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騎士と幸せな逃避行の結末

僕は……なんだか不安だった。

カイルが二人だけで街に行こうなんて…僕がどれだけ望んでも絶対に叶えてくれなかった願いなのに。


しかも、朝になって目の前に現れたカイルはリネン室にタオルを運ぶ台車まで用意し、バレないように外に出る気満々の装いでやってきた。


「流石に…バレてしまうと二人きりとはいかなくなりますから……無礼は承知なのですが、この中に入って頂けると…」


無礼な事この上ない、荷物のように僕を運ぶなど。でもお忍びで街に遊びに行くのは僕の念願だったし、何よりもカイルが何を考えているのかが知りたい。


僕は疑う素振りを見せずに籠に入り込む。

こんな時でも、カイルと二人の逢瀬を楽しみにしてしまう自分が嫌だった。


あと一ヶ月…僕が結婚して王位継承一位に収まれば少しずつカイルと距離を取れるはずだ。

もう…僕なんかにカイルの人生を捧げて欲しくない。


離れるなら抹殺しろ…なんて痛々しい言葉はもう聞きたくはないから。


荷台に押し込まれ、しばらく走るとカイルの足が止まる。


「殿下…ここまで来れば……」


ひょこりと目だけを出すと、そこは見た事も無いような繁華街が広がっていた。


「便宜上…アンと呼ばせて頂く事をお許しください。街ではアンは人気の名前ですから、まさか殿下だと思う者はいないでしょう。中に帽子とマントが入っていますから、そちらをの身に付けましたら外へ」


やはり変だ、便宜上でも僕の事を呼び捨てにするなんて。


「カイルさんの事はなんて呼べば?」


「私もカイルで大丈夫です、よくいる名前ですからね」


中にあった帽子やマントを身に付けると、籠の中から這い出た。


「う、うわぁ〜〜〜〜!」


キラキラとイルミネーションが灯り、テラスでは紳士が珈琲を嗜む。

見た事のない、街の景色……綺麗で、楽しそうで……暖かくて素敵だ。


王宮で見てきた美しいものなど霞むくらいに、美しかった。国民の生活や行き方がこんなにも、美しいだなんて知らなかった。


僕は、カイルへの不信感も不安も全てを忘れ露店や出店に釘付けになる。


「カイルっ、見て!見た事の無い料理だ!」


「アン、転ばないで」


そして、僕を名で呼び堅苦しい敬語を使わないカイルと二人きりで歩ける事が…堪らなく嬉しい。


「カイル、手を繋いでもいい?」


「ああ」


今の僕たちはどう見えているだろう、夫婦か…恋人か。


僕は、ずっと心の中で飼い慣らしてきた気持ちをはっきりと自覚した。


僕は、カイルの事を好いている。

きっと産まれた時から…ずっといるからだけじゃない、騎士だからじゃない、カイルだから…好きになった。


リンとして住んでいた時に、カイルの恋人になりたいと言った気持ちも本当だ。


僕は記憶を失っても、生まれ変わってもきっとカイルを好きになる。


「アン、少し歩くと海がある。そこまで少し歩こう」


こんなに歩いたのは人生で初めてかもしれない。僕は、カイルに買ってもらったフルーツの串を頬張ると、可愛らしい雑貨屋で僕の瞳によく似た髪飾りでカイルが髪を結う。


そのまま店主に金を渡すと、よく似合っております旦那様、と褒められ笑った。


「はは、似合ってる、僕の色だ」


こんなにも…楽しい時間は初めてだった。


潮の香りがする、そろそろ海があるようだ。

人通りが少なくなってきたのでカイルが僕を抱き上げるといつものように腕の中に押し込んだ。


「すごーーーい!」


海の音、全てを飲み込みそうな程の広い水。

ここまで近づいたのはこれまた初めて。


砂浜がサラサラで、海が押し寄せる度に美しい音がする。


浜辺に降ろされると波の届かないところに座った。


「カイル、凄い……王宮の外ってこんなに綺麗なんだね。きっと僕の記憶のどこにもない景色……いいなぁ、殿下が消えた理由もよく分かる。殿下も…きっと、こんな美しいどこかで好きな人と一緒に暮らしているんだろうね」


