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二人の予期せぬ訪問客

「まさかうちの若いものがあなた様に剣を向けるとは、大変なご無礼をお許しください」


 通された応接間、そこで俺の手を握るのはサイードファミリートップのシーク・サイード本人だ。褐色の肌をした恰幅のいい男で、柔和な笑みを浮かべていた。

「何はともあれ、お会いできて光栄です。ドン・ミチーノ」


 勧められるまま豪奢な長椅子に座ると、シーク・サイードは言った。

「お酒は何になさいますかな?」


「いや、結構だ。今日は仕事の話をしにきたので」


 シーク・サイードは首を振った。

「この土地では酒なしには仕事の話はまとまらないと言われているのですよ。ドン・ミチーノ」

 

 シーク・サイードが手を挙げると、ターバンを頭に巻いた執事がやってきた。「せっかく遠方からお越しになられたのだからベルナールワインを楽しんでいただきたい。お嬢さんにはそうだな、ヤシのジュースを」


 すぐに俺とシーク・サイードの前にはグラスが置かれ、ワインが注がれる。乾燥したこの地域の気候が影響しているのだろう。王都で一般的に飲まれるものよりも、ワインは濃く、まるで血のような色をしている。


 酒に続いて使用人が料理を運び入れる。そしてあっという間に山盛りのオイスターやバターに浸かるエスカルゴ、この地でしか見ないハーブで彩られた大ぶりのラムチョップ、テーブルは料理が盛られた皿で埋まっていった。


 ワインに口をつけると見た目通り、濃厚かつ芳醇な香りが舌に絡み、鼻腔を抜けていく。隣のニーナも目を輝かせてジュースを飲んでいた。


 シーク・サイードは満足げだ。「気に入っていただけたみたいですね、ドン・ミチーノ。ところで、ベルナールの女との交流は楽しまれましたか?ここの女も今飲まれている酒と同じように実に味わい深いものですよ。情熱的、それでいて若い生娘でさえ完熟したような深みがある。まだだというなら、いくらでもあてがって差し上げましょう」


 俺は首を振った。

「ありがたいお話だが遠慮しよう。本来なら一刻も早く王都に戻らないといけない身なのでね。今日はあなたに依頼があって訪れたのだ」


「高名なるドン・ミチーノの依頼というならどんな協力も惜しみませんぞ、それで、どのようなご依頼でしょう?」


「端的に話す。グレン・ディースという男の情報が欲しい。ベルナール聖騎士団所属と聞いている」


「聖騎士のグレン・ディース? 知りませんね。いったいその哀れな男は何をしでかしたというのですか。王都の大物、ドン・ミチーノに追われるとは」


 その時、スキル「目利き」が反応する。このスキルはソフィアのサブスキルで、人が虚偽をついた時に反応する能力。つまりこの男はグレン・ディースを知っているのだ。


 俺は黙ってシーク・サイードの顔をしばらく見つめ、グラスのワインを飲み干してから言った。「もう一杯頂いても構わないか?」


「もちろんですよ。遠くからの客人には贅を尽くしてもてなせというのがこの地の格言でしてな」

  

 シーク・サイードが目配せをすると執事が俺のグラスにワインを注ぐ。続いてシーク・サイードの空いたグラスも同じくワインが満たされていった。


 俺は言った。

「話は変わるが、あなたはこの地に派遣された王都聖騎士団の部隊がどのような状況にあるか、ご存知か?」


「それは、二月ほど前にこの地を訪れた部隊のことですな。辺境地に赴いてから帰還が遅れているようなので、予想に反して蜂起の鎮圧に手間取っているのでしょうね。何せ、辺境民の長であるシア・セイレンは類まれな美貌を持ち合わせている上に、摩訶不思議な呪術で人々を幻惑するといいますからな。王都の聖騎士たちが全員骨抜きにされてしまってもおかしくはない」

 シーク・サイードは牡蠣の貝殻にナイフを刺し、綺麗に身を剥がして口に放り込む。「あなたも一ついかがかな?」


 俺は頷いて、勧められるままに牡蠣を一つ食べる。ニーナもペロリと平げた。

 

