なぜ、ここで言う
傷害事件で、残酷な表現が出てきます。
これから、ブロンズタートルの討伐に行く。
隣の領との境目に近いので、こちらの領内にいる内に討伐したいと領主様が少し色をつけた依頼を出した。
いくつかのパーティーが申し出て、ギルドは俺たちを選んでくれたのだ。
甲羅をできるだけ傷つけずに討伐するという作戦が、評価されたようだ。
職人街でも、「甲羅を楽しみにしているぞ」と何人かに声をかけられた。
期待されている分、失敗できない。
ビキニアーマーのお姉さんに声をかけられた。
「その気になったら、いつでも声をかけてねん」
「え?」
「うちのパーティーも参謀がいたら、快進撃できると思うのよ。Bランクのパーティー『蒼龍の竪琴』。よろしくねん」
顎を撫でられた。
ええ、なにこれ?
「ちっ、いい気になるなよ」とブルーノにすごまれた。
「あんなの、年下をからかってるだけだろ」
俺の中でビキニアーマーは要注意だ。
あの手の人は、褒め方を間違えると不機嫌になる。山猫亭で学んだ教訓だ。
露出しているのにエロ目的で見るのは駄目という、難しい人種。できるだけ距離を置きたい。
ヴェリーがブロンズタートルの目の前に小さなファイアーボルを飛ばす。
驚いて動きが止まったところに、セリアが前足の周辺を射る。当ててしまうと甲羅に引っ込まれてしまうので、脅かすだけ。
ブロンズタートルの前側が浮き上がったところで、ブルーノが下に潜り込むように走り込む。盾を突き上げてブロンズタートルをひっくり返せたら、成功だ。
もし、首を伸ばしてばたつき、体勢を戻そうとしたらガルドが首を落とす。
そのまま甲羅に立てこもられたら、持久戦だ。といっても、おそらく肺が圧迫されて死ぬはずだから、本当に待つだけ。
ブルーノの盾の持ち手のベルトを、今回はちぎれないように鎖にしていた。
「ちっ、手がすり切れたぜ」
人の三倍くらい大きいブロンズタートルは手強く、ブルーノの分厚い手袋もすり切れていた。
「手当するよ」
と申し出たら、手を振り払われた。
「痛えんだよ。ポーションよこせよ」
「これくらいの怪我だったら、薬草で治した方がいい」
「てめえは、無傷だからいいよなぁ! 今回、何もしてねぇじゃねぇか」
ブルーノは盾を放り出し、俺を睨みつけた。持ち手の鎖がジャランといかにも重たそうな音を立てる。
俺がやったのは戦略を立てて依頼を獲得し、行く前の準備と戦闘のサポート。闘うメンバーが少しでも疲れないようにと、荷物をたくさん抱えてここまで来た。
直接、攻撃していないと言われたら反論はできない。
だが、準備万端で全力で闘えるのと、食料や装備、野営場所や食事の用意を気にしながら闘うのとでは雲泥の差だ。
そこを理解してくれないなら、俺は「役立たず」だろう。
それなら、この依頼を最後に、このパーティーを抜ける。
俺は、そう決心した。
「わかった。それなら……」
「そうよね。ついてくるだけで、あたしたちのおこぼれに預かってCランクに一緒にあがろうっていうの、ずうずうしいと思うわ」
ヴェリーが髪の毛をいじりながら、こちらを見もせずに言い放った。
「そうだよな。同じ村出身だからって、甘やかしすぎたな」
ガルドが鞘にしまった剣で、自分の肩を叩きながら唇を舐めた。
嫌な予感がする。
「期待の新人って言われる俺たちのなかに、「下働き」がいるなんて恥ずかしいよな」
違う! 「下ごしらえ」だ。
モンスターと対峙するのとは違う恐怖が背筋を登ってきた。
喉が渇いて、ひりついて、言い返せない。
「ここでいなくなれば、今回の依頼料、分けないで済む」セリアが囁いた。
「下ごしらえが一人で森を抜けられるわけないしな」ガルドが軽く言った。
「お前ら……俺を殺すのか」
「戦闘についてこれないあんたは、途中ではぐれただけ」ヴェリーがニヤッと笑った。
「じゃあな」ブルーノに蹴られた。
俺は吹っ飛んで、地面を転がる。
肘で体を起こそうとしたら、激痛が走った。
足を射られた。ブーツに仕込んだプレートで、弾かれる。
本気か?
上半身を引いたところを、ガルドが近寄ってきて剣を軽く横薙ぎにした。
革の鎧が守ってくれたが、殴られたような衝撃が痛い。革の表面がざっくり切れている。
こいつに力を込めて斬りかかられたら、一撃で殺されてしまうだろう。
足を引きずりながら逃げる。
背中にファイアーボールが当たった。地面を転がって消火した。
笑い声が聞こえる。罵る声も。
セリアが「確実に息の根を止めないと」と言った。
やばい。
「さすがに、そこまでやったら寝覚めが悪いだろう。自然に任せようぜ」
ガルドの声だ。
「俺はもう二、三発殴ってやらないと、気が済まない」
ブルーノ、お前がモテないのは、そういうところだぞ。
やつらがもめている間に、逃げないと。
ガタイのいいブルーノが通れない藪をくぐる。
下草の状態で追ってこられないように、川の浅瀬を歩く。
本気で追ってこられたら、この傷では逃げ切れない。傷がなくても、ガルドの足には敵わないが。
ブロンズタートルがまだ死んでいないから、現場から離れられないという方に希望を託すしかなかった。
結局、最後は運頼みか。
滝の裏の洞窟に辿り着いた。地図を読み込んで暗記していなければ、見つけられない場所。
俺は倒れ込んだ。息が荒い。苦しい。
腹だけじゃない、全身が痛い。
……全部、無駄だったのか?!
叫びだしたいような、転げ回りたいような絶望に襲われる。だが、体にはそんな余力は残っていなかった。
荷物は全て置いてきた。
腰につけていた短刀だけ。
水を嫌うモンスターには襲われないはずだ。洞窟の奥にいるモンスターを刺激しなければ、しばらく休めるだろう。
滝の水しぶきで濡れた服を脱がなければ、体温が奪われ……。
ここで、意識が途切れた。




