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ケイトの両親



ケイトと両親の仲は、昔から良くも悪くもない。一言で表すと、ドライな関係だ。


大抵は娘の意思を尊重してくれるが、そこに家の利益が絡むと途端に容赦がなくなる。


今回の結婚もヴェルデ公爵家との事業提携が目的であり、所有地で見つかった希少な鉱物の販売ルートを確保するためのものであった。

そこにケイトの意思は無かったが、彼女は彼女で幼少期から政略結婚を覚悟していたため、反発はしなかった。


だから用済みとなった結婚後は、もう干渉してくることはないだろうとそう思っていたのだ。実際この半年もの間、手紙を含めて一切のやり取りが無かった。

それなのに、ここに来ていきなり両親が訪問してきたことに胸の奥がざわつき嫌な予感がした。


(何の目的かしら…まさかお金を貸してほしいとか?そうだったら、ヴェルデ家の迷惑にならないようきちんと断らなきゃ。彼が仕事に行った後で良かったわ。)



「お父様、お母様、お久しぶりです。」


実の親とはいえ、今は伯爵夫人の立場にあるケイト。ソファーの前でカーテシーをした後、テーブルを挟んだ向かい側の席についた。


父親のトルテスは相変わらずの無表情で、母親のミーシャはやや不満そうな表情をしている。


お茶を出し終えたローラは後ろに下がり、部屋の隅に控えた。



「ああ、息災で何よりだ。」


お茶に口を付けたトルテスが形式的な挨拶を返す。

こうして顔を合わせるのは結婚式以来だというのに、近況を尋ねる言葉はない。


(別に期待はしてないけれど、やっばり私の結婚生活そのものになんて興味ないのよね。)


陰る気持ちを抑えて、ケイトは敢えて明るい表情を作る。



「突然のことで驚いたわ。事前に言ってくれれば、もっとちゃんとおもてなしが出来ましたのに。」


ふふふっと無邪気を装って二人に微笑みかけるが、反応は薄い。



「ケイト、今すぐ離縁しなさい。」

「はい……?今なんて?」


唐突に言い出したトルテスの言葉に理解が追いつかない。言っている意味が分からず瞬きを繰り返していると、補完するように今度はミーシャが口を開いた。



「今回の結婚に貴女の意思は無かったでしょう?悪いことをしてしまったと思ったの。だから家のことは気にせず、ちゃんとケイトの気持ちを尊重したいのよ。反省してるわ。」


「ちょっと待ってよ…どうして今更そんなことを…?」


「離縁するなら早い方が良いわ。確認したら子どももまだって言うから、今がその時なのよ。」


「今回の離縁がお前の汚点になることはない。だから安心しなさい。書類も持参してきた。」


トルテスもミーシャも、離縁することは決定事項とで娘のためになると信じて疑わずに話を進めてくる。ケイトがそれを拒否するとは微塵も思っていない態度だ。


(結婚を決めてそれを受け入れたのに、今度は離縁しろって…一体どういうこと?)


ケイトは太腿の上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。



「私が…私が望んだらこの婚姻を継続しても良いんですか?」


「え?どうして?」


「どうしてって…」


目を丸くして理解できないという顔をするミーシャに、ケイトは言葉を失う。



「だって貴女、ヴェルデ伯爵に愛されてないでしょう?政略結婚だもの。そんな相手と一緒にいたいって思うわけないじゃない。毎日辛い思いをするのは嫌でしょう。」

「え………………」


半分馬鹿にしたようなミーシャの物言いに、ケイトの目の前が暗くなる。


(確かに政略結婚だったけれど……)


最悪だったラケルの第一印象に初夜の出来事…あれは距離を取られていたって分かる。でも今は?昨晩のことだって…


愛されていないにしても、嫌われてはいないんじゃないかなって思ってる自分がいる。


そして多分、一緒にいるのが嫌じゃないって思ってる自分も…



「貴女は離縁した後のことを心配しているんでしょう?大丈夫よ。もう相手は見つけてあるわ。」


「え?」


「ああ。探すのに苦労したんだぞ。相手はお前に一目惚れしたそうだ。生涯大事にしたいとそう言ってくださってる。家格も上で、生活の心配もない。これ以上ない良縁だろう?」


にこにこと微笑むミーシャと、満足そうな顔をしているトルテス。

これが娘の幸せだと疑わない二人は、ケイトの返事を聞く気もないらしい。


カバンから書類を取り出し、そのまま勝手に離縁の話を進めようとしている。


ケイトは目の前の出来事が夢のようで現実に思えなかった。勝手に進む離縁と新たな結婚の話…1度目とはわけが違う。

自分の意思を踏み躙られ、抉られるように胸が痛んだ。


(これ、ラケル様が了承したらすぐ次の家に嫁がされるのかな…)


考えたくはないが、明日にでも起こりそうなことに血の気が引いていく。


(彼から直接離縁を言い渡されるならまだしも、こんな形で彼に了承されたらさすがにちょっと堪えるかも…)


胸の痛みが強くなり、視界が馴染んできた。慌てて手の甲で擦る。


(初夜の翌日だったら、喜んで受け入れられたのに。どうして今なんだろう…ひどいタイミングだわ。)



「書類は最短で返送してくれ。相手方も待たせているからな。」

「宜しく頼んだわよ。」


用は済んだと二人が立ち上がろうとしたその時、部屋のドアが開いた。



「遅くなってしまい申し訳ない。」


そこには僅かに息を切らしたラケルの姿があった。

いつも完璧な佇まいをしている彼にしては珍しく、前髪がやや乱れており、相当急いで来たことが分かる。



「で、何の用件だろうか?」


にっこりと微笑むその目は全く笑っておらず、ドス黒いオーラを放つ彼の背後には、目に見えないブリザードが吹き荒れていた。



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