カイルも隣に腰を掛けた。

今頃になって、僕たちが消えた事がバレていたら…と、ふと心配になる。


「アン、もう…王宮には戻らないと言ったら?」


その言葉の意味は…分かりかねない、だがきっと…王宮に戻らず庶民として生きたら…というおとぎ話だろう。


「いいなぁ、カイルと二人でね…暮らすの。王位も勉強も、結婚も閨もない、こんな綺麗な世界で毎日笑えたらなぁ。よーし、帰るのやめちゃおっか!殿下みたいに、僕も…カイルも…このまま!」


ただ一時の戯言だ、夢のような物語を想像し酔うのも…許されるだろうか。


「っ…アン!」


「……ふふ、そんなのもいいなぁ」


だが、国民には…神が必要だ。

国を纏める血縁者が。


こんな美しい街で暮らすという夢物語も至極素敵だが、僕にはやはり…僕の役目がある。


「でもね、」


「……アン」


「僕は僕なんだ、殿下がいらっしゃらないなら王として生きる、多少辛い事も頑張る。これは自己犠牲じゃない、僕の生き方なんだ。殿下には殿下の生き方があったみたいに、僕は王族として生きる」


カイルが僕を抱き締める。

望まない結婚をして、初夜を好きじゃない貴族に捧げても、アンの記憶を持たないリンとして甘えられた…二人でこうして出掛けた記憶だけで、僕は十分だ。


「……アン、殿下」


周りには誰もいないが、苦しい程に抱き締めるカイルがそう呟いた。


「……王宮に戻りましょう……そして、その前に私の告白を…最後の言葉を聞いて頂けますか」


「……最後?」


抱き締められながら、カイルが落とした暖かい涙が…僕の肩を濡らす。


「私は……罪人なのです。死罪でも足らぬ程の」


「…僕を連れ出した…から?」


「いえ……ずっと隠しておりましたが、私は殿下に騎士の立場を解任されたのです。あの……恐ろしい襲撃の直前に」


「解、任……?」


そう…カイルが言った時、あの時の記憶が僕の脳みそを巡った。


唯一思い出すことの出来なかった、あの瞬間。僕は怖くて…怖くて、カイルを亡くすんじゃないかと…震えることしか出来なかった記憶が流れ込む。


カイルが…寝ている僕に口付けを落として……僕は、嬉しかった。騎士として機械のように生きるカイルが自発的に行った愛撫が。


だけど……カイルは僕を我が子だとか言い出して…僕はカイルに解任を言い渡した。


いや、少しだけ離れたかったんだ。

離れても…カイルが僕の騎士として生きる事を望むのかを…知りたかった。


高貴な僕に触れた理由が我が子のようだから、などと言って望んだ言葉をくれなかったカイルに二度と触れるなと言って突き放した。


愛おしいからキスをしたのだも言って欲しかった。


「あの時、私はあなたのこの…唇に…口付けをして、あなたの心を酷く傷つけた。あなたが望まない者から…奪われたのです。それを知りながら…あなたの記憶が無いのをいい事に、私は騎士として居座り続けました。愛おしい同居生活も、この甘い触れ合いも……手放せなかった、あなたを一番大事だと言いながら…私は酷く利己的なのです」


傷ついたわけじゃない、僕の瞳からも涙がポタリと落ちると、広い海の中に溶けていくようだ。


「アン……泣かないで、あなたのその美しい瞳が……私をいつでも苦しめる、側に居たい……ただそれだけが、望みだったはずなのに、私は酷くわがままになってしまった、謝っても…謝っても、許されない。殿下を今からお送り致します、そしたら…すぐに解任の手続きを。側に居られないなら死ぬなどと言って困らせる気もない…あなたが許すのなら、私は家督を継ぎ…もう二度と姿を見せることはない。だから…泣かないで」


この…海と同じくらい…深い、深い……カイルの愛を信じてみたい。


「っ、バカ!バカだ!お前は!」


「……アン?」


「僕は、キスされたくらいで傷ついてなんかない!!お前が、僕を我が子だとか弟だとか言ったのが気に入らなかっただけだ!僕と十九年も居るのに、僕の事を何も知らないお前に苛立っただけ!」


