最上級の謝罪?
「頼む。戻ってきてくれ!」
ガルドは地面に両手をついて、頭を下げた。
それを見て、ブルーノも苦虫を噛みつぶしたような顔で膝をつく。
怪我でもしているのか、動きがぎこちない。
「……お前が役に立つってことは、認めてやるから」
はあ? そんな不承不承言われても、なに言ってるんだとしか思わないんだが。
ガルドは両手をついたが、頭は下げていない。
ヴェリーは嫌々、地面に膝立ちになっただけだ。膝上のスカートが汚れないように気にしている。
東方の謝罪、土下座というやつを聞きかじってやっているんだろうか。
こいつらに、そんな知識があるとは思えない。
何を考えている。こんな往来で。
「あらまあ、どうしたんだい。喧嘩はだめだよ」
夕飯の買い物帰りらしいオバサンに声をかけられた。
ほう、周りを味方につけようというのか。
「誤解ですよ。
役立たずとパーティーを追い出されたのに、戻ってこいと命令されたんで断っているだけです。
奥さんだったら、そんな旦那の元にもどりますか?」
他人事だと寛容になる人には、自分事にしてもらおう。
「ああ、余計な口出ししてごめんよ。そんな亭主の元に戻ったって、元の木阿弥だぁね」
奥さんはスタスタと立ち去った。
宿屋や厨房で、奥さんたちの愚痴をさんざん聞かされてきたんだ。
これを夫婦喧嘩に見立てれば、どう言えばいいかがわかってくる。
「お前たち口先だけじゃん。
戻ったら、今まで通りにこき使えると思ってんだろ」
「トーマが支払った経費を、全然払わなかったやつ。繰り返そうとしてるのか?」
ルナがにらみを利かせた。
ガルドがさっと青ざめた。
そのつもりだったんだな。しかも、バレていると思わなかったと。
とことん、舐められてるな俺。
「まず、今までの経費を精算して、ブロンズタートルのトーマの取り分を払う。
その用意は、当然あるんだよなぁ?」
ルナはお金のことをきっちり、きれいにしておきたいタイプだ。
「そうだよな。五人で分けたら二割のところを、四人で分けて二割五分。
ずいぶんと懐が豊かになったんじゃねぇの?」
俺の発言で、野次馬たちがざわついた。
単なる内輪もめじゃないと伝わって、金額の大きさを嗅ぎ取った感じかな。
報酬でもめて刃傷沙汰ってのも、よくある話だ。
「そんなお金、もうないわよ」
ヴェリーがふてぶてしく言った。
「装備を一新したし、拠点も構えたら、あっという間になくなったわ」
「返す気も反省する気もないんだな。
なんで、わざわざ会いに来たんだよ」
ほんと、不思議だ。
「そ、それは……。
もう一度、仲間に入れてあげるって言ってんでしょ。素直に戻ってきなさいよ」
「命令できる立場か、よく考えてみろ。
金だけじゃないぞ。俺の荷物はどうした。
山猫亭のオヤジさんからもらった特製の火打ち石、使い込んだ包丁……俺の財産だ」
思い出と誇りが染みこんだ、掛け替えのない物たち。
「古道具屋で二束三文にしかならなかったぞ。お前の自己満足だろう」
ブルーノが唾を吐いた。
やっぱり、もう、無いのか。殺したと思ってたんだもんなぁ。
……蹴り飛ばしていいかな、コイツ。
ルナが俺の肩に手を置いた。
冷静になれ、俺。
ここで殴って「お互い様」なんて、情状酌量の余地を作ってはいけない。
それが奴らの作戦かもしれないぞ。
そんな俺の耳に、とんでもない一言が飛び込んで来た。
「あ、あんたの恋人になってあげても、いいわ」
一瞬、きょとーんだ。
「お断りだね」
即断、即決。迷う隙など無い。
周囲がどっと湧いた。
「お嬢ちゃん、そんなちんちくりんで、『花猫風月』と勝負する気か」
「俺なら相手にしてやってもいいぜ」
いつの間にか戻っていたサァラも含めて、三人が俺の後ろに立っている。
ヴェリーは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「なんなの、それ?!」
「まさか、お前、全員食ったのかよ」
ガルドが下品なことを口走る。
「全員とか、してねぇわ!」
反射的に怒鳴り返す。嘘ではない、一応。
「まとめて三人とは、なんと贅沢な……」
ブルーノが青筋を立てている。
「お前たちと一緒にするな。
野営で俺に見張り番をさせて間に、四人でナニしてたんだよ。
風魔法の防音結界が使えるわけじゃねぇのに、アホか」
おっと、つい、暴露してしまったぜ。
「いやぁああー」
と叫んで、ヴェリーが逃げ出した。
気付いてないとでも思っていたのか?
俺が防音の魔道具がほしいと言ったときに、無駄遣いだと却下したのを思い出したのか?
野次馬たちは好き勝手にしゃべっている。
「うん、四人? あともう一人は男か? 女か? ぎゃははは」
「ハーフエルフの女だよ。ギルド新聞に載ってた」
「はぁ、羨ましいこって」
ガルドがヴェリーを追いかける。
ブルーノは、ずいぶんゆっくりと立ち上がった。
「お前、怪我してんのか」
つい、声をかけてしまった。
「ヴェリーにファイアーボールを当てられて、鎧の中で蒸し焼きだ」
俺を横目で見て、自嘲するように言う。
「それで、まだ、一緒にいるつもりなのか」
「お前の時と違って、わざとじゃないしな。それに、もう、他の奴らは組んでくれないだろう」
それで、必死にパーティーを維持しようとしているのか。
もう、俺の知ったことではないけど。
それに、これ、謝罪じゃないよな? 自分たちの言いたいことだけ喚いて行きやがって。




