ちょっといいホテル
いつも泊まっている宿よりも、いいホテルを取ったと聞いていた。
ホテルに着く前から、道幅は広いし、屋台ではなく店舗が並んでいる。
「Bランクの冒険者たちがよく利用するエリアかにゃ」
サァラがスキップしながら先を歩く。
「たまにご褒美として贅沢したり、変な輩に絡まれて一時避難したりするのよ」
フォンがさらっと言うが、やっぱり女性だけのパーティーだから狙われたりしてるんじゃん。
「そういう時はホテルから通りを観察して、怪しい奴を見つけたら、盗聴で弱みを握って潰すんだ」
ルナが手慣れた手順を説明する。
ああ、動きが速いと思ったら、初めてじゃないのか。
冒険者の経験が長いと、冒険以外のことにも詳しくなっていくんだな。
ホテルの受付は、気持ちよく上品な対応だった。
かつて働いていたエレッサのホテルは、慇懃で自分たちの方が偉いと言わんばかりだったよな。
もしかして、領主によって、街やホテルの雰囲気って変わるのかな。
それなら他の領地も見てみたい。
廊下も清潔だ。
汚れることが多い冒険者が泊まっていて、これは、掃除の回数が多いのか。何かコツがあるのか、気になる。
山猫亭では一日に一回は掃除してたけど、追いつかなかったな。
入り口で泥を落とせって言っても、聞いてくれないし。
二階の部屋は……とてもゴージャスだった。
まず、天井が高い。獣人もいるから、そのせいもあるかもしれない。
部屋が二間になっていて、手前に応接セットがあり、奥の部屋はベッドルームだ。
……四人部屋って言ってたな。
いやいや、深く考えるな。防犯対策。意味なんかない。期待するな……おいこら、期待ってなんだ。
「大きな窓ね。通りもよく見えるわ」フォンが満足そうにうなずく。
「ちゃんと、そういう部屋を指定したもん」サァラがニッと歯を見せて笑った。
ルナが「弓矢が届くのは……」とチェックを始めた。
勉強になるからルナについて回り、周囲の建物との関係などを教えてもらう。
「一応、このレベルのホテルだと、魔法障壁が張ってあるけれど。
何事も、信用しすぎない方がいいわ」
と、フォンが付け加えた。
「そういうことだ」とルナが自慢げに胸を張った。
防犯チェックとかやることがある間は良かったが、ふと時間が空くと、同じ部屋に寝泊まりするのかとどきどきしてしまう。
ベッドルームに意識を持っていかないようにしないと……。
荷ほどきをしている、ごそごそという物音も気になる。気にしちゃ駄目だ。気にしたら負けだ。
そう思っているのに、つい、視線がベッドルームに……。
あ、俺の荷物も置いてある。
「さ、サァラ、荷物ありがとな」
「どういたしましてん。どう、この部屋。気に入った?」
「お、おう。すごいオシャレな部屋だな」
動揺しているのが丸わかりだろう。くぅ~、ダサいぞ俺。
女性陣の荷ほどきが終わったようだ。
応接セットに座り、今後の打ち合わせをする。
「レスタール国を敵に回してもいいのなら、記者に声をかけて、騒ぎを記事にしてしまうという方法もあるわ。
都合良く、『仲間割れでトーマにも非があった』と言わせないように、こちらが先に情報を流してしまうの」
「パーティーの脱退申請を取り下げろって言ってきたんだもんな。その線を狙っているのかも」
ルナが同意した。
「……一言も無事で良かったとか言われなかったし、今までどうしてたかも訊かれなかった。
あいつらだけじゃなく、ギルド職員も、俺のことなんかどうでもいいんだろうな」
なんだろう。虚しいというか、疲れた。
「せっかくいいホテルだから、大きな風呂でも入ってくるか?」
ルナが俺に向かって、明るい声を出した。
気を使わせちゃったか。
「んじゃ、そうするかな」
申し訳ないが、打ち合わせに身が入らない。今更、何がショックだったんだよ。
「私はその間に、情報ギルドに『何か起きるかも』って言ってくるわ。きっと記者が張込みをすると思うの」
フォンがウィンクをしてみせた。
むむ、楽しんでる様子……。また、何か仕掛ける気だな?




