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幼馴染

 青白い月明かりに照らされた辺境地は四方八方荒涼とした大地が広がっている。俺とニーナ、そしてベルナール聖騎士団長のシーシアの三人は太陽の民に見つからないよう警戒しながら荒野を進んだ。


 目的地は聖騎士たちが捕えられた地下墓地「ナイメリア霊廟」だ。当然整地された公道などないから、五十リーグほどの道程でも数日を要する。そしてその旅の最中、シーシアはずっと怪訝な表情を浮かべていた。


「本当にこの三人で大丈夫なのか?」

 ベルナール侯爵の依頼を受諾し、三人で聖騎士を奪還すると伝えた時から何度も投げかけられた問いをシーシアは俺にぶつけた。「しかも、一人はあどけない子供じゃないか」


「これが現状における最適解だと何度も答えているだろう。それに言っておくがニーナはミチーノファミリーきっての武闘派だからな」


「いやいや、冗談だろう?」

 

「団長さん、残念ながら俺は冗談を口にする性格じゃないし、その器量もない。それより、グレン・ディースの話を聞かせて欲しい。真面目な聖騎士だったと聞くがそれは本当か?」


 歩きながら俺がそう尋ねると、思いがけないことにシーシアは表情を暗くした。そして「ああ、真面目で正義感に溢れる聖騎士だったよ。少なくとも以前までのグレンはな」と言った。


 シーシアはそれからしばらく無言のまま歩き続けた。二人の間で何か特別な事情がありそうだったので俺も黙ったまま冷たい風が吹く荒野を進んでいると、シーシアはポツリ、ポツリとグレン・ディースについて話し始めた。


「グレンは珍しいタイプの聖騎士でな、昔からこの地における異端者や辺境民に対する苛烈な扱いを疑問視していたんだ。特にトルケマダ異端審問官時代のあいつはこれは単なる虐殺だと息を巻いていたよ」


 そんなグレン・ディースにとって俺がよく知るあの組織は特別なものだったらしい。


「グレンにとって遠く離れた王都聖騎士団は憧れの存在だった。簡単に言えばベルナール聖騎士団が不正に塗れた悪の組織なら、王都聖騎士団は光に満ちた正義の組織ってとこだ。そしてベルナール伯爵の配慮で王都への留学が決まったのだ」


 そこからの展開はすぐに予想がついた。

 グレン・ディースが王都で見た現実は俺が嫌になる程見てきた世界そのままだ。王都聖騎士団はグレン・ディースが夢見ていたような組織ではなかった。異端者に対する拷問だって厭わないし、私腹を肥やすために不正を働く聖騎士だっているのだ。何より王都聖騎士団で一番の権力を握るのはあの王子だ。


 シーシアは言った。

「詳しくは話してくれなかったが、憎悪に満ちた顔でグレンはレイモンド王子の事後処理の仕事をさせられたと言っていたよ」

 

 レイモンド王子が病的な程に人の女を奪うことに執着していたのは俺が誰よりもよく知っている。

 今思えば媚薬を使っていたのだろう。結婚を控えた令嬢がレイモンド王子の前で自ら下着を下ろし、絶望に打ちひしがれた新郎の横で乱れに乱れながら初夜を捧げたなんて話はざらにあるのだ。

 そして、その事後処理を担うのは決まって王子と近い関係にいる聖騎士だった。おそらくグレン・ディースはそんな聖騎士の下に配属されたのだろう。


「留学から帰ってきたあいつは長年憧れてた人物に振られたような状態だったよ。いやこれは比喩じゃなくてな、王都聖騎士団の嫌な一面を見た上に、長年憧れていたセシル様にも振られたんだ。よりにもよってあのセシル様に愛の告白をするなんて、馬鹿な奴だろう?」


 留学からベルナール聖騎士団に戻ってきたグレン・ディースは王都聖騎士団への憧れをきっぱりと捨てた。その一方で太陽の民の族長シア・セイレンに傾倒していく。


「もちろんいくら惹かれようが、辺境民でありながら貴族に求愛されるあの女に一聖騎士が近づけるわけもない。ただ今思えば、あの頃からグレンは太陽の民と裏でつながり始めていたのだ」