 シーク・サイードはバターに浸ったエスカルゴをナイフで突き刺し、口に運んでから言った。

「いずれにしても、人々が忽然と姿を消してしまうことは辺境地が広がるこの地ではよくあることなのです。そして一度消えてしまった者たちを探すことは容易ではない。例えるなら、冥府から死者を連れて帰るようなもの、生者である我々は時に諦めることも肝要です」


「それは何か? 聖騎士たちはすでに死んでしまっているという意味か?」


「さぁ、それは分かりません。一つ言えることは用心するに越したことはないということです。この地ではミイラ取りがミイラになるなんて日常茶飯事ですからな。それは例え、エリートである王都の聖騎士団だろうが、私の古い友人であるルイ・カポネをコケにしたあなたであってもね」


 シーク・サイードはバターで光るナイフを舌で美味しそうに舐めながら、マッシュルームを指先で摘んだ。

「ところで、あの王都から訪れた不思議な女性とあなたは知り合いなのですか?」


「王都から訪れた不思議な女性? 誰のことを言っているか分からないな」


「そうですか……いや昨夜、やはり予期せぬ王都からの客人がここを訪れたのですよ。そしてあなたと全く同じことを私に尋ねたのです。あなたはこの地に派遣された王都聖騎士団の部隊がどのような状況にあるかご存知か、とね」


 俺が黙っているとシーク・サイードは続けた。


「顔を隠していたので訳ありなのでしょうが、ベールなどでは包み隠せないほど美しい女性でしたよ。他にはシア・セイレンくらいですな。年老いた私をまるで精力を持て余す少年のような気持ちにさせたのは」


 シーク・サイードはその女性を思い返しているようで、悦に入ったような表情で笑った。 

「ワインで酔わせて自分のものにするつもりでしたが、逃げられてしまいました。せめて一晩だけでもご一緒したかったが実に酒に強い方だった」シーク・サイードはそう言って、俺の空いたワイングラスを見つめた。「あなたにしたって、少しも酔わないようだ。一体どんな体をしているのでしょうね」


「こうした飲み物に耐える訓練を積んだことがあってね」

 俺はナプキンで口を拭った。するとワインを含んだナプキンに青白い炎が灯り、みるみると焼けていく。

「俺に剣を向けたばかりか、猛毒であるマンティコアの血を飲ませたことの意味はわかっているのだろうな」


 シーク・サイードの頬に皮肉たっぷりの皺が生まれた。

「これだから成り上がりの若造は困る。ここは私どもの土地ですよ。いくら王都で力を持とうがこの街ではひ弱な鼠にすぎない。それにあなたの亡骸を王都に送れば、ルイ・カポネがさぞかし喜ぶことだろう。皆の者!もう小細工は必要ない。この二人を捕縛なさい!」


 その威勢の声が響くとともに、部屋に設置されていた隠し扉から武装したサイードファミリーの面々が姿を現す。数は七人、いずれも屈強な体をした手練だ。俺は気にせず料理の皿から切られたバテッカを手に取り、ニーナの前においた。

 

「ニーナ、デザートも食べておくといい。これは昨日、屋台で買ったものより数段上等だぞ」


 笑顔で果実を頬張りはじめたニーナの前にさらに別の果物を置いてやってから、俺はシーク・サイードの方を向いた。


 シーク・サイードの表情は数秒前とは一変していた。額には大粒の汗が浮かび、憎たらしい笑みはすっかり消え失せている。


 それもそのはず。先ほど現れた男たちは俺ではなく、ボスであるシーク・サイードに刃を向けたのだから。男たちは皆一様に目を瞑り、頭をゆらゆらと動かしている。そう、リリーの異端スキル「夢幻術数」で眠らせ、管理下においたのだ。


 俺は青ざめて震えるシーク・サイードに「この地ではミイラ取りがミイラになるのは日常茶飯事と言ったのは当のあなたじゃないか」と言った。

「それでは手早く話してもらおうか。グレン・ディースとは何者なのかを」

 

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