英雄になった男(後編)
外国の視察団が、ホテルに長期滞在している。
俺はそのための増員で来ていたわけだが……ちょっと困ったことが起きた。
通訳を携えて、その視察団の偉い人が部屋に来るのだ。
外から来る人間ならホテルの受け付けで部屋に通すか訊いてくれるが、宿泊客は自由にホテル内を動ける。
国から丁重にもてなすように言われていて、無碍にもできない。
冒険譚を聞きたい気持ちはわかる。
だが、怪我が全快していないのに。
痛みを隠して求められるままに語っている姿は、確かに「英雄」だった。
俺は飲み物を提供して、アーデンが一呼吸できる時間を作る。
エドガーは話をメモしている。
後日、他の人に同じことを頼まれたときに使えないかと考えるのだ。
アーデンが話すときのアンチョコにしてもいいし、小説のようにしてしまえば「これを読んでくれ」と言って追い返せる客もいるかもしれない。
余裕が出てきたら、それを売るか……夜になって三人だけで食事をしながら、そんな話をした。
アーデンは「お前ら、よくそういうことを思いつくな」と、感心しているのか呆れているのかわからない言葉を漏らした。
療養の邪魔だった視察団だが、それでも、いいことはあった。
視察団の中に治癒師がいたのだ。
……それを、先に言ってほしかった。
痛みを堪えながらではなく、余裕をもって語れたと思うぞ。
英雄の体には、何カ所か骨折もヒビが入っているところがあったし、内臓も痛めていた。
たぶん「よくぞ、こんな傷を負って」とか、言っているんだろなという感じで、時間をかけて治療してくれた。
くっつけたり穴を塞いだりはできたが、疲弊している部分は寝ないと治らないと言われる。
うん、だから寝かせてやってくれよ。
ワイバーン以外の、この国に出るモンスターまで話を広げんなって。
ありがたいことに、村人でも作れる義足の作り方を紙に描いてくれた。
これから筋肉が衰えて、何度も作り直さないといけないだろうからと注意点も教えてくれた。
アーデンは、これで酒が飲めると言いだしたが、空元気だろうな。
酒は部屋に運ばないことを、エドガーと決めた。
エドガーのメモ書きを見ていて、ふと思いついた。
冒険者で絵が描かける女の子メグを呼んで、十枚ほどアーデンの似顔絵を描いてもらう。
その絵に英雄アーデンがサインをした。
それを持ってオーナーに会いに行き、宴でオークションをしていいかと訊いた。
もちろん、一枚はオーナーに無料でプレゼントだ。
ホテルに飾るのか個人的なコレクションにするのかわからないが、すごく喜んでくれた。
無料にしてもらった宿代の、恩返しになりそうでよかったよ。
そして、宴会当日。
オーナーにもらった服で着飾り、一人がけのソファーにアーデンが座っている。
横にオーナーがぴったりと貼り付いて、客をさばいていた。
エドガーは会場の端にいた。俺は厨房で下働きした後で、今は飲みものの補充に走り回っている。
……貴族って思ったより俗っぽいな。
剣に無遠慮に触ったり、下卑た質問をしたり……後日、他の人に自慢するネタを鵜の目鷹の目で探している。
人より一歩でも先んじようとしているのが、嫌でも見えてしまう。
領主の使いの人が、英雄に立派なマントをくれた。
式典で羽織るようなやつ。
座っているソファーの背もたれにかけると、「おお」と賞賛の声があがった。
たしかに豪華で、金がかかってそうだ。
だけど、それよりも、義足を作る職人を派遣したくれる方がいいのに……なんて、俺は思ってしまうわけだ。
金もない、部外者の戯言だけどな。
そして、オークションは大盛況だった。
どんどん値が上がって、びっくりだよ。金持ちって……すげぇ金持ってんだなぁ。
エドガーたちはボロい馬車で村まで帰る。
そんな大金を持っていたら危ないので、絵を商業ギルドに預けることにした。代金をエドガーの口座に納めたら、絵を渡してもらうことにする。
商業ギルドに手数料は払わないといけないが、安全第一だ。
翌日、商業ギルドが開く時間に合わせて、絵を持ち込んだ。
気の早い落札者がいたら、大変だからね。
その足で冒険者ギルドに行き、依頼を探しに来ていたメグに声をかけた。
絵の代金を追加で払う。
「え、こんなにいいの?」
「すごい高値で売れたからさ」
彼女の弟が「また絵を描いたら、儲かるじゃん」と言いだした。
そこで、エドガーからの伝言を伝える。
「英雄の絵の依頼が来たら、『絵の工房に所属したいから、そのあと工房宛に依頼してほしい』と言うように。
小遣い稼ぎで絵師たちと揉めたら、工房に入る機会を失ってしまう。
長い目で見なさい――ということです」
「あんたたち、本当に頭いいね!」
メグがすごく感心して、尊敬の眼を向けられてしまった。照れる。
俺は伝言しただけだし。
弟はちょっと面白く無さそうな顔をしている。
「英雄があたしの絵にサインしたじゃない。
文字をかけるなんて……すごいことなんだよ。
村人全員に教えてくれるなんて、聞いたことないもん。
そんな村、あたしも住みたいくらい」
ちらりと上目遣いで見られた。
「俺は家族と折り合いが悪いから、村に戻る予定はないぞ」
面倒なことになる前に、牽制しておく。
俺はチョロいと思われているのか……粉かけられることが、たまにあるんだ。
冒険者ギルドから帰ってきたら、ホテルのロビーに人だかりができている。
案の定、アーデンだ。
五日目は体を休めるはずが、結局ロビーにかり出されたんだな。
ひっきりなしに来る客の相手をし、握手をして、サインを書く。
その横で、エドガーがワイバーン被災者募金を呼びかけている。
……これだけの人が協力してくれたら、冒険者だけじゃなく、地域の農民にも見舞金が出せそうじゃないか?
アーデンに疲労の色が見えたので、ホテルに衝立を借りて、休憩の時間にした。
群がっていた人たちも、一旦、離れてくれる。ごねる人がいないでよかった。
急いで、厨房からお菓子とレモネードを持ってくる。
アーデンは、「俺は明日から馬車で寝かせてもらうから、今日くらいは稼ぐぜ」と言い、そのあとも脂汗を拭きながら対応をしていた。
その心意気が、普通じゃない。これが英雄か……。
結局、体が回復するほど休めなかったじゃないか。
俺は、同郷の冒険者たちの本拠地がある街まで、同行することに決めた。
翌朝、出発する様子を書きとめるために、絵の工房や新聞記者が待ち構えていた。
物見高い貴族や金持ちも見学に来ている。
ちらりと絵師の素描を覗いたら、みすぼらしい馬車が豪華に描き替えられていた。
……最初から尾ひれ胸びれつけまくって、どんな英雄譚に仕上げるつもりだ?




