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伯爵の依頼、そして聖女と王の歴史について

 俺とニーナが宿泊する宿の客室にはベルナール伯爵の他、シーシアというベルナール聖騎士団の女団長がいた。俺とニーナは二人と向かい合う形で椅子に座った。


 簡単に挨拶を交わすが、すぐにベルナール伯爵は俯いてしまい、なかなか口を開こうとしなかった。


 代わりにすでに状況を察していた俺は言った。

「聖騎士拘束にベルナール聖騎士団が関与した件を王都に知れないよう隠蔽し、独自に解決しようとしたが、作戦がうまくいっていない。王都に知られたら責任問題に発展することは必至なので、困り切っている。というようなところでしょうか?」


 ベルナール伯爵は目を丸くした。「な、なぜ、そこまでご存知なのでしょう……」


 そんなことはシア・セイレン、シーク・サイードから聞いた話を勘案し、さらに伯爵の表情を見たら簡単に推測できることだ。

「それで伯爵様、依頼とはどのようなものでしょう?」


「拘束される王都聖騎士団の聖騎士奪還するため協力をお願いしたい」


「聖騎士たちが拘束されている位置は特定できているのですか?」


 ベルナール伯爵は頷いた。

「ここにいるシーシアが発見しました。聖女の壁から五十リーグ先、辺境地の地下墓地に彼らは囚われています」


「それなら我々の手など借りずに、ベルナール聖騎士団がすぐに解放してやるべきだ。そして速やかに今回の件に関わった聖騎士を処罰する。王都からペナルティを与えられるだろうが、あなたが一番恐れる、爵位剥奪までには至らないはずです」


 俺が話し終えると、ベルナール伯爵の横で立つシーシア団長が声を荒らげた。

「貴様、言葉が過ぎるぞ! ベルナール伯爵様になんて口の聞き方をする!」


 俺は黙って聖騎士団長の顔を見据えた。歳はセシルと同じ位で、聖騎士団長としては若い。よく鍛えられた身体。意志の強さを感じる眼差し。経験上、一目見たら分かる。主君に忠義のある優秀な聖騎士だ。

 そこで一つの疑問が生まれる。なぜこの女ではなく、数段能力が劣るであろうグレン・ディースが王都聖騎士団へ留学してきたのか?


 伯爵は嗜めるように言った。

「シーシア、いいのだ。私たちにはこの方に頼るしかもう道はないのだから」

 

 伯爵は俺のほうを向いた。

「先ほどの話に戻しますと、ベルナール聖騎士団が王都の聖騎士を解放することは不可能なのです」


「理由をお聞かせ願おう」


 伯爵は目を閉じ、「その話はシーシアから聞くと良いでしょう」と言った。


 いつの間にか苦虫を噛み潰したような表情をしていた隣のシーシア聖騎士団団長が口を開いた。

「数日前に奪還作戦を決行したが、ベルナール聖騎士団の先鋭部隊は一人を除いて全滅したのだ」


「全滅? 拘束されたのか?」


 シーシア聖騎士団長は唇を噛み締めた。

「全滅は全滅だ。私の部下二十三名は殉死した」


 賑やかなナシームの街の中で、この空間だけ漂白されてしまったかのように、シンとした静けさが部屋を包んだ。シーシア聖騎士団長の怒りと悲しみ、やるせなさ、あらゆる感情が俺の身体に満ちてくる。俺はその感情を断ち切りながら言った。


「一体、何が起きた?」


「これは唯一帰還した聖騎士が報告してくれた地下墓地の現状だ」


 シーシア聖騎士団長は俺に映し絵を見せた。そしてまたしても部屋に静寂が訪れた。


 映し絵にはあり得ないはずの光景が広がっていた。暗い霊廟で男の聖騎士を喰らうのはサキュバス。さらに暗闇からは無数の魔物が生まれ出てくる。それはまるで魔王時代に存在したとされるダンジョンのように。もちろんこの時代にダンジョンが存在するなどあり得ない話だ。