「……アン、記憶が…」


「記憶なんて、とうの昔から戻ってる。リンの振りをしていたら…カイルに甘え放題だから、忘れた振りをしていただけだよ。愚かだろ?あれだけ高貴だ品位だと言っていたくせに…結局僕はカイルに甘えられる立場を選んだ。わがままで偏屈な僕で居なくてもいい理由を手に入れてしまった」


「……そんな、アン殿下が……あの、貴い方が私にキスを…強請ったのですか」


顔に熱が集まる。

バレてしまったら、今までの全ての行動も僕が結び付けられてしまう。閨はカイルがいいと駄々を捏ねたのも、共寝を命じたのも、日々の抱擁も、あの時……初めてのキスはカイルがいいと泣いたのも。


「うるさい」


酷く小さな声だったと思う。


「記憶が戻った事なんて知りたくなかったでしょ、可愛い素直なリンのままがよかったでしょ」


もう何も引き返せはしない、今もとめどなく流れる涙は引っ込んではくれない。


「……バカを言うな、今、私は喜びと感激で胸が詰まって…何も言えない。リンも、アンも私には関係ない。だが…リンとして生きる殿下が、私に甘えるのは嬉しくもあり苦しかった、アン殿下がこれを知れば酷く不快を覚えるだろうから。リンだって…記憶が無い赤子同然で私に懐いているだけだと、苦しかった。でも……あれが、アン殿下の意思だったならば、私は……私は……」


いきなり、カイルの腕が離れていくと立ち上がり雄叫びを上げる。


そして、ひとしきり叫んだかと思えば、膝を付いてまたしても涙を流し嗚咽を漏らした。


「…カイル、その気持ちは……刷り込みや洗脳では無いと言い切れる?」


膝を付き涙を流すカイルに、手を差し伸べる。

こうして手を差し出すのは、騎士としての就任式で膝を付き僕に忠誠を誓ったカイルに差し伸べた時以来だ。


「……殿下、なわけ……ないでしょう。もうここまで来たのだから告白しますが、私は今日殿下を攫うつもりでした。小さな廃屋を改良し、あなたを結婚なんかさせずに、私だけの腕の中に閉じ込めてくつもりだったのです。でも…自分の幸せ以上に王族として生きるあなたを見てしまったら……私には…無理でした。この利己的な欲が…騎士としての忠誠だとしたら、あまりにおぞましい。これは、ただ一人の男の醜い恋慕なのです」


「…僕にキスをしたのは、我が子のようだからと言った」


カイルは立ち上がると、叱られた犬のように頭を垂れる。


「……好きだからキスをした、だなんて言ったら、もう騎士ではいられないと思いました」


その頭をさわさわと撫でてやると、少し心地よさそうに僕を見上げた。


「…我が子や弟のようだと言われたのが悔しくて、二度と触るななんて言ってしまった」


「……アン、殿下」


「カイル、命令だ。僕が王になっても…ずっと僕を守れ、ずっとずっと…側で、僕を見ていて」


でんか、とカイルの唇が動くと僕の身体が宙に浮く。


「っ、殿下……殿下、よいのですか、私は殿下を攫おうとしたのですよ?利己的な性欲で殿下の肌に触れたのも一度や二度じゃ…見合いを握り潰したのも、閨教育の後も殿下のお姿で何度も自慰を……」


「っ、あ〜もう、うるさい!それ以上言わなくていい。もうはっきり分かった、お前の愛は!早く…僕を王宮に連れ帰って……お前と二人で夕餉を摂ろう、今日の分勉強が遅れたから…明日からカイルも、協力して……閨だって、まだよく分からないし!」



