未知との遭遇
夏の終わりも近づき、肌を撫ぜる風が乾いて心地良くなって来た頃、ケイトはティーカップを片手に日除けのあるテラス席に座っている。
周囲に咲き誇る花々を眺めているのその目はなぜか虚ろんでおり、この華やかな場に相応しくない。
向かい側には、そんな彼女のことを慈しむように目を細めてうっとりと見惚れているラケルの姿があった。
先日約束させられた通り、二人は休日の今日デートの時間を過ごしていた。
互いの衣装のアクセントカラーを同色で揃えており、基調色は相手の瞳の色としている。こんな仲睦まじい姿で夜会に姿を現せば、一夜にしておしどり夫婦の称号を得られたに違いない。
だがケイトは、いつにも増して困惑した顔をしていた。
(デートって言ってたけれどここって……)
ちらりと向かい側に目を向けると、当たり前のように自分のことを見続けていたラケルと目が合った。
その瞬間を待ち構えていたかのように、にっこりと笑みを深くされ、顔が赤くならないように慌てて目を逸らす。
(もうっ無駄に顔が良いんだから!)
目の前でふっと息を吐くように笑われた気配がしたが、ケイトはこれに気付かないふりをした。
「ケイトが悪いんですよ。すぐ他の男に色目を使うから。」
「なんですって?」
脈絡もなくいきなり責任を押し付けられ、聞き返したケイトの声が上擦った。
すぐさま、そんなことしてないわよ!と抗議するため勢いよくテーブルの上に手のひらをついたが、一回り大きなラケルの手に上から優しく覆われてしまう。
「!!」
驚いて視線を上げると、ラケルの寒々しいシルバーの瞳と目が合った。口元は微笑んでいるのに目が全く笑っていない。
「ここなら俺以外貴女の目に映りませんし、他の誰かが貴女のことを目にすることもない。これでお互い安心してデートを満喫できますね。」
「……………………………はい」
コクリと頷いてしまったケイト。
ラケルから放たれる尋常じゃない圧にやられ、アッサリと負けを認識したケイトは、自己防衛本能で肯定の言葉を口にしていた。
(は!私は一体何をやって……ここで言いなりになってはマズイわ。言っていることがおかしいし、納得できないってちゃんと伝えなきゃ!)
「いや、そういうことではなくっ!」
「心配せずとも、菓子は王都の有名店からシェフを呼んで作らせたので味は本物です。店に行くのと遜色ないでしょう。あのケイトのお気に入りの店の新作も用意してますよ。なんでも、季節の果物を使っているため期間限定だとか。」
「え、期間限定…気になるわね。」
「ふふふ、すぐに用意させますね。」
「は………………………」
(だからなんで乗せられてるのよっ!私のバカ!!)
ケイトが己の浅はかさに打ちひしがれている間に、目の前にスイーツプレートが用意されていた。
季節限定のケーキとケイトの好物であるピスタチオと苺のマカロンが品よく盛り付けられている。
『愛しのケイトへ 心より愛を込めて 貴女の最愛の夫より』
とチョコペンで皿の縁に書かれていたメッセージは見なかったことにした。
「…ありがとうございます。」
(甘いものに罪はないわ。せっかくだからこれは頂かないと勿体無いし。うん、飾りのチョコレートも食べないと失礼よね。)
尤もらしい理由をつけたケイトはフォークを手に取った。
愛のメッセージを掻き消すかのように、丁寧に刈り取っていく。職人もびっくりの芸当で、最初から何も無かったかのように皿の上から跡形もなくなった。
「これで俺の気持ちがケイトの中に入っていく…この光景は感無量ですね。生涯忘れることはありません。」
「食欲が無くなるようなことを言わないでちょうだい………」
一瞬呑まれそうになったが、怪しく微笑むラケルを無視して、一口、また一口と淀みなく口に運んだ。その度に満遍の笑みで幸福を露わにするケイト。先ほどまでの死んだ魚の目が嘘のようであった。
「可愛い」
「…ゲホッゲホッゲホッ」
本心にしか聞こえない、ポツリと落とされた甘さを帯びた声にケイトは盛大にむせってしまった。
「食べている最中に変なことを言うのはやめてください!」
「むせる姿も可愛いですね。ケイトは何をしていても可愛らしい。…これは人に見せたくないな。敷地の外に出さなくて正解だった。」
(ええ、ええ!むせってる妻の姿なんて普通見せたくないでしょう!!)
咳き込んだせいで涙目になりながら軽く睨んだが、ラケルの表情は甘くなる一方だ。
頬杖をつきながら、今にも蕩けてしまいそうな笑顔を向けてくる。
「…あ、あの!そういえば敷地内で何か建物を作ってます?」
甘ったるい雰囲気に耐えきれず、ケイトは声を張り上げて無理やり話題を変える。
甘さとは無縁の、事務連絡に近いような色気のない話にすり替えた。
「まだ伝えてませんでしたね、すみません。あれは俺の仕事場です。別棟を建て、王宮にあった自分の所属する部署ごとこちらに移動させます。」
「え?別棟って…邸内に仕事部屋があるのにどうしてわざわざそんなこと…」
「だって嫌でしょう?他の男にケイトと同じ空気を吸わせるなんて。かといって、毎日王宮に出向いていてはケイトと食事する時間が取れなくなってしまいますし…そこで、敷地内に別棟を建てることにしたのです。」
ね、妙案でしょう?褒めて?と言いたげな期待と自信に満ちた目で見つめてくるラケル。
(は……この人本気で何言ってるの…?)
「あぁ、門も新たに作って入り口も分けるので大丈夫ですよ。」
大事なことを言い忘れていたかのように、ラケルがフォローの言葉を続けたが、未だ理解が追いつかず呆然とするケイトの耳には届いていなかったのだった。