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聖女セシル像(セシル視点)

「こんな時に何やってるのよ……」 


 ベルナール領最大の街「ナシーム」の繁華街で私は一人焦っていた。全身をくまなく探しても解毒剤を入れておいた革袋がどこにもない。まさか、こんな時に物をなくすなんて、自分自身に呆れるしかなかった。


 こうしている間もレイモンド王子に長年飲まされた薬の後遺症のせいで、体が鉛のように重くなり、意識が薄れていく。


「今、この瞬間にも部下が危険に晒されているというのに……」


 私が王都から遥か西にあるベルナール領にいる理由は、十日前に届いた一通の報告書まで遡る。送り主はベルナール領で諜報活動をする聖騎士だった。


 “辺境民の蜂起鎮圧に向かった王都聖騎士団所属の聖騎士全員が拘束された可能性がある”


 すぐに言葉が頭に入ってこなかった。ベルナール伯爵からは蜂起の鎮圧に手間取っているものの、無事に任務は遂行中であるという報告が上がっていたからだ。


 書簡には聖騎士の捕縛を主導したのシア・セイレン率いる太陽の民たちだが、ベルナール聖騎士団の一部の聖騎士が関わっており、ベルナール伯爵は不祥事が王都に知れることを恐れて、隠蔽工作を行なっているとも記されていた。


 さらに報告書には部隊に所属する全員が処刑される可能性があり、当の自分も身の危険を感じているとも記されている。そして、その報告を最後に諜報部の聖騎士からも連絡が途絶えてしまった。


 全貌は分からないが、ベルナール領で何か異様なことが起きていることは明らかだった。すぐに事の解決を図る必要があったが、王都聖騎士団の大隊を動かして処理にあたる時間の余裕はない。


 さらに人質を取られている上に、ベルナール聖騎士団が関わっているとなると隠密による任務遂行が必須。そこでベルナール伯爵と直接交渉が可能な私を含む最精鋭の聖騎士五名でチームを組み、ここナシームに乗り込んだというわけだ。


 怪しまれないよう五名の聖騎士は互いの接触を極力避けて任務に当たる。私の役割は情報収集をしつつ、捕縛された聖騎士の場所を特定すること。手早く動く必要があるのに解毒薬を無くすとは間抜けな失敗をしてしまったものだ。


 とにかく少し休もうと、私は広場にあった石に腰を据えた。


 思えばこの土地の裏社会を支配するサイードファミリーの屋敷を訪れた時から失敗続きなのだ。


 サイードファミリーは今回の件に関与しておらず無駄足になったばかりか、シーク・サイードに媚薬入りのワインを飲まされるわ、正妻になって欲しいなどど泣きつかれるわ、挙げ句の果てには手錠と首輪をはめられてベッドに連れていかれそうになるわ、散々な目に遭わされた。


(要求を飲めば私の知りたい情報を全て教えると言うからお酒の席に付き合ったけど……あの人、何も知らなかったじゃない……)


 そして昨日に引き続き、またしても私は不甲斐ない判断をしてしまったらしい。

 体を休めていると、人々が何やら、非難するような目で私の顔をジロジロとみてくる。


 なんだろうと思っていると老齢の貴婦人がものすごい剣幕で私を一喝した。

「あなたが座っているのは聖女セシル様です! バチが当たりますよ!」


 聖女セシル様?意味が掴めなかったが、頭を上げて気がつく。なるほど、私は聖女セシル像の台座に腰を下ろしていたのだ。


 その名の通り私をモデルにした彫像で、今では信仰の対象となっていると聞いたことがある。


 皆の軽蔑に満ちた視線がチクチクと全身に刺さる中、頭をペコペコしながら立ち上がった。そして聖女セシル像の周りにいる人々の数に圧倒されてしまう。


 敬虔な顔つきで聖女セシル像に祈りを捧げる数百もの人々。中には明らかに病弱な子供や大怪我を負った冒険者の剣士もいて、彼らの痛々しい姿を見ると胸がギュッと締め付けられる。


 せめてこれくらいはしてあげなくちゃいけないと、私は人々をかき分けて進みながら聖術を発動した。今の私じゃすべての病を癒すことはできないけれど、症状を軽くすることはできる。聖術を連続して発動していると広場に歓声が上がった。


「き、奇跡だ!」

「傷が治ったぞ!」

「咳がおさまった!」


 私を一喝した貴婦人も曲がった腰がピンとまっすぐになり、杖をつかずに歩けると喜んだご様子。さぁ、私は任務に戻ろうと清浄の広場を出ようとするが、反対に自分の足が動かなくなる。


 いやこれはさすがにこの街の錬金術師から解毒剤を購入し、治療する必要があるな。そう考えながら力を振り絞っていると、肩を叩かれた。


 振り返ると甲冑姿のベルナール聖騎士団所属の聖騎士が立っていた。すかさず私は警戒度を上げた。

「何か私にご用でしょうか? 聖騎士様」


 聖騎士は右手を差し出した。

「これはあなたのものですね」

 

「それは……」

 聖騎士が差し出したものを見て私は思わず目を見開いた。白金のガントレットの上には無くしたばかりの革袋があったのだ。まさか見つかるとは思っていなかったから信じられないような気持ちでそれを受け取る。中を見ると高価な解毒剤がそのまま入っていた。聖術で簡易的に成分を調べてみると、特に混ぜ物などもされていないらしい。戸惑いつつも私は感謝するしかない。

「困ってたところなので、本当に助かりました。それにしても、どこでこれを?」


「あなたから少年がその革袋を盗むのを目にしたので、取り返してきました。この街はスリが多いので用心した方がいいですよ」

 

 少年が私から物を盗んだ?そうあり得そうにない話に違和感を覚えながら、もう一度頭を下げてから尋ねた。

「差し支えなければあなたの名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


 聖騎士は言った。

「グレン・ディースという名です。こんなことを口にするのはさしでがましいのですが、あなたのような美麗な方が一人でこの街を歩くのは危険だ。何かお困りなら私がこの街をご案内しましょう」

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