村でできる準備
まずは、母親の手伝いを真剣にやる。
料理、洗濯、掃除……身の回りを整える技術を習得するのを目標にした。
街に出て行くとき、冒険者になったときに役立つはずだ。
今までも手伝いはしていたけど、言われたことをしぶしぶやっていた。
気持ちが変わると、成果も変わってくる。手応えがあって、面白くなってきた。
週に二日の学校も、冒険者になる準備だと思えば熱が入る。
依頼書を正確に読み取り、報告書を書かなければいけない。代筆を頼むこともできるが、お金がかかる。
計算も必要だ。経費や採取した素材の在庫、売却したお金などを管理して、どれくらい装備に使えるか考えなきゃ。
地理の授業では、モンスターの分布や現地で調達できる食料について学べる。
すごい! 夢に近づいている気がするぞ。
一方で、攻撃系のスキルを得た子たちは、授業をおろそかにし始めた。
「速攻で攻撃すればいい」「一撃で倒せるのに知識なんか必要ない」――そう言って。
ガルドにも「本当に冒険者を目指すのか? やめておいた方がいいぞ」と突き放された。
今まで一緒に頑張ってきたのに。
だけど、自警団の子ども教室で、スキルの差が現れ始めた。
明らかに伸びが違う。
俺より弱かったヤツに、攻撃系の技術で追い抜かれていく。
「あ、悪ぃ」
一対一の訓練で、木剣が弾き飛ばされた。
「こっちこそ。汗で滑った」
気にしていないふりをする。
けど、拾いに行く背中が丸まってしまう。
「スキルに恵まれなかったヤツなんだから、手加減してやれよ」
そんな声が野次に聞こえる。
視線が気になって、顔が赤くなっていくのがわかった。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
ちょっと前まで、逆だったのに。
悔しい。スキルってなんだ?!
今までの積み重ねた練習も、あっという間に意味がなくなるのか?
あああ! なんで俺のスキルは冒険者向きじゃないんだ!
なんとか訓練を終え、家に帰る。
母さんを心配させないよう、「今日の訓練もためになった」と笑顔を見せた。
温かいスープも、冷えた心を温めてはくれない。
皿を洗いながら考える。
……だったら、冒険者になるのを諦めるか?
街に出て、素直に食堂の下働きになるか?
いや、諦めるとしても、挑戦してみてからだ。
人に言われて決めるんじゃなく、自分で納得するまでやる。
冒険者の伝記を繰り返し読んで、そう決めていたじゃないか。
例えば、挑戦しないで後悔する幼なじみ。
それから、力量が劣ってついていけなくなったのに無理をして、死んでしまう仲間。
そんな登場人物がよく出てくる。
主人公になれない俺は、どちらにもならないように気をつけるんだ。
だから、挑戦する。無理だと思ったら、そのとき諦める。
――こういう発想が、じじ臭いんだろう。安定志向。臆病者。
無邪気に、子どもらしく……って言われても、そういうタイプじゃないから辛い。
「無謀と勇気は違う」という台詞に、救われたんだ。
だから、やる。とりあえず、挑戦する。
一通り自分の身の回りのことができるようになったころに、十二歳になったら街に出たいと両親に打ち明けた。多くの子どもが、そのくらいで街に出る。
試しに、十一歳から村の宿屋で働くことを許してもらった。
学校と家の手伝いを優先して、宿泊客が多いときだけという条件付き。
でも、商人に旅のコツを聞いたり、冒険者の話を聞いたりしながら、小遣いも稼げる。
夢がどんどん現実的に近づいてくる。そんな準備の日々は、とても楽しいものだった。