僕たち二人の恋路は、前途多難だろう。

カイルは騎士で、僕は王になる。

子だって貴族との間で、拵えなければならないし、結婚、戴冠、謀反……問題は山積みだ。


だけど、僕たちは……きっと永遠に隣に居ることが出来る。


これもまた、カイルが産まれながらの騎士だからで…僕が産まれながらの王族だから。


だから出会えた二人なのだから。


海辺で流れるエンドロールはなんて美しい。

悲恋の間で手を握る二人、僕とカイルの名前が流れるエンドロール。



……だが、こんなにも美しいエピローグは、ブラウンの怒号によって掻き消されていった。



「殿下!カイル!あなた達は何をしているのですか!」


僕を抱きながら門扉の前に帰った僕たちを見つけた衛兵がすぐにブラウンを呼んだ。


その慌てっぷりは、僕とカイルが消えた事で騒然とした王宮内が見て取れる。


そして…駆けつけたブラウンに、僕とカイルは恐ろしいまでの叱責を受けているのだった。


僕は出来のいい子だったから、こんなにも大人に怒られた事など初めてだ。



「……申し訳ありませんブラウン殿、ですが私が殿下を唆し街に降りたのですから、殿下は悪くないのです」


「…そんな事は分かっています、でも殿下程高貴な生き方をしている方ならば、秘密裏に王宮から出ればどうなるかなんて分かるはずです」


高貴…と言われて違和感を覚える。

高貴だったのは記憶を失くす前の話だろう。


「…ブラウン…さん?」


わざとらしくリンの振りをして名を呼ぶが、ブラウンは僕を睨み、陛下の騎士に相応しい威厳を見せた。


「…殿下、私には通用しませんよ」


「ブラウン…最初から分かって……」


「赤子からあなたを知っているのです、記憶が戻った時などすぐに分かりました、はぁ……陛下がまた床に伏してしまうかと…嫡男殿下のご無事は分かっているからまだいいものの…本当にアン殿下まで王宮から消えたら…どうしようかと」


泡を吹き倒れる陛下のお顔が頭に浮かぶようだった。僕は、心配を掛けた事を謝罪する気持ちでブラウンを見る。王族たるもの、謝る事は出来ないが、申し訳無さそうに見つめれば、ブラウンも溜飲を下げたようだ。


「というか……嫡男殿下はご無事で…」


「それはもちろん、陰ながら見守っておりますよ、極一部の者しか知りませんが。……で?」


大きな声に驚きビクリと身体を揺らす。


「お二人は?ちゃんと結ばれたのですか?」


当たり前のようにぶつけられるその質問を脳みそで咀嚼すると、まるで見透かされたようなその問いに顔が赤く染っていく。


「…は?」


「え?」


カイルもこれには呆気に取られ、ぽかんと口を開けた。


「その様子じゃ上手くいったようですね。はぁ、とりあえず安心しました。全く…閨であんな殿下を見れば一発で間違いを起こすと思ったのに……」


「っ、なんで……」


つい、僕らしくもない荒らげた声が飛び出す。

僕たちが思い合っていたことなんて、今はお互いしか知らないはず…。


「なんでって…バレバレなんですよ。殿下がカイルを愛している事も、カイルが殿下に懸想を抱いているのも」


「ブラウン殿……仮に事実だったとしても…そのような醜聞、口に出されぬよう。私の醜い恋慕など死ぬまで墓場まで行くつもりですから……」


目頭が熱くなる、いくら思い合っていようが所詮は結ばれない二人…犬も食わないような悲劇…唯一の救いは、私たちがずっと側に居れることだけだ。


だが、揺れる瞳で見つめ合う二人をシラケたようにブラウンは一蹴した。


「なぜ」


「…なぜ?なぜって……私は騎士で」


カイルが反論しようと口を開くが、ブラウンによって阻まれる。


「騎士だから殿下との婚姻は駄目だと?公爵家の嫡男で、国営の剣術大会では私や嫡男付きの騎士を差し置いて優勝、今まで醜聞の類も一切無し、狂気的なまでに殿下に忠誠を誓う騎士」


「……え?」


「……はぁ、元々騎士制度というのは許嫁の意味があり開始された事なのですよ。名家の男を小さい頃から宛てがい、婚姻に誘導する。もう何代も騎士と婚姻をしていませんから、その仕来りは薄れていますが、なぜお二人共頑なに拒否するのです」


そう言われ、ふと過去の事を思い出す。

結婚相手、カイルはどうかと問われた事があった。ただでさえ産まれた時から定められている役目を重くしてしまう提案などカイルに出来るはずもなく断ったが、カイルも打診されていたのだろうか。


