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知らぬが仏



敷地内デートをした日からしばらくが経ち、特段やる事のないケイトは、いつものように自室のベッドの上で小説を片手にくつろいでいた。


そして、ふとあることに気付く。



「もしかして私、夜会に行ったあの日以来外に出てないんじゃない………!?」


「今更お気づきになったのですか………」


ケイトの驚愕する声に対し、部屋の掃除をしていたローラが頬に片手を当て、ため息と共に呆れた声を出した。



侍女は主人が外出している時に部屋の掃除や備蓄の搬入、ベッドメイキングなどを行うものだが、ケイトが外に出ることは滅多にないため、彼女がベッドに寝転がっている隙に行うことが常となっていた。


今日も主人が在室している中、ローラは自分の仕事に励んでいる。

ケイトも慣れたもので、掃除道具を手にしたローラがやってくるとベッドの上に避難する習慣になっていた。



「私ってこんなに出無精だったかしら……」


(実家にいた時は普通に買い物に行っていたけれど、今は商会が邸に来てくれるし…夜会は彼がついてくるのが嫌であれから行ってないし…って、出掛ける用事がないだけかも??)


「でも、ふらっと街に出掛けようかなと思っても、そういう時に限って邸の馬車は修理や他の用事で出払ってるし…タイミング悪く足がないというせいもあるわね。今度セバスに依頼して予め馬車を取っておこうかしら。」


「無駄だと思いますよ………」


「どうして?…そういえば、この前は気分転換に庭園に出ようとしたらそれも(ラケル)に止められたわね。工事の影響で虫が多く飛んでるんですって。さすがにそれは嫌だわ。」


「……まぁ…確かに虫は多そうではあります…ね」


曖昧に同意したローラ。

ラケルの言う「虫」の意味を正確に理解していたが、わざわざ伝える必要はないとケイトの心の安寧のため控えた。


(……あっという間に立派な箱庭が出来上がりましたね。これで気付かないケイト様はある意味大物ですが…色々と超越していて、旦那様が少し可哀想な気もしてきます…)


ラケルの手によって着実に確実に囲われていくケイト。

最初こそ狂気に晒される主人の身を案じていたが、今は本人が気付いていないのなら知らない方が幸せだろうという境地に至っていた。




そんな本人の自覚がないままに軟禁生活が続いたある日、ローラが手紙を持って部屋にやって来た。



「どうせ夜会の招待状でしょう?行きたいけれど、彼を連れて行きたくないからしばらく遠慮するわ。さっさと燃やしてちょうだい。」


ケイトは銀のトレーに載せてローラが運んできた封筒に見向きもせず、小説に目を向けたまま片手を振った。



「いえ、それがエマ様個人からのようです。」


「エマからですって?」


友人の名を聞いた途端ケイトは手を伸ばして封筒を手にした。添えられていたペーパーナイフで丁寧に封を開ける。



「さすがエマだわっ!!!」


目を通して僅か数秒、ケイトは歓喜の声を上げながら両手で便箋を抱きしめた。



「どういった内容だったのです?」


「お茶会の招待ですって!」


にこにこの笑顔で喜びを露わにするケイト。


エマからの手紙には、「夜会には参加しにくいでしょうからうちでお茶会をしましょう。私とケイト、二人だけの個人的なものなら旦那様の許可も降りやすいんじゃない?良い返事を待ってるわ!」といったことが書かれていた。



「本当に私のことをよく分かっているわ。エマと二人だけなら彼に心配されるようなこともないし、彼女となら思い切り推しの話が出来る!久々の外出で気分転換にもなるし、最高のお誘いね!」


(後々面倒なことにならないように、ちゃんと許可を取らなきゃ)


さっそくその日の夕飯時にラケルに話を通すため、ケイトは夜会並みに気合を入れて身支度を整えた。


普段、室内着の時は気にせず着やすいものを好きに着ていたが、今夜は裾にシルバーの刺繍が入った煌びやかなドレスを選んだ。

前回同様、ラケル好みのワインを用意させることも忘れてはいない。



「よし、これで完璧ね。」


最後に、緩く巻いた栗色の髪を高い位置で結い上げ、シルバーのリボンを付ける。

鏡で確認したケイトが腰に両手を当て、自信満々に頷いた。


ここ最近はラケルがケイトの部屋まで迎えに来ることになっており、今日の夕飯時も律儀に同じ時間に部屋までやってきた。



「ケイト、迎えに…」


いつものようにノックをしてドアを開けたラケルがケイトを見て言葉を失った。半開きのドアに手を掛けた状態で固まっている。


身体は硬直しているのに、熱を帯びたシルバーの瞳は忙しなく動き回り、ケイトの姿を上から下まで行ったり来たりしていた。



「どうかなさいましたか?」


いつもならどんな格好でも褒めはやして、すぐエスコートの腕を取らせようとするラケルだったが、この日は様子がおかしく見えた。


ケイトが原因を探るように上目遣いで様子を窺う。


(え…この格好失敗だったかしら?媚を売りすぎたのかも…よくよく考えたらシルバーを多用し過ぎて恥ずかしくなってきたわ。うん、やっぱりいつもの格好に着替えてこよう!)



「ごめんなさい。私やっぱりちょっと着替えてから…ひゃああっ!!!」


ついさっきまでドアの前にいたはずなのに、いつの間にか近くに来ていたラケルに正面から思い切り抱きしめられた。

露わになっている真っ白な首筋に顔をうずめられ、思わず変な声が出た。



「……いい」

「え?」

「物凄く可愛い。似合ってる。」

「…………っ!!!!」


突然降り注いだ甘い言葉にケイトの心臓が飛び跳ねた。激情を堪えたようなラケルの低い声に、全身に震えが走る。


(なっ……………………………)


彼の腕の中から逃げることも出来ず、抱きしめられたまま数分の時が過ぎた。

満足したのか、深く息を吸ったラケルがようやくケイトから身体を離した。だが彼の両腕はまだ彼女の首に巻きついている。


その状態のまま、熱っぽくケイトを見つめ続けるラケル。


(ちょっ………この状態、心臓に悪いんですけど…!ああもうっ!顔が熱くなるわ!!)


ケイトの心が限界に近づいた頃、それを見計らったかのように、慈愛に満ちた笑顔を向けながらようやく言葉を口にした。



「で?今回は何を強請るおつもりですか?」


(あああああ全部バレてたわーーーーー!!!!)


魂胆がバレバレだったケイトは、もう笑って誤魔化すしかなかったのだった。



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