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心の拠り所と意趣返し



「きゃああああああっ!!!………うひゃひゃひゃ………いやああああああああっっ」


「何がそんなに面白いんですか………………」


ベッドの上に寝転がり、時折り回転しながら叫び声や奇声を上げながら一冊の本を読むケイト。

いつもの光景だと知りつつも、あまりの煩さにローラはツッコまずにはいられなかった。



「いやだってこれ凄いのよ!?純真無垢で疑うことを知らないお姫様が知らぬ間に囲われてて…ゾッとするほど猟奇的な愛を向けられているのに、またそれを増長させるようなことをするから、うっかり監禁されちゃって…でもそれが彼女と彼の幸せだって二人で涙するシーンがまた一段と狂気を感じさて…」

「…もう結構です。」


キラッキラした瞳で猟奇的な愛を声高に語るケイトに、一種の恐怖を覚えたローラは白旗を上げた。

いくら創作の世界とはいえ、刺さらない者にとってはただの犯罪者の話だ。



「あー面白かったぁー」


大事そうに本を抱えたまま仰向けに寝転がり、至福顔で微笑むケイト。


(ああもうこれ最高に面白い…これを読めば、あんな最悪最低な結婚初夜の思い出なんて………)


(なんて……)


(なんて)



「って、忘れられるかぁっ!!!!!!」


セルフツッコミでケイトの怒りは全回復してしまった。

夫人らしからぬ振る舞いにローラが嗜めるが、ケイトは思案顔で何やら考え込んでおり話を聞いていない。


(何かちょうどいい仕返し無いかな…あからさまな悪意ってよりかは、ちょっとした意趣返し的な何か…やり返されても面倒だもの。)


考えながらふと周囲を見渡すと、花瓶の中に飾られた色とりどりの花々が目に入った。


(これだっ!!)



「ちょっと庭師のところに行ってくる!」

「お待ちください。私もお供します。」


部屋着のまま飛び出そうするケイトを呼び止め、ローラは彼女に上着を着せてから部屋を後にした。




「貴方がこの邸の庭師ね。」


お目当ての人物を見つけたケイトがにっこりと微笑む。

泥だらけになりながら花壇の整備をしていた青年が目を見開いた。



「な、なななな、なんで奥様がこんな所に………あし…お足元が悪いので早くお戻りにっ…」


「ちょっと知りたいことがあって来たのよ。ねぇ、『愛してる』と『憎らしい』って両方の意味を持つ花は無いかしら?」


「はぁ…そう言った真逆の意味を待つ花は無いかと…」


「じゃあ、単体でも良いから『人でなし』とか『地獄に堕ち…」

「ケイト様」


貴婦人らしからぬワードが飛びそうになり、慌ててローラが止めに入った。

このままではボロを出しかねない。



「そう言った悪い意味を持つ花はさすがにこの邸にはありませんが、市場で仕入れることは出来ますよ。」


「ありがとう!それと赤い薔薇も合わせて花束を作ってもらえる?」


「かしこまりました。」


(ふふふ…これで伯爵夫人らしい気の利いた意趣返しをしてやれるわ!)


ケイトの下品な笑みがバレぬ前にと、ローラはさっと日傘を掲げて主人の顔を隠すように邸の中へ戻って行った。



***



「あれ、お前の奥さん??」


ヴェルデ伯邸の二階にあるラケルの執務室であり仕事場だ。

基本は王宮任務だが、守秘義務のない業務の場合はここで行うことがある。


今日は同僚で幼馴染のダニエル・ワトソンも来ていた。

猫っ毛の茶色の髪はふわふわとしていて耳に掛かるほどに長く、ぱっちりとして丸みを帯びた茶色の瞳は人懐っこい印象を与える。容姿端麗で近付きにくい雰囲気のラケルとは真逆だ。


その彼がふらりと身を寄せ窓の外を見た後、ラケルの方を振り返る。



「あの若さであの身なりは間違いなく伯爵夫人だな。って、なんか凄く元気そうだけど?今日は昼までお楽しみだったんだろ?タフだなぁ。邸中の使用人達が感激して話してたぜ。」


「・・・」


「さてはお前、ひよったな?」


「・・・そういうわけではない。」


漸く反応を示したラケルに、ダニエルが面白そうに口の両端を上げる。



「ふぅん…どうせお前のことだから相手に気を遣って手を出してないんだろ。上げ膳食わぬは〜っていうのに。もったいねぇ。」


「いや」


完全に雑談モードのダニエルとは対照的に、ラケルは視線を上げず書類を捌く手を止めない。

こうして話をしている間も、ラケルの袖机に重ねられた書類の高さはどんどん低くなっていく。


話に乗って来ないラケルに、ダニエルも諦めて自席に戻る。至極つまらなそうな顔で仕方なく仕事を再開した。



「政略結婚の夫に愛されても迷惑だろうに。」


ラケルの呟いた本音は、窓から流れ込んだ春風に流され、ダニエルに届くことは無かった。




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