風呂場
風呂場の脱衣所には誰もいなかった。脱いだ服もないから、俺一人だ。
まだ時間が早いから、誰も入っていないのか。
貸し切り状態とは、贅沢だな。
さっと体を洗って、大きな浴槽で足を伸ばす。
あ~、気持ちいい。体もほぐれていく気がする。
なんだろうな、この開放感。
パタンと扉が開閉する音が聞こえた。
他の客が入ってきたか、と入り口に視線をやったら……湯気で見間違えたか?
二度見をしたが、間違いじゃない。
嘘だろ?!
風呂場にルナが入ってきた。
全裸ではなく、いつも通りのビキニアーマーで……。
「女湯は隣だぞ!」
とりあえず、叫んだ。
気がつかずに入ってきたわけじゃないだろうけど、わけわからん。
「考えすぎると頭が凝るから。マッサージしてあげるよ。背中こっちに向けて」
言われるまま、半身浴の状態で背中を向けた。
「フォンにも時々やってあげるんだ」
濡れた髪の毛の上に乾いたタオルを置いて、その上からマッサージが始まった。
指の腹でゆっくりと頭を押さえていく。
特に耳の上とか、頭と首の接点の窪みとか、親指で揉まれてすごく気持ちいい。
「意外と頭皮って凝るんだよねぇ」
まるでプロのようだ。
「言われるまで気がつかなかったけど、そうみたいだ。ありがとぉ」
気の抜けた声が出てしまった。
こんなの極楽と言っていいだろ。
――実は、角度によってはルナの胸が頭に当たるんだが、ビキニアーマーを着ているから硬くて冷たい。
ぽよんとしてないどころか、ガツッと当たる。
暖かく夢心地の中で、背中に水滴が落ちてぴゃっとなる感じ。
気持ちいいと気持ちよくないの、絶妙なハーモニーだ。
そういえば、さっきから何か言いかけては止めていたな。
フォンにもサァラにも聞かれたくないことか?
だからといって男風呂に入ってくるのは感心しないが。
「わざわざ男湯に入ってきて、内緒で話したいことがあるのか?」
あ~と呻いて、マッサージの手が止まった。
「あたしって、女として魅力ない?」
は? いきなり何を言い出した。
「ほら、前のパーティーの奴らが、全員とそういう関係になってるはずだろって言ってたじゃん」
「それは、あいつらが乱れた関係だったから、他の人もそうだと考えてるだけで」
「でも、サァラとフォンとは、したんでしょ?」
答えにくい。無言は肯定と見なされるかもしれない。矛先をずらすんだ。
「ルナは、そういうことしたいのか?」
少し考えている様子。
「仲間はずれみたいで、寂しいじゃん」
「そういう感覚でするもんじゃないだろ」
まっとうな意見を述べてみる。
ルナは俺の頭から手を離し、斜め後ろから上半身をこちらに傾けた。
視界に肌色が多い状態の女性が入ってくるのは、なんというか……困る。
見慣れたはずのビキニアーマーが、下着に見えてきた。ヤバイ。急に艶めかしく見えてくる。
いや、違う。いつもは、理性でそういうふうに見ないように努力しているだけだ。
俺の努力を吹っ飛ばすな。この、馬鹿ちんが。
「あたし……経験がないから、色気がないのかなぁ?」
んん? なにやら爆弾発言がありましたかね。
「え、そんなビキニアーマー着てるのに?」反射的に言ってしまった。
だって、そう思うじゃん。
「ビキニアーマーは憧れている冒険者に近づきたくて。自分のために着てるんだ。
彼女が自分の身を守れるようになってから着る装備だって言ってた。だから、これはあたしの誇りなの」
そーかー。誇りを持つことは、イイコトですねー。
って、それに俺たち男を巻き込むの、止めてくれないですかね。
人目を気にしないで済むなら目の保養だが、そうじゃないなら目の毒だ。
オスの生態に対して、配慮がないぞ。
「魅力ある。あるから、こんなところでやめて」
俺は片手で顔を覆って、片手でタオルを押さえてできるだけ体を隠した。
もう、白旗をあげますから、出て行ってくださいな。
タオルをちらっと見て、わかったと満足そうにルナは出ていった。
脱衣所から「うわっ」と野太い声があがった。
ほら。男だって、裸を見られたら恥ずかしいんだぞ。
自分が見られることには敏感なのに、見ることには鈍感って……どうよ?
もし、ルナがモテないと悩んでいるなら、そういうところだぞ。




