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『下ごしらえ』で冒険者を目指す ~地味スキルなのに、なぜかモテる件~  作者: 紡里
第五章 土下座されても戻らない

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待ち伏せ

 いつの間にか、部屋でうたた寝をしていた。

 気持ちが乱高下して精神的に疲れたみたいだ。



 大浴場に後から入ってきた人に、案の定「ナニやってたんだよ」って、からかわれたし。

 はぁ~、また、あれで好き者って噂が広まったら、どうしてくれるんだ。

 パーティーに正式加入するの、考え直した方がいいか?

 もう一人、男が加入したらハーレムとか言われないかも。

 やっぱり重量級が一人いたら作戦の幅が……と考えていた辺りで、眠りに落ちたらしい。




 目が覚めると、三人が部屋にいた。


「お目覚めね。お風呂でリラックスできたのかしら?」

 フォンが柔らかく微笑んだ。


 リラックス……したけど、同時にハラハラさせられた。

「あ~、でも、これからのことを考えたら、あんまりリラックスしても、あれだろ」

 しどろもどろになってしまった。

 これは、寝起きで頭が働いていないせいだ、きっと。


 ルナは頬を染め、下向き加減になった。

 そういう態度だと、フォンになにか察知されそうだから、普通にしてくれ。


 ほら、いぶかしげに俺とルナを見比べてんじゃん。


「あちらは夕方以降に仕掛けてくるつもりらしいから、私たちも順番に休んでおきましょう」

「んじゃ、あたいもお風呂に行ってこよん」

「じゃあ、あたしも……」

「ルナはもう入ったんじゃないの? 湯上がりの風情だったじゃない」

 フォンがカマをかけるように、ちらりと目線を送ってくる。

「いや、トーマにマッサージしてあげただけ」


 ええぇ、それ、ペロッと言っちゃうのか。

 まあ、やましいことは、してないけど。


「トーマの護衛もあるから、順番に行きましょう。一人ずつ行くか、二人組で行くか……」

「ん? ホテルに内通者がいて、あたしたちが人質にされるかもってことか?」

 ルナの雰囲気がピリッと引き締まった。

「そう。今回の敵は隣国だから、そういうことも考えられるわ。用心しましょう」



 あ、そうか。

 風呂でイチャイチャしてる場合じゃねぇじゃん。

 しっかりしろ、俺。



 日が沈む頃、ルームサービスで食事を運んでもらった。

 サァラがふんふんと匂いを嗅ぐ。

「うん。薬は盛られてないにゃ」


「よかったわ。安心して、いただきましょう」

 フォンがサァラを労った。


 なるほど。そういう心配も必要なのか。勉強になるな。


「いつもより早い時間だけど、戦闘になることを想定して。酒もなしだ。」

 ルナがまともなことを言ったぞ。

 腹一杯だと動きが鈍るからな。



 あ、なんか不思議なアクセントだ。隠し味に何を使っているんだろう。

 パンをめくって、挟んである中身をちらっと見てしまう。

 行儀悪いが、許してくれ。


 サァラが「それ、酢漬け瓜の細切りにゃ」と笑った。

 何をしようとしたのか、バレてた。しかも、サァラの鼻が俺の舌より感度が高いだと?

「……今度、作る時に入れてみようか」

「いいね、楽しみだ」

 ルナが食い気味で言う。

「またレパートリーが増えるわね」

 フォンが期待していると微笑んだ。




 高級なガラス張りの窓をしっかり施錠して、サァラが外を警戒している。


「来る」と、扉を守っていたルナが短く告げた。

 すぐに、扉をノックする音が聞こえる。


 誰何してから慎重に扉を薄く開けると、制服を着たホテルの人だった。

 客が来ているという伝言だ。

 名乗りは「鮮血の深淵」ではなく、「同郷のガルド」だ。

「おかしな連中が訪ねてくるかもしれない」と事前に言ってあるので、ロビーで止めてくれている。


 フォンがルナの後ろから顔を出し「追い返していただける?」と、微笑んだ。凍り付くような、作り笑い。



 フォンは振り返ると指示を出した。

「トーマは窓際で、通りから見えるように立って。

 サァラは例のギルド職員がどこにいるかチェックして。

 ルナは二人の背後で、攻撃が来ないか警戒して」


 フォンは入り口の扉に風の結界を張った。これで、背後からの急襲を防ぐ。



 ホテルの人から伝言を聞き、怒ってごねて、諦めて外に出るのにどれくらい時間がかかるだろう。


 そうとう粘っているらしく、なかなか出てこない。


 緊張がゆるみ始めた頃、ホテルの入り口から数人がバタバタと出てきた。

 苛立った様子で振り返り、獲物を探すようにホテルを見上げている。


「トーマ! 逃げてんじゃねぇぞ。出てこい!」

 ホテルの二階の窓に俺を見つけて、ガルドが怒鳴った。


 逃げてませんけど?


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