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天国と地獄


あっという間に目論見がラケルにばれ、顔色を悪くするトルテス達。そんな彼らは、目の前の求婚など視界の端にも捉えていなかった。

同じ部屋だというのに、テーブルを境に全く別の景色が広がっている。


ケイトにとって、二人きりの世界。

ただただ、甘美な雰囲気が漂う。

身を委ねてしまいたくなるほど魅惑的だ。


ケイトは意思を持って、自分に渇望を向けてくるシルバーの瞳を捉えた。



「はい」


嘘偽りなく自らの想いで、跪くラケルの手を取った。


過去に固執することをやめたら驚くほど自分に素直になれた。身体の内側がぽかぽかと暖かく、すーっと心が穏やかになる。それなのに、どうしようもなくドキドキして心が落ち着かない。


(私、この人のこと好きなんだ)


嬉しくなって堪らず微笑みかけると、ラケルもこちらが恥ずかしくなるほど甘ったるい笑顔を返してくれた。



「ケイト、選んでくれてありがとう。」

「こちらこそ。」


ふふふと微笑み合う二人は、互いに引き寄せられるようにして口付けを交わす。

唇が離れた後も見つめ合う二人からは、星も眩むほどの幸福が満ち溢れていた。



「ああせっかくの計画が…これから一体どうやって立て直せば…」

「勝手なことをしたせいでしょう!貴方が絶対にうまくいくっていうから私はっ……」

「人のせいにするな!お前は何もしてないくせに!」

「貴方だって……」


幸せ満載の空間の反対側には、とんでもなく悲壮感が漂っていた。控えめに言って地獄だ。

互いに責任をなすり付け、耳を塞ぎたくなるような低俗な言い争いをしている。



「チッ」

「「…っ!!」」


水を差すトルテス達にラケルが殺意を込めた舌打ちをした。

なお、ケイトにはばれないよう、それとないスキンシップを装って彼女の耳を塞いでいる。過保護っぷりを発揮しているようだ。


トルテスとミーシャは容赦なく凍てつく感情をぶつけられ、血の気を失った顔で小さく悲鳴を上げていた。



「今後一切、ヴェルデ家と関わらないように。本家へも伝達しておく。」


厳しく言い渡したラケルが気遣うようにケイトの肩を抱く。



「ケイトはそれで良いですか?厳罰を希望とあらば、そのように手配しますよ。叩けばいくらでも埃が出てくるでしょう。まぁ、無ければ無いで煙くらい立てますが。」


「…い、いえ、充分だわ。」


美しい笑顔の下、仄暗い瞳の中に嗜虐性の一端が見えた気がして、ケイトは厳罰を拒否した。関係のない自分の方が恐怖で足がすくみそうになる。


ラケルは頷くと、ローラに視線を送る。

主人の目線を受け、控えていたローラがドアを開け放した。



「お客様のお帰りだ。」


ドアの外には、頭を下げたセバスチャンが待機している。


トルテスとミーシャの二人は立ち尽くしたまま、その場から動けずにいた。

失敗したと頭では理解しているのに、どうにかしてこの場を収めようとする甘い考えが止まらない。


気付けば、慈悲を乞うような目でラケルのことを見ていた。だが、返ってきたのは蔑むような視線であった。



「これ以上居座るなら、衛兵を呼ぶが?」

「……し、失礼した!おいお前、早く行くぞ。」


これ以上醜聞になるのは流石にまずいと思ったトルテスが、八つ当たりのようにミーシャの手を強く引き、駆け足で部屋から出て行った。




「……なんだかすみません。」


静かになった部屋で、ケイトが申し訳なさそうに、隣に立つラケルのことを見上げた。



「いえ、ケイトのせいではありません。それに晴れて両思いになれて、俺としては良い機会だったと思うほどです。」

 

ふふっと溢れるような笑みを見せるラケル。

好きと自覚した後のその笑みは破壊力が凄まじく、ケイトは自衛のため慌てて下を向いた。



「ケイト?」

「……み、見逃してください!」


俯くケイトの両手はいつの間にかラケルに握られており、その姿勢で彼女の顔を覗き込んできた。


(覗き込むのは反則だわっ!!どうしてこんなに心臓の音がうるさいのよ!一旦落ち着きたいだけなのに、その隙も与えてくれないなんてっ……酷いー!!)


キリっと精一杯の睨みをきかせて、ラケルの甘い視線を打ち返した。



「中々に、扇情的ですね。」

「いやあああああああああああっ!!」


結局、墓穴を掘ったケイトであった。

真っ赤になって泣きそうになる彼女を抱きしめ、落ち着かせるように背中を優しく叩く。



「………余裕そうで腹が立つわね。」


腕の中に身を委ねつつも、つい恨めしそうな声が出た。


(私ばっかりドキドキして嫌になるわ。なんでそんなに普通にしていられるのよ。もっとこう…少しは動揺するもんじゃ…)


そこでケイトの思考がびたりと止まる。

ひとつの、物凄く嫌な仮説が頭に思い浮かび、眉間に皺が寄った。


(いや、そんなまさか、ね…)


疑心暗鬼になりつつも、思ったことを確認せずにはいられない。

ケイトはラケルの二の腕に手を添えると、彼の顔を見上げた。



「ねぇ、もしかして…うちの両親が来ることを知っていたの?流石にそんなことないわよね?」


ラケルは僅かに目を細めて驚いた反応を示した後、悪戯が見たかった子どものような屈託のない笑顔を見せた。



「さて、何から話しましょうか。」


まさかのラケルの返答に、ケイトは言葉を失った。



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