迎撃準備
よく行く屋台のおっちゃんに「兄ちゃん、有名人だったんだな」と、からかわれた。
「お騒がせして、すみません」
一応、頭を下げる。
「いいって。面白かったよ」
……だよね。余興みたいになってたよね。
ルナがちょっと素っ気なく「冒険者ギルドに戻るぞ」と口を挟んだ。
フォンは「サァラと後を追う」と短く言って、人混みに消える。
さほどギルドから離れていなかったので、すぐに到着し、ギルドマスターとの面会を申し込む。
次の会議が始まってしまったらしく、しばらく待たされることになった。
俺への殺人未遂って、今、どういう扱いになってるんだろな。横領された金も……。
冒険者ギルドも支部によって違うみたいだし、何やら国が出しゃばってきているようだ。
エルフの国にセリアが引き渡されたら、俺は文句の一つも言えないまま終わるんだろうか。
「あ、あのさぁ」
突然ルナに話しかけられた。
「悪い。考え事してた」
素直に謝り、先を促すが、ルナは口ごもる。
珍しいなとそれを横目に、ギルドマスターから呼ばれるのを待っていた。
サァラが戻ってきて、フォンは引き続き情報収集しているとのこと。
それから、フォンに「入り口に警備員がいる宿、大通り沿いに面した部屋で二階か三階の四人部屋」と指定された宿を取ったという。
「今の宿を精算して、荷物を運んでおくから」とサァラは出て行った。
俺の部屋も同様にしてもらうよう、委任状を書いてサァラに渡した。
小柄だがいい筋肉をしているので、荷物運びも安心だ。
しばらくして、サァラが戻ってきて、フォンも合流した。
色々と情報交換したいが、一階の受付や依頼を張り出した掲示板があるところで話すのもはばかられる。
冒険者用の小部屋を借りようかと話し合っていたら、ギルドマスターに呼ばれた。
応接セットに座ると、軽食と飲み物が運ばれてきた。
「待たせたな。俺も腹が減ってるから、食いながら話そうぜ」
「で、『鮮血の深淵』が復縁を求めてきたのか」
カリカリのパンの上に具を載せたものを、手づかみでわしっと半分ほど口に入れた。
フォンはお茶で口を湿らせた。
「サァラに隣国の人間を見つけてもらい、風魔法で盗聴しました。
エレッサ支部の職員が二名、彼らと横領犯を連れてこの国に来たようです。
目的は、トーマの情に訴えて帰国させること」
ルナとサァラが気色ばんだ。
ギルドマスターは親指で口元を拭いながら、剣呑な笑いを浮かべる。
「おうおう、それは穏やかじゃねぇな。
密入国だろ? 殺人未遂の嫌疑がかかった奴らを、他国に送り込むなんて」
「隣国レスタールの貴族の馬車に潜ませて、国境を越えたそうです」
「はっ、国家的犯罪かよ」
ギルドマスターは吐き捨てるように言った。
フォンは、その貴族の名前をさらさらと書いて渡す。
「ああ、こいつか」と心当たりがある様子だ。
「また、接触を図ってくると思われます」
「そうだな」
「だから、警備員のいる宿に移ったよん」サァラが自慢げに胸を張る。
「周囲に、領主様の兵を配置しますか? 冒険者の中には、隣国の息のかかった者がいるかもしれません。捕縛しても、逃がされたら困ります」
「あ~、くそ。悔しいが、その疑いはあるな。
いずれにせよ、領主も国も関わってくるから、そっちに動いてもらった方が安全か。俺から連絡を入れておく」
フォンとギルドマスターがどんどん話を進めていく。
「もう、エレッサ支部にもレスタール王国にも遠慮する必要はありませんね?」
「ああ、傷を最小限に留めたいのかと情けをかけて待ってやってたが、ここまで虚仮にされたら反撃しねぇとな。
殺人未遂も横領の件も公表して、奴らが組織的に隠蔽しようとしていることも暴いてやろう」
最近、何の情報も無かったから忘れられてるのかと、ちょっと不信感を抱いてたんだ。水面下でなにやら調整してくれていたのか。
急に話が動き出したな。
ギルドマスターが俺の顔を見た。
「ただ、エレッサ支部をとっちめちまうとお前は戻りづらくなるだろう。
こっちに骨を埋めるってことで、いいか?」
さっきまでの粗野な感じがなりを潜め、真剣な眼差しだ。
「骨を埋めるかはともかく、エレッサに戻るつもりはありません。大丈夫です」
慎重に言葉を選んだ。
ギルドマスターがちっと舌打ちをした。
なに、しれっと「この街に骨を埋める」とか言質をとろうとしてんですかね、このオッサン。
「ギルマスの権限で、そこまでやっていいのか?」
ルナが念のためという感じで、確認した。
「ああ。さっきの会議は、冒険者本部からの連絡をここの支部の幹部で共有するためのものだ。
そんで、大元の本部からの連絡に、エレッサの上層部を尋問にかけることが決まったっつーのも含まれてた。腐敗した支部は、解体して作り直さないとな。
もう、遠慮はいらんぞ」
サァラが首をかしげた。
「フォンはそれを知ってたのん?
大通りに面した部屋を取ったのって、目撃者をたくさん作るため? 襲われにくくするためじゃなく?」
フォンは、ただ微笑んだ。
さきほど、盗聴の技術を披露したばかりの風魔法使いが……。




