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俺のもの



「……………っ」


まるで愛する相手に向けるような仕草と行動に、ケイトの心臓が大きく跳ね上がる。

必死に平常心を保ち、冷静な態度を取ろうとするが上手く出来ない。


掴まれた手首から伝わる自分よりも高い体温、至近距離で香るラケルの香水の匂い、あまりに密接過ぎる身体的距離…


その全てに嫌でも意識させられ、

刺激が強すぎて軽く目眩がしてきた。



(くぅ…なんて意地の悪い嫌がらせなの……本当に性格が歪んでる…やめてなんて絶対言わないんだから!このくらい意地で耐えて見せる!!)


ケイトの首筋にラケルの鼻先が近づき、体温を感じる。


(うっ…絶対に耐えて…)


そして、僅かに開いた唇から彼の吐息がかかった。


(……いやあああああああああああっ!!!こんなの普通に無理だってーー!!!)



「ストーッ」

「あれ?ラケルお前まだ昼行ってなかったのかよ。」


ケイトが降参の声を上げたまさにその瞬間、ダニエルが部屋に戻ってきた。彼はドアを開けた姿勢のまま首を捻る。



「ってお前そんなところに突っ立って何やって…っておい、それお前の奥さんじゃん………………は?まさかこんな真っ昼間から…………………」


ラケルの背中で見えていなかったケイトの存在に気付いたダニエルが、二人の身体的距離の近さに驚いて言葉を止めた。あらぬ想像をして勝手に顔を赤くしている。



「しっ、仕事中に申し訳ないですわ。きょっ…今日は旦那様にお弁当を届けに…ただそれだけでしたのよ。ほほほほはほっ。ローラ!旦那様にお弁当を!では私はこちらで失礼しますわ。」


呼ばれたローラが部屋の隅に置いてあったワゴンの上にバスケットを置いた。

主人達の邪魔にならないよう、視線を下げたまま一礼するとすぐに部屋から出て行った。


ローラに続きケイトも部屋の外に逃げようと、ダニエルに軽く頭を下げてその横を早足で通り過ぎる。



「すみませんでした。」

「え?」


頭の上から真摯な声音で謝る声が聞こえて思わず足を止めたケイト。

見上げるとひどく申し訳なさそうな顔をしたダニエルと目が合った。

初めて見る彼の表情に、ケイトは驚いて目を丸くすると同時にズキンと胸が痛む音がする。


(意外…ちゃんと謝れる人だったのね…私も調子に乗ってやり過ぎてしまったかも…)


「いえ、私の方こそ仕事場まで押しかけてしまって…」

「鍵を掛けるべきでしたね。」

「は?」


ラケルの言っている言葉の意味が全く分からず、素の声で聞き返した。ポカンと半開きの口のまま、表情を取り繕うことなく彼のことを見返す。



「次は誰にも邪魔なんてさせませんから。」


抑えた声で囁き、淡く微笑み掛けてくるラケル。


ケイトを見つめるシルバーの瞳は一切揺らいでおらず、真剣そのものであった。微笑んでいるものの、当たり前のように目は笑っていない。その矛盾がケイトの恐怖心を煽ってくる。


(ひいいいいいいいぃぃぃっ!!!なんなのよこの人っ!めちゃくちゃ怖いんですけどっ!!)


「な、何を言っているか分かりませんが、お仕事の邪魔をしてはいけませんからね。し、失礼致しますわ。ほほほほほっ。」


恐怖のせいで不自然なほどに声が大きくなる。

もうラケルのことを見る勇気なんてなく、猛獣から逃げるような必死の形相で部屋から出て行った。


バタンと音を立てて力強くドアが閉まり、部屋の中が静まり返る。



「え。今物凄い勢いで逃げて行ったけど…絶対お前のせいだろ。最後何言ったんだ?」


ケイトのことを不憫に思ったダニエルがラケルのことを睨み付けたが、本人はどこ吹く風だ。

それどころか閉じられたドアに視線を向けたまま、嬉しそうに顔を綻ばせている。


無言でラケルから視線を逸らしたダニエルの目にバスケットが映った。

そういえばお弁当を持ってきたと言っていたことを思い出す。



「お前のために弁当を届けに来てくれるなんて、ほんと可愛い奥さんだよなぁ。羨ましいから俺も少しもらおーっと…」


中身はサンドイッチかなとワクワクした気持ちでバスケットに手を伸ばしたが、触れることは出来なかった。



「痛っ………………!!!」


手がもげる勢いで容赦なく叩かれ、あまりの痛さにダニエルが泣きそうな顔で悲鳴を上げた。



「俺のものに勝手に触れるな。」


「あぁ昼飯まだだったもんな。しかしお前いつの間にそんな食い意地の張ったキャラになって………あ、はい嘘です冗談です仕事します働きます。」


軽口を叩いていたダニエルだったが、殺意のこもった冷え切ったシルバーの瞳に背筋が凍り、恐怖で口を閉ざした。


命をかけてダニエルが仕事に励む脇で、ラケルは慎重な手つきで丁寧にバスケットからランチボックスを取り出すと、恍惚とした表情であらゆる角度からそれを眺めていた。


ダニエルは視界の端でその奇行を捉えていたが、もはや彼の全てが恐ろしくて思考を手放した。


俺は何も見ていない何も知らないと自分に言い聞かせ、まったく集中出来ない仕事に勤しんだのだった。



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