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英雄になった男(中編)

 片足を失った冒険者アーデンの体は、ボロボロだった。


 治癒魔法が使える神官はいたが、領主と関係がある人間から治療するため、平民の冒険者まで回ってこなかったそうだ。


 冒険者の治癒師に止血をしてもらい、一命は取り留めた。

 テントのような場所に転がされて、食料が配られるのを待つだけ。

 携帯用の硬いパンに、濁った水。それで体調を崩す怪我人もいた。


 テントまで運び込まれただけマシで、行方のわからない者もたくさんいた。


 そんな中、同郷のエドガーが迎えに来てくれたので、帰郷の途についたというわけだ。


 アーデンは悪態をつきながら、笑い話にしている。その様は、さすが英雄と言えた。

 だが、同郷会で全盛期を知っているので、虚勢を張っているように見える。


 胃腸も弱っているはずなので、俺が厨房に行って、パン粥を作ってきた。



「……ああ、うまい」

 一筋の涙が落ち、あとは無言でパン粥を半分ほど食べた。

 きれいな澄んだぬるま湯を差し出すと、それを飲み干し、そのまま横になる。


 すぐに寝息が聞こえ、俺は食器を持って寝室から下がった。



 居間のソファーには、その間に風呂に入っていたエドガーさんが座っていた。

 ルームサービスで具材を挟んだパンが届いていて、俺も一緒に食べようと誘われる。


「さっぱりしましたね」

「はは、僕も汚かったな。お湯がすぐに茶色になったよ」

 脱いだ服をランドリーバッグに入れて、扉の外に出しておいた。


 きっと、洗濯係には盛大に悪口を言われるだろうが、オーナー直々に招かれた客なんだからしっかりと洗うだろう。

 俺はちゃんと冒険者たちが泊まる宿を探そうと思っていたんだから……英雄にあやかりたいオーナーのせいだ。

 けど、慣れない泥と血の汚れで、頭を抱えるだろうな。すまん。



 現場の戸惑いを想像しながら、手早く紅茶を淹れる。

 エドガーさんは「美味しいよ。上達したね」と褒めてくれた。


 備え付けの小さな砂時計を指さし、「これがあると、蒸らし時間を一定にできるんですよ」とコツを教えた。

「君は、ここでも学んでいるんだね」と感心してくれる。



 食事をしながら、エドガーは今後の話をする。

「トーマには三日間はこの部屋付きで働いてもらい、四日目には厨房で宴会の準備、五日目は宴会で疲れているだろうアーデンの世話と出立の準備をしてもらう。

 これは、オーナーと打ち合わせ済みだ」


 俺はパンを頬張りながら、うなずく。


「村に戻るのには山猫亭のある街を通る。できたらそこまで、トーマにも同行してほしい」

 エドガーが意外なことを言いだした。

 失敗続きで逃げるように出てきた街……あまり帰りたいとは思っていない、今はまだ。


「怪我人を連れているから、いつもの倍の日数かかるだろう。戻りは普通のペースだとして……十日ほど、ホテルを休めないか。

 実は、オーナーにも相談した。ホテル側は、出発する様子を取材させてくれるならいいということだ。それに、ここでは臨時雇いだろう。」

「そうですけど」


 あまりに手回しがよすぎる。

 この街に来て知ったのだが、他の村では都会に出た村民の面倒など見ないらしい。

 エドガーに対して、少し警戒心が芽生えた。


「僕のスキルは『女衒』なんだ。娼婦を見繕って、娼館に売る仕事に向いているということだ。

 だから、誰にどんな教育をしたら価値があがりそうか、わかる。切り捨てるのに心を痛めたりもしない」


 エドガーは俺の様子で何かを察したらしく、自らスキルを明かした。スキルには長所と同時に弱点もあるため、秘匿する人も多い。

 これは、「信用してほしい」という申し出と同義だ。


 俺の場合は、幼なじみのガルドに「こいつ『下ごしらえ』だって」と大声で喚かれて、知られてしまっただけだ。あとでガルドの両親に頭を下げられた。


「能力を伸ばせる場所に連れて行き、そこで活躍してもいいし、村に戻って子育てしてくれてもいい。少しの手助けで、街で潰されるのを塞げるなら、僕が動く。

 そうやって、村を発展させて行きたいんだ。