 理由は明白。かつて聖女が最後の魔王を滅ぼした際に、魔物の発生源だった世界各地のダンジョンは聖女と王によって封印がなされたのだ。それは誰もが知る歴史の一つで、聖女と王による魔封の百日巡行と呼ばれる。百日に及ぶ旅の末、人々が魔物に脅かされる時代は終焉を迎え、今に至るのだ。

 一般ギルドに所属する冒険者たちが潜っているのは厳格に管理された公認ダンジョンのみで、そこから魔物が沸いて我々の社会を脅かすということはまず起こり得ない。


「つまり、誰かが何かの異端スキルを使って魔物を出現させたということか?」


 シーシア聖騎士団長は答えた。

「そのような異端スキルは確認されていない」


「じゃあ、ダンジョンの魔封が解かれたということか?でもそれは不可能だ。何故なら、ダンジョンの魔封を解けるのは聖女、もしくは王家の血を引く者、それも特異なスキルを発現した者だけのはずだからな」

 

 俺の言葉にシーシア聖騎士団団長は黙り込んでしまう。


 俺は口を固く結ぶ二人の顔を見ながら、シーク・サイードとの会食で聞いた奇妙な話を思い出していた。

 

 それはワインの商取引を結び終え、シーク・サイードに笑顔が戻ってから聞いたものだ。シーク・サイードは上機嫌にワインを飲みながら「もちろんこれは与太話の域を出ないことですが」と言った。

「レイモンド王子の父君である国王陛下は信心深く、高潔な性格の持ち主ということは王都で暮らすあなたもよく知るところでしょう」


 それは肯定するしかない。息子であるレイモンド王子の教育に関しては疑問が残るところだが、当のヴァルデリオン国王は賢王とも呼ばれ、その治世において領土内の平安を保ってきた点にはおいて優れた統治者であることは異論を挟まない。


「しかし、その高潔さ故にレイモンド王子が公の場に姿を現さなくなって以来、王位継承の問題が複雑化しているというのもまた事実」


「ああ、国王は子息をレイモンド王子しか残さなかったからな」


 皇后を早くに亡くした国王は後妻を娶らなかったばかりか、妾すら自分の側には置かなかった。それ故に、レイモンド王子が不在の今、誰が次の王位を引き継ぐかは混迷する一方なのだ。だからこそ、国全土で影響力を持つ聖女セシルが誰につくかで王位継承権の争いは終結すると言われているのだ。


 シーク・サイードは言った。

「二十数年前、ヴァルデリオン国王がこの地を訪れたことをあなたは知ってますか?」


「全く知らないな」


「それも当然のことです。通常、国王陛下が地方を滞在するときなどは豪華絢爛な一団を伴って訪れ、賑やかな宴会が数日にわたって興されるものですが、あの時はごくごく僅かな人間しか陛下は連れ立ってこなかったのですから。お忍びというやつですな」


 シーク・サイードは続ける。

「一週間ほどと予定された滞在は十日に伸び、ついには二十日経っても王はこの地を去ろうとしなかった。これは特別なことでしょう?」


「普通じゃ考えられないことだ」


「ええ。さらに新たな月が生まれ、そして死に、珍しくこの地に大雨が降り注いだある日、国王陛下は突然この地を去られました。その時を知る数少ない人物はこう言っておりました。あの頑健な王が悲壮に満ちた顔で、ナシームの街を名残惜しそうに眺めながら馬車に揺られて去っていったと」


 話はこれだけだった。興味深い歴史の一片ではあるが、些細な話にも思えた。一つ、頭に浮かんだことはあったものの、まさかと思い、俺は頭の片隅に留めておくだけにしたのだ。


 しかし今、そのまさかが現実味を帯び始めていた。

 俺の目の前にある映し絵、ベルナール伯爵の表情、レイモンド王子の依頼。その全ての情報の断片が一つの結論へとつながっているのだ。


「いや、それでも信じられないな。つまり、グレン・ディースは……」


 ベルナール伯爵は頷いて言った。

「ええ、いかにもヴァルデリオン国王の血を継いでおります。私は長年、守護者としてさまざまな手を尽くしてグレン様、そして出生の秘密を守り通してきたのです」

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