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「今日はケイトの好きなレッドフィッシュのコンフィですね。香草の香りが良いアクセントだ。」


「…ソウデスネ」


(いやだから、なんで知ってるのよ、私の大好物って。そんな話なんて一度もしたことないんですけど…………)


赤ワインの入ったワイングラスを傾けて上機嫌なラケルに、ケイトは色々と諦めて心の中だけでツッコミを入れた。



いつもの夕飯時、いつものように半笑いを浮かべるケイトだったが、今夜は適当な相槌ばかりではいられなかった。

またあの夜会に参加すべく、ラケルの許可を取らねばならなかったからだ。


彼の執着を単なる嫌がらせとしか思っていないケイトは、絶対に拒否されると思っていた。そのため、セバスに頼んで今日は年代物の赤ワインを用意してもらっていたのだ。


その甲斐あってか普段よりも機嫌の良い彼の姿に安堵する。


(とにかく、褒めて褒めて褒めて良い気分にさせるのよ。推し活のためと思えばこんなの何ともないわ。)


カチャリとフォークを置いたケイトが、柔らかな視線をラケルの袖口に向ける。



「そのカフス、素敵ですわね。」


(今更容姿を褒めるのは不自然だし、とりあえず装飾品を褒めておけば間違いないわ。プライドの高い彼は物に対するこだわりも強いはず。きっとあの宝石付きのカフスも相当なものよね。あとは、すごい、素晴らしい、さすがとか目一杯並べればいいかしら?)



「ケイト…ようやく気付いてくれたのですね。」

「へ?」


なぜか感極まった声音で溢れんばかりの喜びを露わにするラケル。

こてんと不思議そうに首を傾げたケイトは、自分が地雷を踏み抜いたなど知る由もない。



「アンバーというこの石は希少らしく、手に入れるのに少し苦労しました。でも実際につけてみて大変満足です。ケイトの髪の色と全く同じなのですから。この光を受けて輝く艶感、まるで本物の貴女の髪を撫でているようで落ち着くんです。」


左袖口のカフスを右手の親指の腹でそっと撫でるラケル。



「…うわ」


褒めて気を良くさせる作戦のはずが、ドン引きしてしまったケイト。慌てて笑顔を取り繕うが後の祭りだ。ラケルの視線がどことなく冷たい気がする。

焦ったケイトはグラスに手を伸ばし、冷えた水で冷静になろうと口に含んだ。



「ちなみに、この石言葉は『抱擁』です。いつだって貴女を近くに感じることが出来て俺は幸せです。」

「ゲッホゲホゲホッ」


ラケルのカウンターに耐えきれず、ケイトは盛大にむせった。



「大丈夫ですか?」


心配したラケルが椅子から立ち上がり、ケイトの方へ回り込もうとしたが、彼女はそれを手で制止した。



「あの!今度また夜会に参加しても良いでしょうか?」


今を逃したら言いにくくなると、会話が切れたこのタイミングで勢い良く尋ねたケイト。むせって涙目になった瞳でラケルの反応を窺う。



「もちろんです。妻の楽しみを奪うような狭量な男にはなりたくないですからね。」


「ありがとうございます!」


即答で了承してくれたラケルに、今度は嬉し涙で瞳を滲ませるケイト。初めて心からの御礼の言葉を口にした。

そんな彼女を見てラケルも嬉しそうにすっと目を細める。



「いえいえ。どんな魂胆であれ、貴女に興味を持ってもらえて褒めて頂けることは嬉しいですから。こちらそありがとうございます。」


「…い、いえ!そんなことは決して…ほほほはほっ」


(ぜんぶお見通しだったわーーー!!!こうなったらもうヤケよ!)


皮肉と捉えたケイトは引き攣った笑顔で誤魔化し、媚を売るようにラケルのグラスにワインを注いだ。

明らかにご機嫌取りのそれであったが、彼は心底嬉しそうにグラスに口を付けていた。



***



「旦那様からドレスが届いていますよ。」


その翌日、部屋で休んでいたケイトの元にローラがやってきた。見るからに豪奢なドレスを抱えている。



「次の夜会で着て欲しいとのことです。」


何のドレスか分からず首を傾げているケイトにローラが説明した。


クローゼットの前に吊り下げられたドレスは、黒のシルク素材に上からシルバーのシフォン生地が重ねられている。重くなり過ぎず華やかで、夏の夜にぴったりの見た目だ。

鎖骨部分はレース地で覆われており露出は最低限となっている。



「それにしても昨日の今日で一体いつの間にこんな用意を…いや、考えるだけ恐ろしいわ…不要な詮索ね。…分かったわよ。とにかくそれ着ればいいんでしょう。」


推し活のためなら背に腹はかえられぬと、不承不承に頷いた。



「あとこれも付けて欲しいとのことです。」


ローラが小箱から取り出したのは、一粒ダイヤモンドのついた黒のチョーカーであった。



「それって………」


チョーカーを目にした途端、ケイトの顔色がみるみるうちに青くなっていく。



「ええ。一般的には、束縛したい、側にいたい、独占したい、そんな意味が込められていますね。あの小説にもよく登場してくるヤンデレ必須アイテムのうちの一つです。」


「いやああああっ!!言語化しないでーーーーー!!!!」


小説のワンシーンを思い出してしまい感情が爆発したケイトは、ベッドの上にダイブした。

顔を隠して寝そべり、足をバタバタとベッドに叩きつけている。



「……チョーカーなんて私知らないわ。そんなもの見てない。ねぇ、そうでしょう?」


「とりあえず付けるだけ付けて、馬車の中で差し替えましょう。前回みたいに邸内で遭遇したら大変なことになりますから。」


「それもそうね……………………」


あの時のことを思い出し遠い目をしたケイトは、ローラの申し出に素直に従うことに決めた。




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