落ち着かない夜
サァラが軽い足取りで二階に戻ってきた。
「この家、トイレがまだ使えるん」
「それは大当たりね」
フォンも嬉しそうだ。
遠征で密かに困るのが、トイレ問題なんだ。
「数年放置されても使えるってことは、魔石じゃなく、スライム式トイレか?」
ルナが尋ねる。
「そんな感じ。多分、時々この家を使う人がいるんだと思うにゃ。比較的、きれいな状態だから」
「馬車で移動できるようになったら、携帯用トイレを持ち歩けるんだけどな。Bランクにならないと難しいか」
荷物から毛布を取り出しながら、ルナが言った。さりげなく、Bランクが目標って言ったか?
「それか、収納魔法で持ち運びできるようになるか……かしらね」
フォンは毛布を床に広げている。
その手を止めて、俺の方を見た。
「ねぇ、スキル『下ごしらえ』って、収納魔法と相性がいいんじゃないかしら? どう思う?」
「魔法属性があるかとか、調べたことないけど。あれ、何魔法の系統なんだ?」
貴族は魔法属性を調べるらしいが、平民は十歳でもらうスキルが魔法に関係しそうなものでなければ調べない。
フォンも風魔法以外はよくわからないと言う。
「冒険者ギルドに戻ったら、調べてみるか」
ダメ元で、調べるだけやってみてもいいだろう。使えるようになったら、儲けもんくらいの気持ちでさ。
「だけどさ、仮に使えたとして、携帯用トイレと食料を一緒に保存するのはどうなんだろう?」
ぽそっと疑問を漏らしたら、三人の動きがぴたりと止まった。
「……そうよね。そういうことになるわよね」
「え、どっちか選べってことか? え、どっち優先?」
「あたい、こういうの知ってる。究極の選択って言うんにゃ」
「いやいやいや、まだ、使えるって決まったわけじゃないからな?」
「あはは、そうだにゃ」
サァラが二つに畳んだ毛布の間に潜り込む。
「ちょい待ち。今日の夜番の順番を決めてないよ」
ルナがピシッと言う。
「はっ。屋根の下だから油断した。ごめんにゃ」
サァラが飛び起きる。
「そうよね。気持ちはすごくよくわかるわ」
フォンが微笑んだ。
ようやくいつもの雰囲気になったことに、俺は心底ほっとした。
「トーマ。交替の時間よ」
声を潜めたフォンに、軽く体を揺すられた。
「あ、もうそんな時間か」
小さくあくびをしてから、起き上がった。
フォンが自分の毛布に包まるのをなんとなく見届ける。
前のパーティーのときは、俺が一人で見張り番をやらされていた。
どうせ、戦闘で役に立たないんだからと言われて。
まだまだ、俺だって可能性を秘めているじゃないか。
収納魔法について調べるのが楽しみだ。
すごい金持ちはマジックバッグを持っているとか、ダンジョンからのドロップ品だとか、すごい魔法使いなら使えるとか、噂を聞くだけで見たこともない。
ぎしり。
階段の方から音がした。
短剣を鞘から抜いて、そっと扉の方に近づく。
ミシリ。
うおぉぉ、俺が音を立ててるじゃん。
この家、あちこち傷んでるからさぁ。
どきどきしながら、様子をうかがう。
――特に何も起きないまま、時間が経過した。
ほっと短刀を鞘に戻して、腰を下ろす。
魔物避けと同時に、時間を測る目安にもなる線香を焚いている。燃え残りを見ると、まだ俺の担当の時間は終わっていない。
コツッ。
石が転がるような音が聞こえた。気を引き締めて、耳を澄ます。
――猫の鳴き声が聞こえた。
この街に置いて行かれたのか、怪しげな宿屋で飼われているのか……。
そう言えば、猫と猫獣人って共通するところはあるのかな。
気になるけど、デリケートな話題すぎて訊けないよなぁ。
そんな馬鹿なことを考えていたら、サァラの尻尾が微かに動いた。




