過ぎた野心
ボビーは納屋に閉じ込めておき、朝一番でオヤジさんが警備隊に突き出した。
ボビーを逃がそうとする人が出ないよう、俺は納屋の前で一晩過ごした。
まあ、結果的には誰も来なかったが。
お嬢さんが怖がって震えていたので、オカミさんはお嬢さんと一緒にいたらしい。
ということで、いつもより慌ただしく朝食の準備をしなくてはいけない。
眠くて体が重いが、そんなことを言っている場合ではない。
お客様が元気に今日一日を過ごせるよう、出立できるようにするのが仕事だ。
うう、こんな日に限って弁当の依頼が多いぜ。
そんなところに、ボビーの親がニヤニヤしながらやって来た。
相手にする時間も惜しい。
「忙しいのが見てわからねぇのか! 『朝中』の時間に出直してこい、サム」
オヤジさんが怒鳴る。日の出と昼の間に鳴る鐘、それくらいなら時間に余裕ができると言っているのだ。
「うちの息子はどこかな? なんというか、娘さんとうまくいったりしたのかな」
サムと呼ばれた男は、片手を失った元冒険者だ。食堂を見渡して、帰る気配はない。
お宅の息子さんのせいで、今、大忙しになっているんですがね。
うん? 今、こいつ何て言った?
まさか……あいつ、お嬢さんを襲う気だったのか? それを知っていて、今、様子をうかがいに来たのか? そんな、馬鹿な……ありえない。
「朝中の鐘が鳴るまで、警備隊に行って状況を詳しく訊いてきたらどうですか?」
この場を納めるように提案したが、サムに「どういうことだ?」とすごまれた。
これじゃ、言葉が足りないか。
動け俺の脳みそ。大人しく退場してもらうには、どう言うのが最適だ?
思わずため息を吐いたら、それが勘に障ったようで片手で胸蔵を掴まれる。
あれ、筋力ないな。これくらいなら払えるけど、バランスを崩して転ばれても面倒だ。
いつもならどうするかパッと判断できるのだが、眠気で頭が回らない。
どうするかなぁと食堂に目を向けたら、食事中の冒険者と目があった。
「昨日、風呂場を覗いて、痴漢でとっ捕まったんだよ」
その冒険者が目玉焼きを食べながら、サムに告げる。
ああ、それを先に言うべきだったんだな。しっかりしろ、俺。
サムの手が離れたので、俺は弁当の包装を再開した。
「なんだよ。減るもんじゃなし」
「なら、てめえの女房を裸に剥いて、街を練り歩いてみろ。減らねぇからいいのか? ちっとは、ない頭をひねって考えろ!」
オヤジさんは会計のために受付に入りながら、怒鳴り返した。
「元々、クビにするか迷ってたんだよ。要領が悪い上に、他のヤツに押しつけて、すぐサボる。そのくせ、偉そうに口を出しやがって」
――そう。
数日以内に、俺の故郷から新人が来る予定になっている。
オヤジさんに頼まれて、村長の息子さんにお願いしておいたんだ。
「またのお越しを」オヤジさんが冒険者におつりを渡す。
「ご活躍楽しみにしています。お気をつけて」
俺が弁当を渡し、一組の冒険者パーティーが出て行った。
「戻ってきたら、顛末を教えてね」とウィンクして……。
その間、無視されていたサムは、怒りを募らせていたようだ。
「この宿を継ぐ男は必要だろうが!」
「…………?」
食堂に奇妙な沈黙が降りた。食事中の客も手が止って、ぽかんとしている。
「え、なに? この流れで……」
「おいおい、急に、おかしなことを言いだしたぞ。頭、大丈夫か?」
「……まさか、ボビーのヤツを婿入りさせる気だったとか?」
数人が目を見合わせて、爆笑した。
「ない、ない。あんな、怠け者。
部屋がほこりっぽいままで、今なら『ハズレ』って言ってるけど、全室あれなら余所の宿に行くぜ」
「嫌らしい目で見られて、おちおち風呂に入っていらんないって」
「洗濯物をオプションで頼むのも、考えちゃうよね」
客の会話で状況を察したオヤジさんは、頭から湯気を出すように怒りを露わにした。
「ふざけんな。宿屋を舐めてんのか。
もし、あんなヤツがやったらあっという間に閑古鳥が鳴いて、潰れるわ!」
お嬢さんが厨房で真っ青になり、「絶対に嫌!!」とオカミさんに抱きついた。
「親子で身の程知らずぅ」
食堂に降りてきた商人がからかうように言う。
俺はさっと皿を渡した。今日は目玉焼きと温野菜。豆の煮込みを添えたかったが、煮込む時間がなくてピクルスを乗せてある。
お嬢さんがスープをよそい、俺がパンと一緒に席まで運んだ。
こんな状態なので、お嬢さんは厨房から出てこない方がいいだろう。
「お前を助けてやった恩を忘れたのか」
サムは、先がなくなった腕を見せつける。実際は長袖で隠れているので、揺れる袖を見せつけたと言おうか。
「……今までボケナスを雇ってやって、時々、金を貸してやって……借りは返したと思うぞ」
オヤジさんは少し顔をしかめ、言いづらそうにした。
オカミさんが厨房から出てきて、二人の間に立つ。
「今まで黙っていたけど――確かにあんたは、この人を助けるために腕を食われたわよ。
でも、その前に親離れしていない時期だから、子どものモンスターを襲うなっていう鉄則を無視したのはあんたでしょう。
パーティーを危険にさらしておいて、逃げ損なって怪我したのを人のせいにするなっての!
それに、あんたの息子が夜勤をした日は小銭の計算が合わないのよ。バカなの? ドロボウなの?
もう、もう、もう~! あんたたちの『男の友情ごっご』には、もう、うんざり。
それから、お金はあげたんじゃなくて貸したんだから、返しなさいよね」
オカミさんが一気にまくしたてた。
おおう、迫力あるな。怒らせないように気をつけよ。