親の友情、子の心情
ざまぁは弱めです
「お前とは婚約破棄だ!」
婚約者ブルーノが声高々と宣言する。
何故そんな冷たい目でひどいことを言われなくてはいけないのか。
とか。
パーティの主催者に謝罪しなければ。
とか。
母にまたご迷惑をお掛けしてしまう。
とか。
多くのことが頭を過ぎり、そのどれもが強いプレッシャーとして心を抑圧して私は気絶してしまった。
ブルーノとの婚約は父親同士の友情によって結ばれた。建前としては食料の流通とか共同事業とかの関係強化のためと言ってはいるが単純に本人たちが縁戚関係になりたいという理由が主格にあった。引き合わされた私たちはこちらは不安げにあちらは不満げに顔を合わせ、ちっとも意気投合などできなかった。
家格も釣り合っていて年齢も同い年。
後は本人同士の相性だけとなった。
だがユリアの父は「あいつの息子はいい子だろう?」と気に入ったらしく、やたらと褒めちぎり、ユリアが「あの人とは気が合わない」など声を上げる余地がなかった。曖昧に言葉を濁す娘に母が二人だけのお茶会で実態を聞き取り、ユリアとブルーノ二人の側付きに顔合わせの様子を話させてようやくこの婚約は辞めるべきだという議題が上がった。それに否やを唱える男親二人に嫁同士がため息をついて婚約破棄の書類を整えた。子どもたちにはいつでも婚約破棄ができるようにしてあると言い聞かせ、父親が満足するまで我慢してほしいと言い聞かせられた。
だからユリアはブルーノを幼馴染以上に思ったこともない。
父親に連れられて互いの屋敷を行き来してはいるものの味方の母達のお陰で無理くり、引き合わされて気まずい時間を過ごすことは避けられた。でなければ「二人で馬駆けにでもいってきなさい」とか「一緒にボードゲームができるよう買ってきたよ」などの声に従わなければならなかっただろう。
王都の貴族学校に入学し、寮生活を始めると互いに顔を合わせる時間もめっきりなくなり、ストレスフリーの日々を送ることができていた。ブルーノとは結婚しないことはユリアの中で決定事項だったため新しい婚約者を探さねばならなかったところダンスの授業で相手役をしてくれた母の縁戚であるサフォードが婚約を申し出てくれた。我が家の婚約事情について明かすと婚約がなくなり次第結婚するという話になり、母も私もサフォードの我慢強さと寛容さに感激した。
ブルーノも廊下ですれ違うと女生徒を腕に侍らせていたので互いに円満な別離ができると思っていたというのに。
ユリアに目を掛けてくれていた公爵令嬢の夜会でブルーノは暴挙に出た。その時いつものようにブルーノではなく、いつものように兄がエスコートをしてくれていた。
だというのに何故夜会にブルーノがいたのか。
公爵家の人脈が手広いので可能性は全くないとは言わないがだからといってあんなユリアも自分も貶めることはしなくてよかっただろうに。
気絶から目を覚ますと公爵家の客間で休ませて頂いていた。公爵家の侍女らに労わられながら夜会の主催である公爵と公爵令嬢に謝罪するため急いで支度して応接室へと案内してもらう。応接室でブルーノ家族とユリアの両親が公爵の前で謝罪する中ブルーノだけがだんまりして顔を俯けていた。
「ユリア嬢、気分はどうだね」
「お気遣いいただきありがとうございます。此度の手落ち、心より謝罪申し上げます」
「君がいらぬ心労を抱えていたことは娘から聞いているよ。謝罪は受け取るが君はそう気にやまなくていい」
「寛大な御心に感謝申し上げます」
公爵令嬢から厚意で仕込んでもらった一礼を見せると公爵は満足そうに頷いた。
「さて、ブルーノ君。うちの夜会をご破算にした真意を問おう」
水を向けられたブルーノは父親に肩を押され、恐る恐る引き結んだ口を綻ばせた。
「公爵には申し訳なく思います。ですがこうでもしなければ私の言葉を聞いてもらえないと思ったのです」
「君の言葉とは?」
「ユリアが………俺の恋人に嫌がらせをしていると」
「な、な!恋人ってお前!」
ブルーノの父親が顔を真っ赤にさせて拳を振り上げる。
それをブルーノの母が間に入って止めさせて公爵が掌を上げた。
「落ち着き給え。ブルーノ君とユリア嬢の婚約が本人たちにとって不本意なものであることは私も聞き及んでいる」
公爵の言葉に男親たちは呆然と顔を青ざめた。
「そ、そんな」
「君たち二人ばかりが乗り気で子供たちと母御殿らはいつでも解消できるようにしていると。そうだね?」
肯定する女親二人に初耳だと顔を見合わせる男親二人。
この二人は本当に私たちのことをどうとも思っていなかったのだとユリアは泣きたくなった。
「ブルーノ君、それはいったい誰が言い出したんだい?」
「恋人が………」
「君はそれを信じた?」
「………嘘でも本当でもどっちでもいいと思いました。この婚約がなくなるのなら」
「ふむ?」
先を促す公爵にブルーノの目が潤む。
「母上が婚約をなくす準備をしてくれていることはわかっていました。でもそれはいつ?父はそんな素振りはなくてユリア嬢が如何に素晴らしいかと話すばかりで俺の話を聞いてもくれやしない。夏季休暇や冬季休暇が来るたび今か今かと期待して失望して………もう疲れました」
「それで恋人の嘘に乗ったと」
「………申し訳ございません。私個人で収まることではないと存じ上げますがいかなる罰も甘んじてお受けいたします」
深々と頭を下げるブルーノにおば様が隣に立って同じように頭を下げる。母と目を合わせて私たちも二人に倣って頭を下げた。
「女子どもにこんなことをさせて君たちはなんとも思わないのかね?」
公爵の言葉に父とおじ様が顔を見合わせて深々と頭を下げる。
「このような暴挙に出るとは露とも思わず、大変ご無礼をお掛けしました」
「二人が不仲だと知らなかったのかい?」
「………嫁に何度か忠告されていました。」
「執事からも幾度か話は」
「それでも自分たちの願いを叶えたかったわけだ。美しい友情だ。その犠牲となる家族の幸せが霞むほどに」
公爵の皮肉に誰も言葉を出すことは許されない空気が流れた。
男親二人を残して帰宅を許され、その日はそのまま床に就いた。
その後、公爵という後ろ盾によって婚約はブルーノ有責の破棄となった。慰謝料はブルーノではなくおじ様が負うものと沙汰が下り、ブルーノは嘘を吹き込んだ恋人と別れて領地へ旅立った。父からへの反抗心で作った恋人だったらしく未練もないという。初対面におけるユリアへの態度も勝手に将来を決めつけられた子供の癇癪だったと謝罪を受けた。長年の苦しみをブルーノも抱いていたのだと思うと小さかったユリアの心も慰められた。
父に恋人のサフォードを紹介すると「娘をよろしく頼む」と深々と頭を下げていた。母がいうには「俺に父親の資格はない」と毎晩呑んだくれているらしい。サフォードはそれに「婚約期間だけでなく恋人としての時間も貰えた自分は世界一の幸せ者だ」と惚気ながら付き合っている。
おじ様は「ユリアちゃんが義娘になるのを楽しみにしていたのに」と愚痴をいってはおば様に叱られているという。懲りない人だと笑う私に公爵令嬢が「ご破算になった夜会の費用を上乗せして請求して差し上げたらどうなるかしら」と悪だくみをし始める。
これ以上の騒動はこりごりだと言うところころとした笑い声がお茶会の席をにぎわせた。