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お茶を運びに来ただけなのに



状況を理解した時には既に手遅れだった。


背中を預けた革張りのソファーは僅かに軋んで音を立てる。

それがあまりに恥ずかしく、この場から逃れようとするが両脇に腕を置かれて囲われており、逃げ出す隙がない。


せめて視線だけでもっ…


晒そうとした途端、見下ろす美しい顔面がさらに近づき視界を覆い尽くそうとしてくる。


(ちょ、ちょちょちょ…ちょっと待って!お茶を運びに来ただけなのに、なんでこんなことになってるのよ!)


真っ黒い笑顔のラケルに迫られ、気付いたらソファーの上に押し倒されていたケイト。身の危険を感じ、顔が真っ青になっている。



「あ、あの!どけてくださいっ!!」

「普通ここは顔を赤くする場面では?」


不満そうな声を出しながらも、ラケルは余裕の表情だ。

ケイトの隅々まで視線を向け、撫で回すように無言で見つめ続ける。



「これはっ…セバスチャンに頼まれて来ただけで…他意はなくてでして…」

「へぇ?」


ラケルがすっと目を細めた。彼の纏う空気が一気に重くなる。


(え…なんか怒ってる…??)


「誰かに依頼されれば、ケイトは知らない男の部屋に行くのですか?それが夜中に二人きりでも?」

「は…そんなことするわけないでしょう。私にだってそのくらいの常識…」

「ええ、普通そうですよね。だからここには自分の意思で自ら来てくれたのですよね?」

「い…いや、これはまたその…別な話で…」

「ふふふ、照れ隠しですか。」


ケイトの頬を撫で付けて額と両頬、耳たぶにキスをしてきた。



「ひぃっ」


わざとリップ音を立てて彼女の羞恥心を煽り、時折ケイトの反応を窺うように、色気漂う瞳でじっと見つめてくる。


(ううぅっ…なんなのよこの仕打ちはっ!!この顔面凶器!どうして私より色気が溢れ出てるのよっ!…ああもう恥ずかしいわっ!)


心の中で強気に言い返すが、意思に反してどうしようもなく心を掻き乱されていく。

やけに熱っぽい視線に全身が悲鳴を上げ、ケイトの頬がじわじわと熱くなり、耳まで赤くなってきた。


そこまで彼女の心を乱すと、満足そうにして攻めの手を緩めた。飴と鞭のように、今度は甘くと蕩けるような笑みを向けてくる。



「可愛い」

「…………っ!!!!!」


不意打ちの砕けた言葉と甘さのある声で、完全ノックアウトされてしまった。


(は…この巧みな技はなんなの?これも嫌がらせのうちなの?こんなの平常心保てるはずないわ…)


前回の経験から、ケイトはギャップに弱いと分かっていたラケルの圧倒的勝利となったのだった。

甘ったるい視線から逃げるように、ケイトは両手で顔を覆った。



「今夜はここまでにしましょうか。」


柔らかい声で言うと、ラケルは落ち着いた動作でソファーから降りてケイトのことを解放した。



「え…『は』って…?」


回ってない頭のせいで、つい余計な一言を口走ってしまう。

聞き捨てならない一言に、ラケルの身体がぴくついてゆっくりと振り返る。



「ん?このまま続けたかったですか?気が利かずすみません。では…」

「あああああ!嘘です!ごめんなさい、何でもないです!」


(変なこと言うんじゃなかったわーー!私の馬鹿!)


もう一度ソファーに膝を立てようとしたラケルをケイトが必死に押し留めると、「ふふふ、冗談ですよ」とすぐ引き下がってくれた。


「まぁ、無理やり…と思わなくもないですが、きっと心を手に入れた後の方が味わい深いと思いますので。もう少しの辛抱ですね。」

「……え?今なんか言いましたか?」

「いいえ、なにも?」


独り言のように呟かれた言葉を聞き取ることは出来なかったが、一瞬闇に堕ちかけた瞳を見て、「ああこれは聞かない方がいいやつね」と悟ったのだった。


話が途切れたタイミングで、ケイトがソファーから立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ…」

「ええ、お茶ありがとうございました。ケイトの顔を見れて疲れが吹き飛びましたよ。」


部屋から出ようとするケイトに向かって、ラケルが笑顔で両腕を広げている。


(ええと、おやすみのハグってことかしら…?まぁこのくらいなら…)


控えめにラケルに近づくと、彼の方から一歩近づいてふんわりと抱きしめられた。

想像よりも穏やかな感触に、胸の中がじんわりと暖かくなっていく。



「ケイト、おやすみなさい。」

「おやす……んっ!」


挨拶を返そうとした瞬間、油断したケイトの首筋にチクッとした痛みが走った。


(え、うそ…まさかっ……)


「今夜の御礼です。」


赤くなった跡を親指でそっと撫で付け、ふふふと妖艶に笑っていた。


(なっ…何やってくれてんのよーーーーっ!!!)


怒りと羞恥心で顔を真っ赤にしたケイトは、キスマークを付けられた首筋に手を当てて隠し、逃げるように部屋から出て行ったのだった。




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