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花のある食卓


朝のダイニングルームには庭に面したガラス窓から陽の光が降り注ぎ、春らしい暖かな雰囲気に包まれている。

調度品も白を基調色にして金色をアクセントカラーに使っており、とても明るい部屋となっていた。



結婚後初めて共に迎える朝食の時間、向かい側に座るラケルは仕事着姿で、コーヒーを片手に待ち優雅に新聞を読んでいる。


ケイトはティーカップに口を付けるフリをして、向かい側に座るラケルのことをチラリと盗み見た。


「何か?」


「…いえ、何でもございませんわ。」


(うーん…嫌がらせにしてはちょっと地味過ぎたかも…次はもう少し分かりやすいものが良いわね)


ダイニングテーブルの中央に鎮座する、毒々しいほどの真っ黒な薔薇と真っ赤な薔薇のフラワーアレンジメントに目を向ける。

これは早速庭師に作ってもらったものだ。花言葉は「憎悪」と「愛」。新妻にもらいたくない花の組み合わせナンバーワンだろう。極め付けとばかりに濃い紫色のリボンを飾られたそれは、爽やかな朝食の席に全く似つかわしくない。


だが、ラケルは普段と違う目立ち過ぎる花を気にする素振りもなく、特段口を開くこともなく、手元の新聞に視線を落としたままだ。



会話のない息が詰まりそうな空気の中、息苦しくなったケイトは、息継ぎのため今宵の夜会に思いを馳せる。

それは度々開催されているものであり、集まった趣味仲間と推しの話が出来るという。彼女の生き甲斐のような催しだ。

それを思うだけで多少の嫌なことなど頭から消え去り幸せな気持ちに包まれるのだ。


だが、同時に昨日散々ローラに言われたことを思い出す。


『ケイト様、今はもう伯爵夫人のご身分なのですから、必ず旦那様の許可をお取りくださいね。勝手をしてはいけませんよ。』


(そうだった…ローラに口酸っぱく言われていたっけ。許可って、そんなこと絶対気にしないだろうに…この状況で口を開くのも面倒だけど、仕方ないわね。)



「あの、本日なのですが…知人主催の夜会に顔を出してきても宜しいでしょうか。」


気合いを入れて沈黙を破り尋ねてみたものの、ラケルは視線を上げることすらしない。

まるで背後に控える使用人と話しているかのように、新聞をめくりながら事務的に答える。



「夜会ですか…俺は参加できませんが、それでも良ければお好きにどうぞ。」


「…ありがとうございます。」


(は!?誰が参加して欲しいなんて言うかっ!)


眉間に皺がよりそうになりながらも、ケイトはなんとか口元に笑みを浮かべて礼を述べた。


早くこの場を去ろうと、淑女に許される限界のスピードでハムやパンケーキを口に運び必死に咀嚼する。


(コーヒーだけなんだから、そっちが先に出てってくれればいいのにっ)


八つ当たり甚だしい思いでついラケルのことを見る。するとなぜか彼もこちらを見ており、パチリと視線がかち合う。



「花、お好きなのですね。」

(は?)


ケイトがつい後ろを振り返って壁際に立つ使用人の方を見る。しかしその全員から目を逸らされてしまった。どうやらこれは自分に向けられた言葉みたいだと理解する。また前を向いて視線をラケルに戻す。



「え、ええ。まぁ人並みには…」


(ここに来ていきなり世間話??どういう心境の変化なの?興味を持たれるなんて、なんか逆に怖いのだけど)


「道理で。使用人から今日の花は貴女が選んだと聞きましたよ。とても良いセンスをしている。花を通して貴女の想いが伝わってくるようだ。」


「・・・・・・」


「では俺はこれで。」


折り畳んだ新聞を片手でぐしゃっと握りしめると、ラケルはそれを粗雑に使用人に押し付けて部屋から出て行ってしまった。




「怖かったあああああああっ!!」


部屋に戻って早々、ローラに抱きつこうとしたケイト。だが、さらりと避けられてしまったためそのままの勢いでソファーに倒れ込んだ。



「あれ本気でやったのですね…冗談かと思ってました。ちゃんと止めてあげれば良かったですね。」


呆れたローラがケイトに水の入ったグラスを差し出した。



「いやでも性格悪くない!??思うところがあればちゃんと口で言えばいいのに!嫌味ったらしいのよ!」


「それはケイト様も同じことでしょう。」


自分のことを棚に上げて相手を弾糾するケイトに、ローラのため息が止まらない。




「ねぇローラ、次は結婚指輪を外して夜会に行くなんてどう?」

「絶対におやめくださいませ……………」


また良からぬことを言い出すケイトだったが、今度はローラに一蹴されてしまった。

これ以上変なことを言い出す前に…とローラが強制的に夜会の支度を進める。



「そんなに好戦的にならなくても…このまま干渉されずに不自由なく暮らせるではありませんか?ご自分でも言ってたでは無いですか、バイブルがあるから大丈夫だって。」


「そうなんだけど…自分でもびっくりするくらいなんかむかついちゃって…」


「嫌よ嫌よも好きのうーー」


「やめて」 


両腕を左右に広げて背中のリボンを整えてもらっていたケイトが後ろを振り返り、低い声を出す。



「まぁほどほどになさってくださいね。この家同士の結婚に離縁という選択肢は無いのですから。ケイト様の御立場が悪くなるだけですよ。」


「分かってるって。」


「はい、出来ましたよ。」


ケイトの前に姿見を持ってくる。

そこには、栗色の髪を綺麗に編み込んでアップにし、シックな黒のドレスに身を包んだ自分の姿があった。

ウエストラインには煌めくシルバーのシルクのリボンがしっかりと巻かれている。



「この黒とシルバーの組み合わせって………」


「言わずもがな旦那様のお色味ですよ。」


「げ。今流行りのミントグリーンとかじゃダメ…?」


「既婚者が何をおっしゃいますか。」


はいはい行きますよとケイトは部屋から連れ出されてしまった。

だが、階段を降り始めてすぐに足を止めた。


(なんでこのタイミングで!!?)


3階から1階へと階段を降りる途中、ちょうど下からラケルが昇ってきたのだ。2階の執務室に向かう途中らしい。踊り場で互いに足を止める。


(こんな夫色に染めまくりましたなんて格好見られたくないんですけどっ!ああもうっ。どうして今日は王宮勤務じゃないのよっ)


「お、お疲れ様でございますわ。」

「ああ」


ラケルは一言だけ返すとそのまま2階の執務室へと行ってしまった。

後ろをついていたダニエルも慌ててその後を追う。ケイトとのすれ違い様、彼はぺこっと頭だけ下げていった。



「は」


ポカンとした顔で誰もいなくなった階段を見上げた。

一瞬緊張して身構えてしまったものの、ラケルには見事にスルーされてしまい、恥ずかしさが怒りへと変わっていく…



「ちょっと!少しくらい何か言いなさいよっ!無視するな!」


明確な怒りを感じた瞬間、ケイトは感情のまま子どもじみた言葉で怒鳴っていたが、もう姿の見えない相手に届くことはなかった。


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