待ち伏せ
いつの間にか、部屋でうたた寝をしていた。
気持ちが乱高下して精神的に疲れたみたいだ。
大浴場に後から入ってきた人に、案の定「ナニやってたんだよ」って、からかわれたし。
はぁ~、また、あれで好き者って噂が広まったら、どうしてくれるんだ。
パーティーに正式加入するの、考え直した方がいいか?
もう一人、男が加入したらハーレムとか言われないかも。
やっぱり重量級が一人いたら作戦の幅が……と考えていた辺りで、眠りに落ちたらしい。
目が覚めると、三人が部屋にいた。
「お目覚めね。お風呂でリラックスできたのかしら?」
フォンが柔らかく微笑んだ。
リラックス……したけど、同時にハラハラさせられた。
「あ~、でも、これからのことを考えたら、あんまりリラックスしても、あれだろ」
しどろもどろになってしまった。
これは、寝起きで頭が働いていないせいだ、きっと。
ルナは頬を染め、下向き加減になった。
そういう態度だと、フォンになにか察知されそうだから、普通にしてくれ。
ほら、いぶかしげに俺とルナを見比べてんじゃん。
「あちらは夕方以降に仕掛けてくるつもりらしいから、私たちも順番に休んでおきましょう」
「んじゃ、あたいもお風呂に行ってこよん」
「じゃあ、あたしも……」
「ルナはもう入ったんじゃないの? 湯上がりの風情だったじゃない」
フォンがカマをかけるように、ちらりと目線を送ってくる。
「いや、トーマにマッサージしてあげただけ」
ええぇ、それ、ペロッと言っちゃうのか。
まあ、やましいことは、してないけど。
「トーマの護衛もあるから、順番に行きましょう。一人ずつ行くか、二人組で行くか……」
「ん? ホテルに内通者がいて、あたしたちが人質にされるかもってことか?」
ルナの雰囲気がピリッと引き締まった。
「そう。今回の敵は隣国だから、そういうことも考えられるわ。用心しましょう」
あ、そうか。
風呂でイチャイチャしてる場合じゃねぇじゃん。
しっかりしろ、俺。
日が沈む頃、ルームサービスで食事を運んでもらった。
サァラがふんふんと匂いを嗅ぐ。
「うん。薬は盛られてないにゃ」
「よかったわ。安心して、いただきましょう」
フォンがサァラを労った。
なるほど。そういう心配も必要なのか。勉強になるな。
「いつもより早い時間だけど、戦闘になることを想定して。酒もなしだ。」
ルナがまともなことを言ったぞ。
腹一杯だと動きが鈍るからな。
あ、なんか不思議なアクセントだ。隠し味に何を使っているんだろう。
パンをめくって、挟んである中身をちらっと見てしまう。
行儀悪いが、許してくれ。
サァラが「それ、酢漬け瓜の細切りにゃ」と笑った。
何をしようとしたのか、バレてた。しかも、サァラの鼻が俺の舌より感度が高いだと?
「……今度、作る時に入れてみようか」
「いいね、楽しみだ」
ルナが食い気味で言う。
「またレパートリーが増えるわね」
フォンが期待していると微笑んだ。
高級なガラス張りの窓をしっかり施錠して、サァラが外を警戒している。
「来る」と、扉を守っていたルナが短く告げた。
すぐに、扉をノックする音が聞こえる。
誰何してから慎重に扉を薄く開けると、制服を着たホテルの人だった。
客が来ているという伝言だ。
名乗りは「鮮血の深淵」ではなく、「同郷のガルド」だ。
「おかしな連中が訪ねてくるかもしれない」と事前に言ってあるので、ロビーで止めてくれている。
フォンがルナの後ろから顔を出し「追い返していただける?」と、微笑んだ。凍り付くような、作り笑い。
フォンは振り返ると指示を出した。
「トーマは窓際で、通りから見えるように立って。
サァラは例のギルド職員がどこにいるかチェックして。
ルナは二人の背後で、攻撃が来ないか警戒して」
フォンは入り口の扉に風の結界を張った。これで、背後からの急襲を防ぐ。
ホテルの人から伝言を聞き、怒ってごねて、諦めて外に出るのにどれくらい時間がかかるだろう。
そうとう粘っているらしく、なかなか出てこない。
緊張がゆるみ始めた頃、ホテルの入り口から数人がバタバタと出てきた。
苛立った様子で振り返り、獲物を探すようにホテルを見上げている。
「トーマ! 逃げてんじゃねぇぞ。出てこい!」
ホテルの二階の窓に俺を見つけて、ガルドが怒鳴った。
逃げてませんけど?




