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揺らぐ心


『それじゃ、旦那様と仲良くね!お邪魔しましたー!』

『ありがとうございます。夫婦水入らず仲良くやります。』

『いやだから、私がここに来た意味……』


エマとラケルの二人によって勝手に強制終了されてしまい、ケイトは帰路につくこととなってしまった。


そして今、ひどく不服そうな顔で馬車に揺られている。

無理やり隣に座ったラケルが気遣わげな視線を投げかけてきた。



「俺のせいですみません。」


珍しく、しおらしい態度で謝罪の言葉を口にしたラケル。ケイトが目を見開いて驚きを露わにする。



「…べ、別にもう良いですから。」


(普段謝らないヘラヘラした人が急に真面目な顔をすると心臓に悪いわ…)


ケイトは揺らいだ心を誤魔化すように窓の外に目を向けたが、外はもう暗く視界に映るものは何も無かった。



「いえ、これは俺の責任ですから。」


真横にいるケイトの方を向き、真摯な瞳で見てくるラケル。自分だけを映す美しい瞳に、ケイトの目が奪われる。

無防備に膝の上に置いてあった彼女の手を、いつの間にかラケルが両手で握りしめていた。

更に両膝をケイトの方に寄せ、限界まで距離を詰めてくる。



「出来れば最初からやり直したい。」


ラケルの言葉にいつもの飄々とした余裕はなく、それは心の底から勇気を振り絞ったような掠れ声であった。


初めて見る彼の知らない一面に、ケイトはどうしようもなく胸がざわつく。

もっと見てみたいと湧き上がる好奇心と、彼の深い部分に踏み込んではいけないという理性がせめぎ合う。


そんな彼女の逡巡する心情を読み取ったかのように、ラケルが熱のこもった瞳で見つめながら言葉を重ねてくる。



「結婚して初めての夜に戻れたらってどれだけ後悔したことか…」


(あの蔑ろにされた初夜のことね…まぁアレでこの人の本性が分かったのだから、今となっては良かったって思っているけれど。)


「あの時、貴女に誠心誠意心を込めて愛を伝えていたら、もっと近くにいれたのかもしれないと。」


(そういう関係じゃなかったから何も起きなかったわけで、それが私たちってことなんじゃ…)


「でも今からでも遅くはないのかなって。」


「はぁ?」


心の中でツッコミを入れていたケイトが初めて声を出した。

驚きと苛立ちと困惑を含んだ声音だったが、それでもラケルは反応をもらえたことが嬉しく、顔を綻ばせている。

そして真面目な表情に戻ると、秘め事を話すかのようにケイトの耳に唇を寄せた。



「俺達の結婚初夜、やり直しませんか?もう既成事実なんてことは言いません。朝までケイトのことを抱きつくしたい。」


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


ラケルの吐息と言葉で首まで真っ赤になったケイトは、悲鳴を上げて飛び上がって向かいの席に逃げ込んだ。



「ははははははっ」


まるで子猫のようなケイトの反応に、ラケルが声出して笑っている。

それはいつもの抑えた笑みや気取った笑いではなく、腹の底からの笑い声であった。ひどく珍しい状況に、ケイトが目をパチクリさせている。その後、あることに気付く。



「…もしかして揶揄われたの?」


未だ警戒して距離を取っているケイトが恐る恐る尋ねる。



「すみません、ケイトが可愛くてつい…調子に乗りました。」


よほど面白かったのか、馴染んだ瞳を指で拭いながら謝罪の言葉を口にするラケル。

その姿は普段の彼から想像できないほど幼げで、少年のような無垢さがあった。


(そんな顔も出来るんだ…)


邪気のない笑顔につい見惚れるケイト。

作り物ではない彼の本音を初めて見たような気がして、心がくすぐったいような不思議な気持ちになる。

この感情が何なのか分からなかったが、決して嫌な気はしなかった。



「もちろん、ケイトの心を手に入れることが出来たらいずれ…とは思っていますよ。まぁ手に入らずとも、それはそれで別な楽しみ方がありそうですが…」


「ええと、後半何かとんでもないことを言ってませんでしたか…?」


「ふふふ、ケイトは相変わらず可愛いですね。」


「いやだから、何の話よ…」


すっかり通常運転に切り替わったラケルがにこにこと穏やかな表情でケイトのことを見つめてくる。


彼なりの気遣いなのか、邸に着くまでの間対面に座った彼女の隣に移動するようなことは無かった。




「遅くなってしまいましたが、夕飯は部屋に運ばせますね。今夜はゆっくり休んでください。」


邸に到着後、当たり前のようにケイトを部屋までエスコートしたラケルが名残惜しそうにその手を離した。



「ええ、おやすみなさい。」


ケイトの言葉に、ラケルは淡く微笑み返すと自室へと戻っていった。


一人になった部屋の中、ケイトは彼の気遣いを有り難く思う反面寂しさを感じていた。


華やかなパーティーから現実に戻ったせいか、それとも、いつも二人で夕飯を取っていたせいか…寂しさの要因までは分かっていなかった。



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