いつの間にか大ごとに
古着屋で靴を買い、冒険者ギルドに向かった。
この街は獣人がいるせいか、入り口の扉や天井が高い。
受付で軽く事情を説明すると、すぐに別室に案内された。
「ぎ、ギルドマスターを呼んで参りますので、座ってお待ちください」
ウサギ獣人の受付嬢が、飛ぶように出て行った。
ギルドマスターが出てきた。
「なんか、厄介な話を持ち込んだみてぇだな」
「本当に『下ごしらえ』じゃねぇか。
いや、生きてて良かった。世界の損失だぜ。
ま、詳しく話せや」
「すみません。
その前に、俺が死んだことになっているなら、ギルドの口座も凍結されているんでしょうか?」
「ん? ああ、そうだな」
「でも、この街にはギルドのタグで入れましたよ」
「それもおかしな話だな。ギルドの処理が遅れることもあるが……ほぼ一ヶ月か。怠慢すぎるな」
ギルドマスターは頭をガリガリとかいた。
「そんじゃぁ、まず、本人確認するか。魔道具で、タグと本人の照合だ。
なりすましじゃないことがわかったら、ギルド通信で生存報告をしてやる」
「ありがとうございます」
「ちょっとお待ちになって。
黒幕がいるかもしれません。今は、様子を見て泳がせた方がいいんじゃなくて?」
フォンが口を挟んだ。
「なるほど。一理あるわ。とりあえず、本人確認な」
事務員の男性が二人がかりで魔道具を運んできた。
手をかざすと、俺の登録情報が出てくる。
「お、死亡処理されてねぇな」
「……残高が減ってます」
恥ずかしいが、貯金額も表示されている。
「なんだと? そいつも調べねぇとな。
おい、口座の一時凍結ってできるんだっけか?」
「ギルドマスター権限で、できますよ」と職員。
「あ、でも、当分の生活費がないと困る」
俺は慌てた。まだ、サァラに山小屋での食費も払っていないし、ブーツのお金も……。
ルナに心配するなと言われた
「立て替えておいてやるよ。こんだけ持ってたら、確実に払ってもらえるからさ」
「ここで下ろしてしまうと、犯人と紛らわしいですから。調査のために、手をつけない方がいいでしょう」
と、フォンも加勢する。
「では、お言葉に甘えて……」
なんか、最近、甘えてばっかだな。
ギルドマスターがテーブルに地図を広げた。
「当日の動きを教えてくれ」
「この三つの領が接している辺りに、ブロンズタートルが出ました。
タートルをひっくり返して死ぬのを待っている間に、パーティーメンバーから俺への不満が噴出して……確か、弓使いのセリアに射かけられたんです。いや、その前に盾役のブルーノに蹴られたんだっけ?」
記憶が曖昧になってきたな。
「順番はどっちでもいいっしょ。
フクロウのばあちゃんも蹴られたのを確認しているし、射られたブーツと矢はこれだにゃ」
サァラがすかさず、診断書と証拠品を出してくれる。
お礼をいうと、ニッと笑顔が返ってきた。
それから、剣で切られたり、ファイアーボールで攻撃されたことを説明した。
「随分と悪辣だな。
それが本当なら冒険者の資格剥奪だけでなく、処罰の対象になるぞ」
「それで川沿いに逃げて、滝の裏に辿り着いたところで気を失いました」
「で、そこの洞窟でエコーバッットを捕っていたあたいが、トーマを見つけたんよ。
尾根道を通って、山小屋に連れ帰ったん」
サァラは地図の上を指で辿った。
あっさり言うが、かなりの距離だし、山だからアップダウンも激しかったはず。
改めて、感謝の気持ちが湧いてきた。
「そーかよ」
ギルドマスターは疲れたように、眉間を揉んだ。
「よくそんな滝裏を知っていたなっつーのと、ヤマネコの体力がすげーなっつーのと……」
言葉を濁して、深いため息を吐いた。
ギルドマスターは真面目な顔をして、トーマをまっすぐに見た。
「トーマが活動していた国はレスタール、ここは隣国のファルガンだ。
冒険者ギルド関連の犯罪だけなら、国を越えた組織だからルールに則って調査、処理される。
だが、これは領主権限すら越えて、国に報告する案件になるかもしれないぞ」
「え? そんな大事になりますか?」
たかがDランク同士の犯罪だ。
領主たちはCランク以上はプロの冒険者と認めるが、それより下のランクに関わることはない。
「ブロンズタートルを損傷少なく討伐する作戦には、それくらいの価値がある」
ギルドマスターはニヤッと口角をあげた。
「他国からも素材引き取りの依頼が来ているはずだ。
火攻めをすれば甲羅は焼け焦げ、豪腕の槍で突き殺せば甲羅はひび割れる。
甲羅の中で毒を含んだ血が溢れちまえば、毒薬以外の用途に使えなくなる。
冒険者ギルドは潤って、支部の評判が良くなり、領主はギルドからの税金があがり、素材の一部を献上された国は外国との交渉に使える。
特に、薬師の国と宝飾の国は、すっ飛んできたらしい」
ええ……。そんなことになっているのか。
「その発案者を闇に葬り、手柄を横取りにした連中は、極悪人だろう?
あいつら、これでCランクに上がったんだぜ」
俺の手を離れて、話が大きくなっている。
それでいいんだろうか。俺は膝の上で拳をぎゅっと握った。
俺を踏み台にして、ランクアップだと? ふざけている。
あの屈辱、恐怖を……他人の手に委ねるのが、少し悔しい。
俺は、自分の手で報復したいのではないか?
あいつらのために犯罪者になる気はないが……。




