【番外編】夫婦の時間
ラケルと本物の夫婦になってから数日、二人はある決め事をしていた。
それは、朝昼夕及びお茶の時間を夫婦二人で過ごすこと、そして、寝る前に夫婦で話す時間を設けるというものだ。
改めてこれから夫婦になっていこうと提案してくれたラケルに、ケイトは嬉しさいっぱいの笑顔で受け入れたのだった。
「失礼します…」
寝支度を終えて夫婦の寝室にやって来たケイト。先日の初夜を思い出してしまい、どうしても緊張してしまう。勝手に恥ずかしがりながらやって来た。
「ふふふ。ここはもう二人の寝室なのですから、気にせず入って来て良いのですよ。」
そう優しく微笑むラケルは、夜着にガウンを羽織った姿でソファーに腰掛けていた。
ケイトのために紅茶を用意すると、ティーカップを隣に並べて置く。そして、ポンポンと自分の横を軽く叩いた。
「い」
暗に隣に座れと言われており、思わずケイトの顔が引き攣る。
「………俺の膝の上の方が良かったですか?僭越ながら、抱き抱えて差し上げましょうか?」
両腕を広げながら、それはそれは良い笑顔で言ってきたラケル。ケイトはぶんぶんと全力で首を横に振って、彼の隣に滑り込んだ。
「良い子ですね。」
少し距離を空けて隣に座るケイトに詰め寄り、ぴったりと寄り添う。その状態で肩を抱くように腕を回し、頭を撫でてきた。
ケイトの髪に触れながら、至近距離でうっそりとした表情で見つめてくるラケル。その瞳には尋常じゃない熱が込められていた。
(ちょっ……見られ過ぎて、顔に穴が空くわ!!顔が熱くなる〜〜〜!!!)
恥ずかしさのあまり顔を晒そうとすると、お仕置きとばかりに耳たぶにキスをされる。
「ひゃっ!」
ケイトの漏れ出た声がラケルの獰猛性を呼び起こす。ゆらりと輝きを失ったシルバーの瞳が彼女の顔を覗き込んできた。
(待って待って待って!このまま流されたらまた酷い目にあうわ!毎回あんなことになったら身が持たないっ!今度こそ心臓が止まるわ!)
初夜のことを思い出して意識を強く待ったケイトが、覆い被さろうとしてくるラケルの両肩に手を置いた。
「話!今は夫婦で話す時間でしょう!これじゃいつまで経っても仲が深まらないわ!」
「話なら、しながらでも出来ますが?」
「な に を !!」
顔を真っ赤にして震え出したケイトに、くすくすと笑い出してしまったラケルは、お行儀良く彼女の隣に座り直した。
「どんな話が良いですか?」
そう言いながらも、瞼やおでこにキスを落としてくるラケルに、ケイトは流されまいとパッと思い付いた質問を投げかけた。
「そ、そういえば、ラケル様はいつまで私に敬語を使うの?」
「特に変えるつもりはありませんが?」
「私に敬語なんて使わなくて良いのに…」
どこか拗ねたような口調になってしまったケイト。子どもっぽいことを言ってしまったようで気恥ずかしくなり、そっぽを向いた。
(対等に接して欲しいのに…こんなの気にしてるのは私だけよね…)
敬語を使われることに心理的な距離を感じてしまい、どうしても後ろ向きな思考になってしまう。
「ケイト」
覗き込んでくる気配を感じたが、素直になれず顔を上げることが出来なかった。俯いたまま、ぎゅっと拳を握りしめる。
「!!」
すると、指で顎を掴まれて無理やり上を向かされてしまった。嫌でも視線が交わる。真っ直ぐにこちらを見るシルバーの瞳の中に、僅かな怒りが見えた。
「俺から目を逸らすなよ。」
「………………………………………っ!!!」
ーー きゅんっ
初めて耳にしたラケルの強い口調と責められるような視線に、不覚にもケイトの胸が高鳴ってしまった。勝手に頬が色づいていく。
不意に、ケイトに向けられていた視線が柔らかくなった。
「ケイト、こういうの好きでしょう?だから昼間の俺は丁寧にいようかと思いまして。」
綺麗な笑みを崩さずに、ラケルはなんて事のないように言ってのけた、もちろん、言われた側はたまったものではない。
「……はああああ!!??わざと?今わざとやったの?ねぇ!」
「ん?妻の性的嗜好を理解して、それに応えることは夫の役目ですよ?他にも要望があれば何なりと。」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
物凄く整った笑顔でとんでもないことを言ってくるラケル。羞恥心で瀕死のケイトはもう悲鳴しか上げられなかった。
こうして戦意喪失したケイトのことを、ラケルはまた意気揚々とベッドまで運んで行ったのだった。
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