山の暮らし
薬を飲んで三日ほど寝込んでいたらしい。
高熱でうなされて、記憶はおぼろげだ。
だが、かいがいしく面倒を見てもらったのはわかる。
フクロウ獣人のばあちゃんが診にきてくれた。
「骨、筋肉、内臓は修復できたみたいだね。皮膚は再生できていないのか」
背中の火傷や矢で削られた足の皮膚は、今も疼いている。腹の痛みは引いたが、青あざが青緑に変わり、我ながら不気味な色だと思う。
「タートル系のモンスターの皮膚が手に入らなかったからねぇ」
ああ、先日倒したブロンズタートルはどうなったんだろう。
「いえ、ここまで治していただけたら、後は時間の問題だと思うので。
ありがとうございました。
……ところで、お代の方なんですが、おいくらでしょう? 冒険者ギルドと商業ギルドに行けば多少の貯金はあるんですが、今は小銭しかなくて」
正直に話した。
ポケットに入っているのは、一食分くらいの小銭だ。
ばあちゃんはヤマネコ獣人のサァラと顔を見合わせた。
「なんとも律儀な坊主だこと。
ヒト族に利くか試したかったから、治る経過を調べさせてくれたらいいよ」
「あたいもちょっと手伝ってくれたら、食費くらいでいい。
――って、あんまり食べてないか。じゃあ、水代?」
温かい。笑い飛ばしてくれて、涙が出てきた。
「まだ、完全に回復していないんだから、寝ておきな」
ばあちゃんに言われて、そのままベッドに潜り込んだ。
腕で目元を覆った。
最近、泣いてばかりだ。
でも、今日のは絶望の涙じゃない。
数日経ち、食堂のテーブルに座って食事ができるまで回復した。
サァラに、どうして滝の裏に逃げ込んだかを簡単に説明する。
「俺が戦闘系のスキルじゃないのに、注目を集めたのが気に入らなかったらしい。
前準備とか野営の手配をしているのを認めてくれてなくて、役立たずに報酬を分けたくないって」
言ってて、情けないな。から笑いをして、薬草茶を飲んだ。
「それって、仲間が殺そうとしたってこと? 野党に襲われたんじゃなくて」
改めて言われると、胸がずきんと痛んだ。
「……そう、だな」
「許せにゃい。パーティーメンバーを裏切るなんて」
サァラは毛を逆立てて、目を吊り上げて怒った。
「五日後、あたいのパーティーメンバーと街で待ち合わせてるんにゃ。
一緒に来て、冒険者ギルドに訴えに行こう。
それまでに、ばあちゃんに怪我の状態を書いてもらって、持っていくよ」
サァラは両手をバンと机につき、立ち上がるなり駆けだしていった。
「は、速い……」
口を挟む隙がなかったぞ。
ありがたく思いながら、二人分のカップを洗った。
開けっぱなしのドアから、ネコ獣人の男がのぞき込んできた。
「やぁ、サァラはいないんか?」
濡れた手を振り、雫を飛ばしてから向き合った。
「今、ちょっと出かけてて」
「ふ~ん、そっか。……お前、今、サァラんちに泊まってんの?」
「あ、はい。えっと、すみませんが、お名前とサァラとのご関係を……」
悪意は感じないが、俺はパーティーメンバーの憎悪に気付かなかったポンコツだ。
質問されて、恩人の情報をペラペラしゃべるのも良くない。
「ん~、幼なじみ。まぁ、今回はお前なのか。わかった。邪魔したな」
男は不思議なことをつぶやいて帰っていった。
たかだかカップを洗っただけだが、疲れたので昼寝をすることにした。
体力が落ちているのか、回復しきっていないのか。
数日後に街に行くのだから、早くなんとかしないとなぁ。
「さて、明後日にはここを立つ。準備はいいか?」
サァラが手を腰に当てて、ちょっと偉そうだ。尻尾がゆらゆらして、可愛い。
「準備と言っても、俺は持ち物が無いし。野営の道具と食材は、明日、再確認しよう。
サァラの荷造りを手伝おうか?」
「違うにゃ! ばあちゃんの診断書と矢尻とブーツと胸当て。犯罪を暴く準備だにゃ」
サァラは、実に面倒見がよかった。
「ああ。いろいろありがとな」
彼女がいなかったら、俺はいまごろ生きていないかもしれない。
「ん。明日は、出発のために早く寝る。
だから、ゆっくりできるのは今日だにゃん」
「……? そうだな?」
サァラが、こちらへ身を乗り出してきた。
「あたいにお礼したいって言ってたよね?」
「おう。当然だ。何をすればいい?」
世話になりっぱなしというのも、居心地が悪いものだ。恩返し、もちろん張り切って、させていただきますよ。
「今、あたい、発情期なんだにゃ」
突然の暴露。……対応できずに固まった。
「お相手……してくれるかにゃ?」
首をかしげて、上目遣い。
あざとくて好きじゃないポーズだと思っていたけど、これは……勝てっこない。
「あ……はい」
ようやく、それだけを絞り出した。




