胸がざわつく
村から来た後輩は、なかなかいい感じだ。
しっかり話を聞くし、わからないことは訊いてくる。
すぐにボビー以上の働きをしてくれるだろう。
オヤジさんたちにも気に入られて、宿屋の雰囲気が明るくなった。
お嬢さんの笑顔も眩しい。
「いい子を紹介してくれて、ありがとね」
「うちは村長たちが、よく面倒を見てくれているんですよ」
なんとなく……村長一家の誰かが「コーディネーター」か何かのスキル持ちではないかと思うんだよな。
家業と違う適性を持った子に別の仕事の手伝いをさせてみたり、家に居場所がない子を街に就職させるように誘導したり。
「それだけじゃなくて、新人さん用のマニュアルを作ってくれたじゃない?
あの子、あれをしっかり読み込んでるよ。だから覚えが早いんだと思う。
すごく、ありがたい」
お嬢さんはよく人を褒めてくれる。
最初は素直に受け取れず「スキルで人よりできるだけ」と、聞き流していた。
でも、出入り業者を褒めるときに、お世辞じゃなく本当に褒めたいときだけ口に出しているのに気付いた。
だから、次第に、認めてくれているんだなと喜べるようになった。
裏庭でシーツの両端を持って、パンと音を立てて皺を伸ばす。
「いい音だね」
それを干すお嬢さんが輝いて見えた。
後輩が来て三ヶ月経ち、また同郷会が開催された。
優先的に後輩を出席させるため、俺は宿で働いている。
夕飯の片付けをしているときのことだった。
オヤジさんに、「お前は冒険者の夢を諦めていないのか」と訊かれた。
後輩が慣れてきたので、そろそろ週一回の冒険者生活を復活するのかどうか、という話だろうか。
後輩の働きによっては週二に増やせるかもしれないと、ちょっと考えていた。
ただ、冒険者をまったくしない三ヶ月も、穏やかで悪くはない。
でも、冒険者をやめるというのは臆病者のような気がして、少しだけ見栄を張った。
「子どもの頃からの夢ですので」
「……そうか。宿屋も悪くないだろう?」
「それは、もちろん。オヤジさんは冒険者を後悔しているんですか?」
「いや、冒険者で金を稼がなかったら、始められなかった」
オヤジさんは、正面から俺の目を見た。
「冒険者活動を再開するか?」
普段と違う重みを感じて少し怪訝に思ったが、この時の俺にはわからなかった。
「はい。できれば……」
「そうか……男なら、そうだろうな。親としたら心配だけどな」
「俺の親は気にしませんよ、絶対」
「そうじゃなくてさ……」
ランプに照らされたオヤジさんの顔からは、何を考えているのか読み取れなかった。
それから数日して、お嬢さんと洗濯物を取り込んでいたときのこと。
「あたしも、そろそろ結婚を考えないといけないんだ」
突然の発言に、洗濯物を落としそうになったぞ。
お嬢さんはもうすぐ十八歳だ。そんな話が出てもおかしくない。
「あ、そうですよね。……いいお相手とか、いるんですか?」
声が震えそうになって、自分で驚いた。
「ふ~ん、そういう感じなんだ」
お嬢さんは急に不機嫌な声になり、洗濯物に顔を埋めるように戻っていった。
俺は自分の分の洗濯物を抱えて、立ち尽くした。
「え、なに? ……あれ?」
胸のあたりが、なんだか……ざわついた。
お嬢さんが結婚? 婿が来る?
ボビーみたいなヤツじゃなきゃいいけど……いや、誰が来たって気に入らない気がしてきたぞ。
……って、俺、なんでそんなこと思ってるんだ?
まさか――お嬢さんのこと、好きなのか?
心臓がドクンと跳ねた。
バカみたいだ。そんなの、あるわけないのに。
でも、顔が熱くて……この後夕食の準備があるのに気まずいじゃんか。
ヤバい。
ボビーみたいになったらクビだぞ。
駄目だ。
意識したら、少し汗ばんだ首筋とか腕まくりした華奢な腕とか……やめろ、俺。何見てんだ。
……いろいろヤバい。
初めての感情に振り回されていた俺は、周囲がどんどん動いていることに気付かなかった。
打診、根回し、下準備……それは、「下ごしらえ」というスキルがなくても、やれること。
そしてなにより、意味深な会話の返事を、間違ったことに――。