強制エスコート
待ちに待った夜会当日、ローラの助言通りラケルから贈られたドレスとチョーカーを身に付けたケイト。
前回のようにドレス姿でラケルに出会すことのないよう、要所要所でローラに見張りをさせながら細心の注意を払い邸の外までやってきた。
そのはずだったのだが…
「ケイト、大変良くお似合いですよ。」
「…っ!!?」
なんと馬車の前にラケルの姿があったのだ。
自分の贈ったドレスに身を包むケイトを見て、目を細める。とても満足そうな顔をしていた。
「は!??なんで!?…えっと、いえ、お仕事中にお見送りなどありがとうございます。お忙しいのに、ご足労を頂いて申し訳ありませんわ。ほほほほほっ」
頬を引き攣らせながらも、精一杯申し訳なさそうな顔を作るケイト。
言外に早く仕事に戻れと言っており、冷めた視線で圧を掛ける。
(って、あれ?今日は普通に仕事のはずじゃ…)
改めてラケルの姿を見たケイトが訝しむ。
まだ日が暮れる前だというのに、彼のそれはいつもの仕事着ではなく、見慣れぬ正装であったからだ。
「さぁ、お手をどうぞ。」
ラケルがケイトの真正面にやってきた。
不躾な視線を投げかけるケイトのことを涼しい目で流し、代わりに柔らかな表情で白い手袋を嵌めた手を差し出してくる。
「会場まではローラが付き添いますから、お気遣いは不要ですわ。これ以上ご迷惑をお掛けするわけには参りませんので、さぁ早く仕事にお戻りになってくださいませ。」
「今日のエスコート役は他の誰でも無く、俺ですよ。」
「は?そのようなことを頼んだ覚えはっ…」
予想外の展開にケイトの声が大きくなるが、ラケルは余裕の表情だ。
「頼む…?ケイトは面白いことを言いますね。妻のエスコート役をするのが夫の誉であり悦びです。そのようなことを他の者に譲るわけがないでしょう。」
「…私はひとりで大丈夫ですから!」
(二人で行くなんて気まずいし、何よりこの人が付いてきたらあの座談会に参加出来ないじゃない!そんなの夜会に参加する意味がないわよっ)
差し出された手を取るどころか、血走った目で両手を左右に振って必死に拒絶の意思を示すケイト。
淑女らしからぬ振る舞いに、後ろに控えていたローラが額に手を当てため息をついている。
「!!」
無視してラケルの脇を通り過ぎようとしたその時、ケイトは腕を掴まれてしまった。
「何か後ろめたいことでも?」
真横から声を掛けられたため彼の表情は見えないが、右半身に冷え切った空気を感じる。
目を合わせたら最後、恐怖に飲まれそうな気がしたため、ケイトは前を見たまま強気に返した。
「何もありませんわ!」
「それなら、俺が帯同しても問題ありませんよね?」
「もちろんですわ!」
「では参りましょうか。」
「えぇ!??」
まんまと口車に乗せられたケイトは、必死に笑いを噛み殺しているラケルに腕を引かれていく。そのまま馬車へと乗り込んでしまった。
残されたローラは、走りゆく馬車に向かってとても良い笑顔で手を振っていたのだった。
「悪夢だわ……」
「夢のようですね。」
今回の会場となった子爵家の邸の正面玄関前、相反する二つの感想が重なった。
満遍の笑みを浮かべるラケルの腕に、絶望に染まった顔のケイトが仕方なく手を添えている。良く見ると、逃げられないように彼の逆の手が彼女の手を抑え込んでいた。
だがケイトにはそれを振り払う気力すら残っていないらしい。
「まぁ!ヴェルデ伯爵様よ!」
「あぁなんて麗しいのかしら」
「それにしても、どうしてあのような方がお相手なのかしら。甚だ疑問ですわ。」
「きっと両家のご都合なのでしょう。まぁお可哀想に…」
入り口の側で喧しく囀る令嬢達に気付いたケイトがため息を吐いた。
(…こんなのいつでもくれてやるわよ。)
自分が嫉妬の対象になっていることを不本意に感じて内心悪態をつく。
ラケルの方をチラチラと見ながら扇子で口元を隠し、黄色い声を上げる令嬢達がそれを止めようとする素振りはない。
ケイトの手を引いて開け放している両扉の中央を颯爽と歩くラケル。
ふと足を止めて徐に後ろを振り返ると、彼女達に向かって笑顔を向けた。
「「「「きゃああああああああっ!!」」」」
「!?」
(ちょっと何やってんのよ…仮にも妻の手を引きながらやることじゃないでしょう!…って、もしかしてこれも嫌がらせの一種なの??あぁそういうこと…私のことを夫に蔑ろにされる妻って見せつけたいのね。最高に意地が悪いけど、あの人らしいわ。)
「!!」
ラケルのことを睨みつけようとしたその瞬間、視界が塞がれ目の前が真っ暗になってしまった。
(え?一体何がどうなって……)
「俺は妻のことを愛していますし、ケイトのことが何よりも大切です。だから、勝手なことを言うのはやめて頂けますか?耳障りです。」
(いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!)
自分がラケルに抱きしめられていると気付いた瞬間耳に届いた彼の言葉に、ケイトは声にならない悲鳴を上げた。
頭の中はパニックになり、羞恥と怒りと焦りの感情が混ざり合って彼女の中で大暴れしている。
ケイトがパニックに陥っているのをいいことに、ラケルは彼女の身体から腕を離して今度は指を絡め取った。
「では参りましょうか。俺の愛しいケイト。」
「……………っ!!」
指先を絡め合うようにして繋いだ手を持ち上げ、わざと視線を合わせた後、ケイトの薬指に口付けを落とした。
(ひいいいいいいいいいいいいいいっ!!何してくれてんのよっ!!!!!!)
そのあまりの衝撃に、心で叫んだケイトは堪えきれず手を振り払ってハンカチで指を拭っている。
そんな姿を見せられてもなお、ラケルは嬉しそうに微笑んでいるから異様な光景だ。
一方、見せつけるような大胆な彼の行動に、令嬢達は皆顔を真っ赤にして驚きを露わにしていた。
「「「「大変良いものを見せて頂きましたわ。」」」」
だが、しばらくして波立った感情が落ち着くと、満場一致でご褒美と捉える声が重なったのだった。