推し活
盛装姿のケイトと遭遇した後、ラケルは足早に仕事部屋へと向かった。
彼が部屋に入った直後、追いかけるようにして閉まりかけのドアを開けて入ってきたダニエルが興奮した様子で詰め寄ってくる。
「何だよあれ、めちゃくちゃ可愛いじゃん!羨ましいんだよ!んでお前、なんで褒め言葉は一つも言ってやらないんだよ。頭イカれてんのかよ。」
興奮して鼻息荒い様子に、ラケルはあからさまに嫌な顔で無視をし、席についた。
すかさずダニエルが大股で執務机に近寄り、バンっと大袈裟な音を立てて机の上に片手をつく。風圧で書類が数枚散らかり、仕方なくラケルが視線を上げた。
「あのドレスだって完全にお前の色じゃん!いじらしい!夫の色を選ぶなんて健気で庇護欲を唆られ…って、お前…なんでそんな怒ってんの?」
ひどく機嫌の悪い様子のラケルに、ダニエルは目を見開き驚いて言葉を止めた。
著しく感情表現が乏しい彼にとって、それは非常に珍しいことであった。
「別に」
言葉では否定したラケルだったが、自身の心の内側に違和感を覚えていた。
(これは何に対する苛立ちなのだろうか…)
沸いた感情に蓋をして無理矢理仕事に取り掛かったものの、違和感の正体が分からずモヤモヤする。
理由はわからないが、きっかけはケイトの姿を目にしたことに間違いなかった。あの瞬間から妙に心がざわつく。
(あのドレスを目にした時、俺は何を思った?…正直悪くないなとは思った。しかしそれ以上に感じたのは…強烈な矛盾だ。朝食の席で俺に喧嘩を売ってきたくせに、なぜ今度は媚びるような真似をする?彼女が俺に求めているものは一体何だ…?何がしたい?)
眉を顰めて思案するラケル。
沈黙とラケルの険しい表情に耐えきれなくなったダニエルが堪らず両手を上げた。
「いやその…俺が悪かった!余計なことを言いすぎた。だからお願いだ…今日は約束通り定時で上がらせてくれ。またとないデートのチャンスなんだ!頼むっ!!」
ラケルの怒りは自分のせいだと信じて疑わないダニエルは、勝手に謝り倒していたのだった。
***
同じ頃、ケイトは夜会で思う存分に羽を伸ばしていた。
今回は、彼女の趣味仲間であるエマ・リンクッド男爵令嬢の主催であり、彼女の邸で催されている。
リンクッド家がケイトと同じ成り上がり系貴族ということもあり、招待客は貴族のみならず、大手商会など平民の上流階級も含まれていた。
会場入りしたケイトはまず、主催者に挨拶すべくエマの元へと向かった。
「ケイト!久しぶりね!」
「久しぶり!エマも元気そうで良かったわ。」
エマは落ち着いたドレープの美しいダークグリーンのドレスを着ており、独身令嬢らしく赤毛の髪は緩く巻いて下ろしている。
全体的に煌びやかさはなく、貴族令嬢にしてはかなり控えめな印象だ。
二人は両手で握手を交わし、溢れんばかりの笑顔を向け合った。
「それにしてもケイトったら、あっという間に伯爵夫人ね。今日のドレスだってかなり上等な…って、もしかしてこれが噂の旦那様のお色味ってやつ?まさかの束縛系旦那様!??…これは唆るわね。詳しい話をさぁ!」
「そんなんじゃないわよ!勝手にこれを着させられたんだって!仕方ないじゃない。」
「ふぅん。分かったわ。そういうことにしといてあげる。体裁も大事よね。」
エマは含みのある笑顔で片目を閉じ、ウインクを飛ばしてきた。
「ああもう!ほんとそういうの良いから!!」
ケイトの声がつい大きくなる。
周囲の注目を集めてしまい、慌てて愛想笑いを振りまいてごまかした。
「まぁ惚気話はまた今度聞くとして、みんなもう集まってるわよ!今回は私たちの他に3人かな。早く行きましょう!」
「ええ!」
キラリと瞳を輝かせた二人は、会場を抜け出して別棟の一室へとやって来た。
普段応接室として使われているその部屋には、20歳手前くらいの若い令嬢達が待っていた。
彼女達は皆一様に同じ本を手にしており、やって来たエマ達に熱い視線を向ける。
「さぁ今回は、王子が姫に狙いを定めたあの名場面について語りましょう!」
エマがパンっと手を叩いたことを合図に、これまで静かに座っていた令嬢達が一斉に早口で話し始めた。捲し立てるように勢いよく話しながら、パラパラと小説を捲る音が鳴り止まない。
「『誰かに盗られるくらいなら共に死ぬ方がマシ』そう側近に胸の内を曝け出してしまうのが正気の沙汰でなく、素敵でしたわ!」
「『彼女の周囲の人間を消せば私だけを見てくれるはずだ』本気でそう思っていることにゾクゾクしましたわ。あの極端な思考回路が堪りませんの。」
「私も同じことを思いましたわ!王子なのに本気でやるの?って戸惑いつつ、まぁ彼ならやるわって思わせるのが上手いわよね。」
「そうそう、それ!口だけじゃないって思うから一層恐怖心が大きくなって…彼ならやりかねないって気持ちで読み進めるから、もうドキドキが止まらないって!」
皆が興奮した様子で話しているのは、ケイトのバイブルでもある〈ヤンデレ王子と知らぬ間に囲われた姫のラブラブ監禁生活〉だ。
ケイトも目を輝かせて話の輪に混ざり、推しの小説談義に花を咲かせている。
彼女達の放つ熱量は凄まじく、途中お茶を入れに来た給仕がギョッとした表情で逃げるように出て行くほどであった。
だがそんなこと気にすることもなく、今宵も彼女達の推し活は止まらない。
「皆さん、今宵も最高でしたわ!ご参加頂きありがとうございます。次は、書き下ろしの番外編、〈ヤンデレ王子の愛の裏工作〜監禁ハッピーエンドを目指して〜〉を語らいましょう!」
エマによる次回開催の予告と参加者達からの盛大な拍手でお開きとなった。