俺、おかしいかな。




