ラグラット 三匹目
いじけたダンゴムシ状態のフォンを横目に、俺は昼飯の用意を始めた。
何か食べたら気持ちがリセットされるかもしれない。
それに、ダンジョンの中では時間の経過がわからないので、意識的に生活リズムを整える必要がある。
そのために食事の時間を目安にするといい……と、本に書いてあった。
だって元いたレスタール王国にはダンジョンがなかったし。前回の初ダンジョン探索は「ダンジョンの謎」が気になって、日帰りで実験を繰り替えした。
だから、長時間潜るのは初めてなんだ。
内心、ドキドキしっぱなしだぞ。
保存が利く硬めのパンの上に、チーズと燻製肉の薄切りを乗せた。
本当なら温かいスープでもつけたいところだが、安全なセーブポイントではなく坑道の途中だ。ゆっくり火をおこしたりしていられないからな。
喉に詰まらないよう、コップに乾燥したハーブを入れて水を注いだ。口の中がスッキリするハーブで、余裕があったらお湯で煎れたいところだ。
「おーい。お昼にしませんか」
ちょっとおどけて声をかけた。
「わー、美味しそう!」
サァラも、誰かに聞かせるように明るく言う。それでもダンゴムシは動かない。
「早い者勝ちな」
ルナが本当に食べてしまいそうな勢いで言うと、もぞもぞと動き出した。
うつむき加減で「いただくわ」と小声で言うフォン。
俺とサァラとルナは目を合わせ、これ以上はからかうのをやめようと誓い合った。
「さて、次はあたいの番ね」
簡単な昼食を終え、サァラは手をパンパンと叩いてパン屑を落とした。
「歩きながらラグラットに遭遇するのを待つにゃ。右と左、どっちに進む?」
ダンジョンの入り口で借りた地図を全員でのぞき込んだ。
ダンジョンに入る際に入場料を払い、引き換えに簡単な地図を渡される。
深い階層なら迷っても助けに行けないが、浅い階層の場合は温情で捜索隊を出さざるを得ないこともある。その予防策として、簡単な地図を渡すようになったらしい。
「二層へ最短で降りるか、一層で『当たり』を期待するか……」
ルナがメンバーに問いかけた。
ダンジョンのラグラットからは、たまに「当たり」と呼ばれる珍しい種類の魔石がドロップすることがある。
「……まず、全員がラグラットと闘わないといけないわよね?」
フォンから、何やら迫力のある圧を感じる。
「んじゃ、最短コースはなしね」
サァラが荷物を背負った。
「戦闘するんだから、荷物は持つよ」
俺は荷物を受け取った。
「あ、あ……そっか。ありがとにゃ」
サァラの頬が赤くなり、ニッと顔全体で笑った。
「あたいの勇姿を見せるん。期待して」
俺は自分の荷物を背中に、サァラの荷物を左手に持つ。
「とっさに短剣が抜けないこともあるから、右手に短剣を用意した方がいいかもしれないわ」
フォンが助言をくれた。
「なるほど。午前中もそうしておけばよかったな」
「なにごとも、経験して改善していくものよ」
フォンは素っ気なく言った。
「――来る。壁にひっついて」
先頭を歩くサァラが俺たちに指示を出した。
言われたとおりに壁際に退避する。
突進してくるラグラット。
サァラはジャンプして、ラグラットの背中に飛び乗った。
ラグラットの首のあたりの毛を掴んだまま、ラグラットの背中を軽く蹴って、反動で自分の体を一瞬宙に浮かせる。
体が落下する勢いに合わせ、ラグラットの背中を膝で強打した。
グボッとラグラットが声を漏らし、地面に叩きつけられる。
サァラは倒れたラグラットの首に腕を絡めた。
太い首筋が締め上げられ、ラグラットが暴れる。鋭い爪がサァラの腕にかすった。
だがサァラは離れない。
狂ったように手足をばたつかせたあと、けいれんして、動かなくなった。
その背中で、サァラは荒い息をしながら座りこんでいる。
「はぁ、はぁ。……仕留めたにゃ」
ラグラットの体の輪郭が揺らぎ、消えると同時にサァラが地面に落ちた。
「痛っ。すぐに降りなきゃだった」
「それより、傷ができているじゃない」
フォンが毒消しの瓶を持ってサァラに駆け寄った。
「接近しないと戦えないからにゃ~」
サァラは大人しく、治療を受けていた。