 俺は言った。

「でもやはり分からないな。太陽の民を取り入るためとはいえ、堅物の聖騎士が同じ釜の飯を食った昔の仲間を殺すなんて流石におかしいだろう?」


「一つ言えることはグレンは我々も知らないような王家に関する事実を知ったということだ。ベルナール伯爵は王位継承が混迷を深め始めた時、初めてグレンに出生の秘密を伝えたのだ。その際、この地に伝わる王家の血が流れるものだけが開くことができるという秘書をグレンに読ませた。その日以来、あいつは人が変わってしまった。本来なら、こんな大それたことをするやつじゃない」


「部下が二十三人も殺されておきながら随分グレン・ディースに肩入れするじゃないか?」


 シーシアは俺を睨みつけて「肩入れなどしていないし、するつもりもない」と言った。

「ただ、グレンと私は幼少からの知り合いだったんだ。誰よりも私があいつのことを知っている。……いや、知っていると思い込んでいた」


 その言葉でようやくグレン・ディースとシーシアの関係を理解した。

「あんたも大変だな、面倒な幼馴染を抱えて」


 シーシアは何も答えずに前を向いた。闇ギルドのドンのお前に何がわかる、そんな態度だった。

 

 会話が途絶えてからも旅は続いた。太陽が照りつける昼間より夜間の方が幾分楽だが、十リーグも進むと流石にニーナに疲れが見え始めていた。そろそろ野営でもするかと考えていると、ニーナが声を上げた。「ドン、何かいる!」


 俺たち三人は足を止めた。いつの間にか月は翳り、視界には暗闇が広がっている。耳には荒野に吹き付ける乾いた風の音だけ聞こえた。そしてしばらくすると、暗闇の中に小さな火の玉が浮かび上がった。


 シーシアは言った。

「すごいなニーナ。どうやって気づいた? あれはまさしく太陽の民だ」


 暗闇に浮かぶ火の玉は太陽の民が手にする松明の明かりだ。その数は十、二十、五十、百とみるみる増えていく。そして次第に荒野に吹き荒ぶ風に紛れて、太陽の民たちの足音が聞こえてきた。


 目を凝らすと、槍や三日月刀で武装した太陽の民たちが隊列を組んで進んでいるのが見える。隊列には巨大なサーベルタイガーやダイアウルフといった獣の姿もあり、禍々しい空気を帯びていた。


 その時、妙な気配を感じ、咄嗟に言った。「ニーナ、上空にいる鳥を撃て」


 ニーナは頷いてから指を上空に向けた。何も見えないが、鋭い波動が生まれ、空へと上がる。そして数秒後、空から鳥が地面に落ちてきた。


 地面に転がった鳥の亡骸を見るとシーシアは目を丸くする。

「太陽の民が警戒に使うサウザンイーグルだ」


 ニーナが撃ち落とした鳥の首には紙の札が巻かれていた。太陽の民は呪術系のスキルを器用に使い、遠く離れた鳥などの獣と意思の疎通ができると聞いたことがある。


 シーシアはニーナの方を向いた。

「王都の闇ギルドにはこの歳でこのレベルの魔術を扱うような人間がゴロゴロいるの

か……?」


 この程度で驚いていたら、ニーナの異端スキルが何か教えたらこの聖騎士団長は腰を抜かしてしまうだろう。俺は言った。

「安心しろ、こんな子はそうはいない。それからシーシア、スキルで姿を消して進むぞ」

 

 またしても「そんなことできるのか」と驚くシーシアをよそに、俺はカノのサブスキル「シャドーウォーク」を発動して三人の姿を消した。


 念の為、隊列と近づき過ぎずに歩くが、今では太陽の民たちの勇ましい鬨の声が耳に響いていた。

「セシル・ウェイブの肉体をグレン様に捧げよ! セシル・ウェイブの肉体をグレン様に捧げよ! 我々を苦しめる魔女を捕らえ、その肉体をグレン様に捧げよ!」

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