 トーマの『下ごしらえ』も、村を発展させることができる優秀なスキルだ。

 下手な冒険で潰されたくないし、僕の息子が村長になるころに補佐をしてくれたら心強いと思っている」


 村に戻るという話をされて、俺の体はこわばった。スキルを高く評価されるのは嬉しいが、外の世界を知ったら尚更、あんな環境には戻れない。


 エドガーはそれを見て、目を細めた。


「……君がご家族を苦手としているから、無理強いはしないよ。

 いい機会だから、僕の望みを伝えておこうと思っただけさ」

 エドガーは小声で、「離れたら苦手意識が薄れる子もいるけど、そうじゃないみたいだね」とつぶやく。



 隣の寝室から、片足でジャンプする音が聞こえてきた。

 俺が立ち上がってドアを開けると、短い昼寝から起きたアーデンが入ってきた。


 ソファーに座らせ、胃に刺激を与えないよう、ぬるま湯を渡す。

 体を支えたとき、アーデンの体温が高かった。入浴による体温上昇ではなく、微熱があるのかもしれない。


「こいつは上手いこと言うから、騙されんなよ」

「嫌な言い方をしますね。まっとうな交渉です」


 いつもの言い合いが始まった。

 だが、アーデンはふと口ごもり、視線を下に向けた。

「俺を助けてくれたのは、感謝している。だが、他の奴らは……」


 エドガーはその様子を痛ましげに見つめたが、目を反らさずに淡々と告げた。


「うちの村の資金力では、お前ひとりが限界だ。食費、宿代、薬代……。

 冒険者ギルドが討伐報奨金を払ってくれるのは、いつだ? 前払いの金は、現地での滞在費に消えただろう。

 お前を助けるか、あそこにいた村民全員に痛み止めか埋葬料……選べるのはどちらか一つだった。

 後者を選んだら良心の呵責には苛まれないが、結果的には誰ひとり救えなかった。自力で移動できず、将来的な生活の目処も立たず共倒れだ」


 アーデンもわかっているのだろう。思い切り顔を歪めて、吐き捨てるように言った。

「こいつは、お前の同期のリリナも見捨てるつもりだぜ」


 ……別に仲良くないので、俺はどうとも思わないが。寄りかかれる男を捜しているから、あいつの視界に入らないように避けてたくらいだ。


「村に性病を撒き散らされたら困る。

 お前みたいに『来る者拒まず』でやっていたら、組織は壊滅する。

 指導者の器を持つなら可能だろうが、僕には無理だ。

 現に、お前のように全員が乗れる馬車を手配するような後継者は、力自慢に追い出されてしまったじゃないか。彼は村に帰ってきたから、まあ、いいけど。

 お前の手を離れた瞬間、勢力争いに明け暮れている。お前が健在だったら……お前のやり方を踏襲するなら、僕が出る幕はなかった。違うか?

 誰も統率できずに、近いうちに瓦解するだろう」


 アーデンは反論ができずに、歯ぎしりをした。


「うちの村の名を冠した団体が、ならず者に落ちるのは見過ごせない。

 お前を村に送り届ける途中で街の本拠地によるから、団体を解散する手続きをしよう。

 お前と一緒に冒険者を引退するやつは、村の自警団に引き抜いてもいい。

 クランを解散しても、普通に冒険者パーティーは続けられるだろう」


「……仕方ねぇ。

 お前の世話にならなきゃ、移動もままならない体になっちまったからな。

 だが、最後の指示は俺が出す。その指示に従うかは本人次第になるが、できるだけいい未来を提示してやりたい」


 お互いに妥協点が見つかったようだ。とげとげしい雰囲気が消えた。


「そういう細かいことは、トーマに相談するといいよ」と、エドガー。


「え? 俺ですか?」

 突然話を振られて、声が裏返った。


「僕も疲労がたまって、そろそろ限界なんだよ。このホテルに泊まっている間、トーマに任せていいよね。

 とりあえず、寝てくる」

 エドガーはあくびをしながら、寝室に向かった。


「ああ、色々とありがとな」

 言いたいことを言ったアーデンは、すっきりした顔でエドガーの背中にお礼を言う。


 俺は蚊帳の外かと思っていたが、思い切り巻き込まれるらしい。


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