「…僕は、カイルにはカイルの人生があるから…僕がもしカイルに婚姻を提案してしまったらカイルは断れないから……」


「殿下が…私と婚姻など、恐れ多すぎて考える事すら不敬罪に当たると思っておりましたから…殿下は昔から私にだけ当たりが強く、頼る事はあっても好く事など無いと確信が……」


僕が、カイルに当たりが強いのはそれを許してくれる唯一だからだ。

神でいなくてもいいカイルの隣にいると、つい駄々を捏ね、それでも僕の側を離れないカイルに気を良くしてしまう。


「……カイル、その事は…その、あれは……もうやめる。カイルは僕がわがままをしてもつい甘やかすから…カイルにはわがままをしてしまう」


謝る事は出来なかったが、そう言ってカイルを見ると、嬉しそうに抱き上げられた。


最近ではいつもこうして移動していたが、記憶があると告白してからの抱擁は妙に気恥かしい。



「殿下、当たり前です…。私は殿下にされる全ての事由が愛おしいのですから。わがままでも…ずっとずっと…殿下が私を頼る事が何よりも嬉しいのですよ」


カイルの素直な愛情表現は、つい顔が熱くなる。わがままを言う僕が愛おしいだなんて、気が変だと言ってやりたいが、その嬉しさから黙って首元に顔を埋めていた。



「あの、お二人?私がいるの分かってらっしゃいますよね?……カイル、殿下は薄汚れていらっしゃるし、お疲れでしょう。部屋にそのまま連れて行って差し上げなさい。私はこの事を陛下に報告に行きますから」


ブラウンの存在を一瞬忘れかけており、怪訝な顔を浮かべたブラウンが呆れたようにそう呟く。


「あ、ブラウン殿…承知致しました」


「それで…殿下も、カイルもご婚約という事でいいのですね?殿下の見合いも中断しても……」


あっさりとそう言われ、僕からしてみれば思ってもない幸福なわけで…すぐに肯定しようとしたが、口を開いたのはカイルの方だった。


「っ……駄目です」


その強い口調に僕もブラウンも驚くが、カイルは早口のまま続ける。


「まだ……私は殿下に求婚を…プロポーズをしていません、ロマンチックな場所で……きちんと殿下に了承を得ていませんから、そんな聞き方はあんまりですブラウン殿」


プロポーズの結果など、もう決まっているのだが……カイルがそう言うのなら、僕としてもやぶさかではない。


ブラウンは面倒くさそうに舌打ちをする寸前だが、なるべくお早めに…と釘を刺すと深い礼を行い僕の退出を促した。



カイルが僕を抱いたままドアを開ける。

慣れたはずのカイルの体温が妙に緊張する。


「……僕、カイルと結婚出来るの」


声は震えていた。

好きでもない貴族との婚姻や出産を覚悟していた身からすれば、カイルの気持ちが僕にあり…ましてや婚姻にまで至るなど、ご都合主義もいいところだ。


カイルは、答えなかった。

代わりに、髪を梳き軽々と抱いた僕の耳元に口付けを落とす。そのまま、するすると頬に移動し、あの時……襲撃前の僕たちみたいに…そのまま唇を重ねた。


あの時の心臓の高鳴りを思い出し、その後のカイルの発言や襲撃の記憶も呼び起こされるが、今二人の間にあるのは恋慕を口に出しても許されるという事実だけ。


僕も、その唇に唇を重ね返してもいいという現実。


「…プロポーズは待っていてください、国で一番の……幸せな求婚を。殿下、お慕いしております。愛しているんです…世界一…幸せな花嫁に……殿下を」


その言葉に、緊張の糸が緩み笑みを浮かべた。



「ばか、花嫁はカイルだ。いくら僕が小さくて可愛くても、時期王だよ?皇妃でお嫁さんはカイルの方」


もちろん閨で種付けされるのは僕なのだが、つい……こんな大男の花嫁だなんて可笑しくて笑ってしまう。



カイルはどんなプロポーズをしてくれるのだろう、僕は……その問いにどんな風に肯定するのだろう。


未来の事を考えてこんなにも心を踊らせるなんて……初めてかもしれない。

いつも未来は、神として搾取され…役目を果たし望まない婚姻を結ぶ事だったから。


この国で神とされるのは王族だが……僕は、もし創造主という意味での神がいるのなら……お礼を言ってやってもいいだろう。


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