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ローレンス商会


ローレンス商会が邸にやってくる日の午後、馬車の走行音を耳にしたラケルは、仕事部屋の窓から外を窺っていた。

商会のロゴをつけた馬車が3台連なって敷地内を走ってくる様子が見える。


(あれが商会の…)


正面玄関前の馬車回しに止まる。

先頭車両からこの中で最も位が高いであろう身なりの男が出て来た。会長或いはその地位に相当する者に見える。


(若いな)


自分よりも若く見えるその姿に驚いたラケル。歳の頃はケイトと同じくらいに見えた。

老舗の商会と聞いており、勝手に初老の男性をイメージしていたが実際は違ったらしい。



そして商会の男を玄関前で出迎えていたのは、使用人ではなくケイト本人であった。


普段シンプルな装いを好む彼女にしては珍しく、王都の流行りを取り入れたアフタヌーンドレスを身にまとって多数の宝飾品を身につけ、格式高い装いをしている。


つい目を凝らして彼女のことを見るラケル。


商会を招く際にそれなりの格好をすることは、足元を見られないようにするためという考えがあり、ごくごく一般的だ。

だが、この時のラケルは真っ当に考えることが出来なかった。身体の内側から感じたことのないドス黒い感情が勝手に湧き出てくる。


(どうしてあんな格好をして出迎えまでしている…?買い物というのは建前で、本来の目的はあの男との逢瀬だったのではないか…だからあれほどまでに楽しみに待ち侘びていて…)


ここ2.3日のケイトの様子を思い出す。

彼女はこれまで見たことがないほど上機嫌であった。

その時はそれをただ奇妙に思っていたが、今あの光景を目にして合点がいく。


(ああ道理で)


ラケルの口から、ふっと笑い声に似た息が漏れ出る。



「少し興味が湧いた。」


窓の外に目を向けたまま呟く。



「ようやくか!」


やたら元気な声が聞こえて後ろを振り返ると、見慣れた顔が目に入った。この場にダニエルもいたことを思い出した。



「さっきからずっと話してるのに相槌のひとつもしてくれないから…でもお前の協力があれば次のデートに漕ぎ着けそうで…ってお前その顔何なんだよ…笑ってるのに無茶苦茶こぇよ…それ奥さんの前で絶対にするなよ。秒で嫌われるぞ。」  


振り向いたラケルを見るダニエルは顔面蒼白だ。

大袈裟ではなく本気で恐怖を感じているようで、怯えた目をしている。



「ああ、肝に銘じておく。」

「…だから無駄に素直なのも怖いんだよ。」


反応してもしなくても文句を言ってくるダニエルに、ラケルは無視して仕事を再開した。その横顔に微笑を浮かべて。



***



応接室に移動したケイト達。


テーブルを挟んでケイトと向かい合って座る正装姿のラッシュは、肩につく薄茶色の髪にやや切れ長のグリーンの瞳をしている。薄い唇は弧を描き、商人らしく人好きのする笑みを浮かべていた。


彼のソファーの隣には重量感のある鍵付きの木箱がいくつか並べられており、その後ろには同じ商会の付き人が緊張した面持ちで控えている。

ケイトの後ろには同じようにローラが立っていた。



「わたくし、ローレンス商会副会長のラッシュ・ローレンスにございます。此度はヴェルデ伯爵家に弊会の品をご案内出来る栄誉を賜り誠にありがとうございます。また、改めてご結婚おめでとう御座います。お二人の門出に相応しい調度品も取り寄せておりまして、ぜひこの機会にご紹介をさせて頂ければとーー」

「ねぇ、口上は良いから早く」


挨拶をぶった斬ったケイト。

その後ろでやれやれと頭を抱えるローラ。


恭しくこうべを垂れて挨拶をしていたラッシュがゆっくりと顔を上げた。

先程までの人好きのする笑みをやめ、半眼でケイトのことを睨み付ける。



「最初くらい格好つけさせろよ。」

「今さら何言ってんのよ。めどくさい。」

「伯爵夫人がめんどくさい言うな………」


ラッシュの口調が一気に気安いものとなったが、彼の素養を知っているケイトに驚く様子はない。


その辺の貴族より貴族らしい服装をしているラッシュがジャケットを脱ぎ捨て、大きく息を吐く。伯爵家での無作法に、後ろの付き人が、血相を変えて落ちたそれを拾い上げた。



「私はあの新刊が読みたくて呼んだのよ。それさえ渡してくれればいいの。」


「おいおい。せっかくあのヴェルデ家にお呼ばれしたんだ。宝飾の一つでも売らせろよ。お前の旦那の色取り揃えてきたんだぞ。」


ラッシュが顎で木箱を示すと、付き人の一人が歩み出て箱にかけられた鍵を外し、中からベルベット地の平たいケースを取り出した。

それを受け取ったラッシュがケイトに見せつけるように蓋を開ける。



「一等級のダイヤモンドをあしらった蝶柄のブローチ、ブラックダイヤモンドのピアス、ブラックパールのネックレス、オニキスのブレスレット。ほら好きなものばかりだろ?」


さぁ選べとばかりに手のひらで宝飾品達を指し示すラッシュ。どれも線が細く華奢なデザインになっており、相手を想定して用意されたようなものであった。


ケイトはそれらを一瞥すると露骨に嫌な顔をした。



「どれも好きじゃないんだけど。」


「は?お前が昔好んでたデザインを集めたつもりなんだけど。絶対好きだろ、こういうの。」


「確かにデザインは悪くないけど、色が嫌なんだって。こんなのどこにもつけていけないわ。」


「は?新妻は夫の色を身につけるものだろうが。」


ラッシュは訳がわからないと言った表情でケイトのことを見返す。



「別に望んだ結婚じゃないし。」


「でも、初夜からお盛んだったっで聞いたぞ。」

 

「それどれだけ噂になってんのよ……………」


商人の情報収集に対する貪欲さと、こんなことを外部に漏らした使用人の存在に遠い目をするケイト。


(ああもうほんとやめてほしい……)



「ああでも、最近はめっきりご無沙汰で飽きられたって新しい噂も…」


「・・・・・・・・・・」


ケイトから表情が消え、形容し難い虚無感に包まれる。

ひとりで壁の方を向き、ハハッと自嘲気味に笑い声を漏らしていた。



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