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条件


夕飯時のダイニングルームにて、

目の前に座るラケルの視線はいつも以上に艶っぽく、大人の色香を放っている。カトラリーを持つ手元に視線を移した際の伏目すら、長い睫毛が際立ち扇情的な雰囲気を醸し出す。

そんな彼の熱に当てられ、ケイトは平常心を保てなくなり、否応なしに心拍数を上げさせられていた。


(もうっなんでこんなに心臓の音が煩いのよ…顔面凶器が色気まで出してきたらそりゃ負けるわ…ほんとに顔だけは良いんだから)


はぁ…と深い息を吐き、ケイトは憂鬱そうに重い動作で食事を口元に運んでいく。



「ケイト?食事が捗っていないようですが…苦手な食材でもありましたか?」


形の良い眉を顰めてひどく不安そうな瞳を向けてくるラケル。そんな表情ですら色気が溢れ出ていた。


(………腹立つほど整った貴方の顔面のせいよ)


そう反論したいのをグッと堪えて心の中だけに留めた。

が、押し留めた反動でつい苛立った感情のまま半眼で睨み付けてしまった。



「あぁ…ケイトの上目遣いは格別ですね。貴女の感情が俺だけに向いているかと思うと、心の内側から湧き上がるものがあります。」

「いや、何も出て来ないでしょう……………」


(ほんとこの人何言っちゃってるの?)


シルバーの瞳を輝かせ、うっそりと惚けた顔で見つめてくるラケル。


その手にワイングラスが握られているが、まだ1/3も減っていない。ということはこれを素面で言っているのか…と心の底からドン引きしそうになったところで、ケイトは慌てて遠ざかる意識を引き戻した。

今更な気もしたが、一応表情を作って伸びやかな声音を意識する。



「ご許可頂きたいことがありますの。」


「ああ、そうでしたね。ついケイトの可憐な姿に夢中になって話を聞くのを失念してしまいました。頼み事のためでしたね。…いやでも、何かある度にこんな姿の貴女を目に出来るなら悪くない。むしろ役得。頼み事が増えるように、より生活に制限をかけるのも一手か…」


「え…」


後半の声は小さく聞き取れなかったが、こちらを見つめながら段々と光を失っていくシルバーの瞳に、ケイトは本能的に形容しがたい恐怖を覚えた。


(なんか捕食者の目をしてない……?)


やたら上機嫌にワインを煽ってグラスを空にしたラケルに、慌てて本題を口にする。



「友人のエマから個人的なお茶会に誘われてまして…その、参加しても宜しいかしら?」

「ええ、もちろん。」

「え?うそ!そんな簡単に…まぁ!!ありがとうござます!!さすが旦那さ…」

「ただし、一つだけ条件がありますーー」


即答されたことがあまりに嬉しく、立ち上がって御礼を言おうと腰を浮かせる。なんなら、喜びのあまり向かい側に回って頬にキスをしたかもしれない。

だが、それは重ねてきたラケルの言葉によって打ち消されてしまった。


彼から提示された条件に、ケイトがひとつ瞬いた。



***



無事にエマとのお茶会の日を迎えた今日、例によってケイトは髪飾りからドレスに靴、アクセサリーに至るまで全身をラケル色に染められていた。もちろん、どれもこの日のために彼が用意したものだ。

これにももう慣れたとはいえ、独占欲丸出しの格好に微妙な表情で支度を終えた。


個人のお茶会にエスコートは必要なく、邸の玄関で満遍の笑みのラケルに見送りをされたケイト。


一人向かった会場でエマと対面した。久しぶりの再会に、どちらともなく両腕を伸ばして喜び顔で手を取り合う。



「エマ!あの夜会以来ね!本当に会いたかったわ。」


「こっちのセリフよ!ケイトったら、結婚した途端旦那様に夢中で私のことを放置するんだから!たまには私のことも構ってよね。夜会にも来てくれないし。」


「……色々とわけがあったのよ。別にエマのことを蔑ろにしてたわけじゃないわ。そう、わけがあったのよ。」


「ふぅん。それなら良いんだけど。」


二度繰り返したケイトに対して含みのある声で言うと、視線を外して会場となった庭園を見渡した。

人工川や噴水もある広々とした庭園はよく整備されており、二人がいるガゼボを中心として左右対称に花壇が並び、季節の花々が咲き誇っている。


上から見たらさぞかし壮大な眺めだろうと、見渡したエマが目を細めた。



「さすがは伯爵様、うちとは大違いだわ。」

「わざわざこちらに来てくれてありがとう。急に変更してごめんね。おかげで助かったわ。」


申し訳なさそうにしているケイトに、「こちらこそ、招待ありがとう!来てみたかったんだよね。」と声を弾ませた。

彼女の全く気にしていない様子に、ケイトも内心ほっと息を吐く。


そして、ラケルにお茶会の許可をもらったあの日、彼に条件を提示された時の会話を思い出していた。



『条件……?』

『ええ。お茶会の場所をうちにしてほしい、ただそれだけです。もちろん、食べ物もお茶も手土産も一流の品を用意させますので、ご安心を。』

『え!?たったそれだけ?…いえ、分かりましたわ。うちに来てくれるかエマに聞いてみます。』

『ありがとうございます。移動も事故が心配ですし、二人きりのお茶会とはいえ、相手方の御屋敷には男の使用人や家族もいるでしょうから、彼らの目に晒したくはない。ほら、そう考えるとうちが最も安全でしょう?』

『え・・・・・そんなこと言ったら私どこにも行けな…』

『ん?そんな必要どこにありますか?』

『…何でもございませんわ。ほほほほほっ』


一瞬当たり前のことに気付いてしまいそうになったが、ラケルの声が驚くほど低くくなりゾッとして思考が消し飛ぶ。ケイトの中で警戒音が鳴り響いたため、言及するのをやめて慌てて誤魔化したのだった。




席についたエマが、テーブルの上に並べられた見た目美しい菓子に夢中になる。

一口サイズのそれらはどれも種類が異なっており、それぞれ二つずつ用意されていた。


テーブルの端から端まで見て目を輝かせた後、エマは紅茶を淹れてくれた使用人が下がるのを大人しく待つ。

そして軽く咳払いをした後身を乗り出し、ケイトにだけ聞こえるよう顔を近づけて小声で話しかけた。



「で、アレは一体どういうこと?」


エマはガゼボからやや離れた場所、この日のために簡易的に設けられたのであろう取ってつけたようなテーブルセットに視線を向ける。


(見ないフリをしてたけど、やっぱり気がつくわよね…はぁ…)


ガゼボに来てから無視を貫いていたものの、さすがにエマの質問に答えないわけにはいかず、椅子に座ったままケイトは天を仰いだ。


エマの視線の先には、俯いていても分かる、穏やかな日差しを受けて輝く黒髪の見目麗しい彼がいた。彼の周囲だけ、切り取った絵画のように洗練されている。

彼は長い足を組み、コーヒーを片手に優雅に書類に目を通していた。どうやらここで仕事をしているらしい。



「あー…アレはもう病気みたいなものだから気にしないで。あははは。」


(監視されるだなんて聞いてないんですけど!!)


ラケルの出した条件の本来の意図を知り、狼狽して頭を抱えたのだった。



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― 新着の感想 ―
そろそろ監禁されかけてるの気づいて…笑
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